チケット買えた ふ~ どきどきした

 

 

またどうでもいいことだらだら書いちゃったと後悔した

でもああやって想いを文字にして打ち込んでいくことが

私にとっては生きるのに必要な作業なんだとも思う

せっかくロルバーン買ってるんだから

手で書きゃいいのに なんか出来ない

消したり順番変えたりみたいな作業が

もう必須になってるのもあるし

手で書くのは 重い と感じる

想いを叶えるジャーナリング っていうのを

敢えて調べてないのがその証拠かもしれない

 

前回は あんな長々しく書く必要なくて

ただただ 舞台に登場する瞬間が楽しみで

その瞬間から 舞台の袖に隠れる瞬間まで

本当に幸せだった 本当に

 

少し後になって理解した

あの時の自分であればいいんだ 常に

皆さんが言う イイ気分とか ワクワクとか 高波動とか

あれこそがその状態で

あの状態を維持できれば

私はもう「完璧」なんだ わかった 理解した

 

やっぱり修行が足りなくて

元に戻ってしまうのだけど

 

あの状態が最高なんだってわかっただけで

ものすごい意味があった

なるべく頻繁に それを思い出して

自分自身をその状態に持って行けばいい

 

そして その最高の時間を

引き延ばしてもらったことが

ものすごく嬉しかった

それが私のためではなくても

本当に嬉しくて感動した

ありがとうございました

 

 

ずっと座って来た席にしようか迷ったけど

この先「いつもの席」になるかもしれない

例の席がちょうど空いていたので

迷わずポチった 無事購入完了 ふぅ

 

私がいることで何か悪いことが起きるなんて

ありえない そんな考え自体気持ち悪い(笑)

それと

相手からどう見えるか という考え方は

卒業したんだった

もちろん気にしなきゃいけない部分はあるけど

それは最低限の マナー的なことであって

それより 私自身がどうしたいか を

最優先に考えなきゃいけないんだった

 

この公演は私から私へのプレゼントだから

もうそろそろ少し贅沢をしてもいいだろう

価格が跳ね上がることをビビっていたけど

勘違いで 大したことなかった

 

私がいてもいなくても同じなんだから

私はいてもいいんだ

悪いことなんて何ひとつ起きない

しかも完璧な自分に近付ける

 

このことを理解するために

あの年 悲惨な出来事があった年の暮れ

私はメサイアと出会ったのかもしれない

先週は体調不良であっさり自宅待機にしたのに

いつもの土曜の工程の真ん中に差し込むという

無謀というか大胆というかはどこから来たのか

見事にお腹の調子も悪くなるし

これってもう精神的なものとしか思えない

表ではポジティヴを保ってるつもりでも

潜在的には 不安はともかく

緊張してるんだろうな

緊張すべきことも何もないのに←これがそもそも嘘なんだよね

 

大切なイベントだからといって だからこそ

あまり特別扱いしないで 色々温存しないで

日常の中にさりげなく? 取り込んでみよう

という気持ちがあった

 

最終的にはぐったりのばたんきゅーだったけど

何もしないより

やることたくさんの方が

ラクだったり

うまく回ったりする場合もあるのかも

なにより公演の間は

心身ともにパーフェクトだった 感謝

 

 

もう十年超えてるし

それなりに書いても良いと思うので書くけど

今回の公演は特に

今日これから行われる方の会場がベストであって

昨日の会場の場合は ちょっと何か変えてもらわないと

演者を増やすか

場所を狭めるか は出来ないから

私の耳が拙いのかもしれないが

もっと聴きたい音が聴こえない

フォーメーションチェンジの意図は理解できたし

見た目からしてわくわくして好きだけど

そこまでの効果は 私の席からは感じなかった

今日同じことをやればだいぶ違うはずだけども

 

とかなんとか言いながら

皆さん同じことを書いておられるが

本当に あっという間で

時間のあり方が変わったなと実感した

 

今 聴きながらこれ書いてるけど

本当に どの曲も楽しい要素があって

私のチケットは割引入りで五千円ちょっとなんだけど

もう激安! ただみたいなもんだと思う

 

3曲目はそもそも大人気のようで

私も ずいぶん前から この曲の

夢のような って表現力ないなぁ

ドイツ南部の教会の上半分 としておこう

そういう雰囲気が大好きだったのだが

私の記憶が確かならば 以前かかった時

別バージョンの編成で始まって

あぁ こっちか と思ってしまったけど

今回は もうね

 

そう 私はこれを聴きたかったんだよ

良かった 嬉しい なんて幸せなんだ

しかもキラキラツートップだよ

なんてかっこいいんだ ステキ過ぎる

 

すさまじい幸福感に包まれながら

文字通りには考えなかったけど

生きてて良かった

生まれて良かった

みたいな気持ちになった

 

なんとなく 今日はいるような気がして

息子も 両店のメニューを確認しつつも

今日はここかな と前日から言っていたので

それを信じて久しぶりに入店したら

いた! いつものお兄さんがいた!

しばらくお見掛けしなかったから と言われて

うちも何回か来たけどいつもいらっしゃらなくて

来ないな いないな とお互いに思っていて

会えて良かったです とお互いに言い合うという

この喜びったらなかった

息子はもう大きくなってしまって

親しみ過ぎる挨拶は出来なくなって来ているけど

それでも 顔を憶えてくれている人がいることの

ありがたみと喜びを知っていて欲しい

 

だから 同窓会は

誰かが声を掛けてくれたら行こうと思っていた

誰からも声が掛からなければ行かないというスタンスは

よろしくないことはわかっている

そもそも 同窓会というもの自体

避けるべきものに今はカテゴライズされているらしいし

でも 私を初めてドイツに連れて行ってくれた

旧友からメールが来た時 行こうと素直に思えた

 

今 私を認識してくれる人

私に声を掛けてくれる人は

これからの新世界を共に歩む人

だから 家を出て 会いに行く

私にもやっと そういうタイミングが

来始めたのかもしれないから

 

 

何より

元気で楽しそうに演奏している姿を

見られたことが一番の喜びだった

元気とか 楽しそうとか

子どもじゃねーんだよって感じかもだけど

違う これ以上に大事なことなんてない

 

今日も行けたらいいのにとは思うけど

あの会場は やっぱり何か特別であって

私が 私ごときがとは敢えて書かないが

私が行くべき場所ではない気がまだするから

残って応援する

今日も素敵な演奏を 楽しみにしています

 

 

差し込む箇所がわからないから最後に書く

最初の曲 君様がお休みのところ

久しぶりに 音楽が立ち上がるところを見た

3つか4つの音しかないんだけど

それぞれがもう凄まじく美しくて

その音たちが立ち上がっていって

ひとつの建築物のようになる様を

 

あぁそうか お休みじゃないと

私のあれこれが一点集中してるから

こういう立体化を

少し離れたところから眺めるなんて

無理なわけだね なるほど

 

それと これはもうちょっと詰めた方がいいのだけど

自分の中にある音楽

ある特定の楽曲をひとつ取ってもいいけど

目の前で演奏されているそれと

自分の中にあって流れるそれとは

距離があるというか 別物というか

聴きながら 自分の中のそれを

構築したり 修復したり 装飾したり

これって

『金閣寺』を読んでて感じたこととつながる?

主人公にとっての

目の前にある金閣寺と

自分の中にある金閣寺との間にある何か

って感じじゃないかと

 

でも私は

美しいものを目の当たりにした時

それを破壊したいとは全く思わない

むしろそれを大切にしたいし

たくさんの人に知ってもらいたい

そう思う自分

そう思うように育った自分を

もっと認めてあげてもいいかもしれない

自分が認めてあげないでどうするだよね

 

そう思うように生まれて来た自分

が正解だと思うけど

 

ループ再生してて

今3曲目が始まった

視覚的に脳内再生できる間って

ほんと 幸せだ

そのうち消えてってしまうから

これぞミシマ! は

もう難し過ぎてどうにもならなかった

何度か読んだことあるはずなのに

あちこちというか全体的に忘れてるし

お寺が舞台ということもあって

とにかく言葉が難しい

読めない熟語が多過ぎて

全集で読むデメリットを感じた

専門用語だから読めなくてもしょうがないかもしれないが

これを書いた人の凄さを思い知った

 

自分が美しいと感じるものを

どのように言葉に置き換えるか

最高峰ともなると

もう手が届かない感じ だけどそれは

表現的な難しさに

思想的な難しさが相まって

手が届かないと感じるのであって

ワタシテキなそういうもの は

確かにあるな と思える

 

作中 またというか

「音楽」という表現が使われていたけど

私の場合は その対象が

音楽なので だからというか

どのように言葉に置き換えるか を考える場合

形として存在しない音楽を対象にすること自体

そもそも難しいし

そんなことできるのか? ってレベルだけど

金閣寺という 物質化されている(ように見える)

ものが対象であった場合に

どう立ち向かうか

 

建築も絵画も

すぐに見飽きてしまう私は

難しい! を連発しながらも

とても興味深かった

 

そうそう 昔 確か村上作品で

たとえフィクションであっても

むやみと人を無くすのは我慢ならない

と先生に訴えたことがあり

それが主人公の在り方や生き方に影響を与える重要な出来事であってもか?

と問われて それでも嫌なものは嫌なのだが

今回は あぁなるほど こういう使われ方があるか

と素直に受け入れた箇所があった

まぁ 素直でもないか でも今回は

そのことの重要性は理解できたというか

 

序盤で既に感じた

戦争というものが

いかに重く暗く

直接的のみならず 間接的にも

世の中を支配していたか

同じ三島作品でも 谷崎作品でもそうだけど

戦中戦後の上流社会を描いた作品は

なぜだか興味深く読めてしまうけど

この作品においては

2025年を生きる私に暗く重くのしかかって来るようだった

 

実際に起きた出来事を素材にして

小説を書く場合の「匙加減」に対して

激しく憤る案件が最近あり

あまりに気分悪いので私は読まないけど

この作品は ウィキペディアを読む限り

かなり 実際の事件に近い というより

詳細に取材して書かれた作品であることも

興味深かった もちろん書かれた「時」を

加味して考えなければいけないけど

 

同じ本に『美徳のよろめき』が入っているので

次に読みます

読書系YouTuberさんで

『音楽』を読み始めました という方がいらして

私も読んでみた

 

正直 「音楽」という言葉の

この作品での使われ方に違和感は残るけど

正直 本当に正直に言うと

この作品の中に 私の中のイタイ箇所を

鋭く突っつくものがいくつかあって

私も読んでみよう という偶然には

なるほど意味があるのだなと思った

 

作品内での限定的な意味ではなく

作者が「音楽」という言葉で表現したかったものは

いくらか 理解できるとは思う いくらかね

何度か読まないと

作者が伝えたかった意味には到達できないなとも思う

 

せっかく分厚い重い全集を借りて来てもらったので

『夜会服』も読んでみた

よくまぁこんなに若い女性の心理がわかるものだと

感心しながら読んだ(笑)

ただ後半 他の登場人物の心理描写が増えて

義母はともかく 夫となる彼の心理とかは

放っといてもよかったんじゃないかと

つまるところ この物語の主人公は

義母だったのかもしれない

その視点で読んでもおもしろいかも

 

4作品とも比較的読みやすい作品だったので

(書いている)今日から読み始めた

『金閣寺』は やっぱ毛色が全然違って

大変だ~という感じ だけど

これぞミシマ! って作品読みたいよね

 

 

すんなり手に入って良かった

去年買った2冊も未使用だけど

この色味がツボなので買っておくことにした

 

これ(右)も敢えて直営店に行って買ったのに

あっさりLOFTに置いてあるしさ

素人が深堀りすべきじゃないねロル沼は

でも右の アメリカのデビルズケーキだけど

私にはシュヴァルツヴェルダーキルシュトルテのは

どうしても欲しかった そんなに気に入ってるなら

全種類買って来れば良いのに買わないで

後になってあのちっこいの買えばよかったと後悔

左のホットケーキは 今使ってる今年の

緑地のホットケーキと同じ柄だけど

背景の色がなんとも素敵で

今と同じ雑記帳というか

体調と読書の記録しかしてないけど

として使う予定で同じくA5を購入

でさ ダイヤリーって

紺バンド一択になったの? もともとそう?

 

これこれ 去年も紺バンドだったか なら別にいいや

 

他にもちょこちょこ買ったりして

私はそれはしないと決めていても

「積んロル」になってしまうみたい

本当は(書いてる)今日も某直営店に行って

良いのがあったら買うつもりだったんだけど

自宅待機になっちゃって 残念

 

ちなみに息子のはコレ

学校で支給された といっても

お金払ってるのは保護者だけど

連絡帳が記録のメインになってしまい

たまに数学関係ちょこちょこ書いてたけど

今はほとんど使ってない模様

とりあえずダイヤリーは1冊買っておこうと

自分で選ばせたらコレになりました

あちこち振り回して 空振りもして

申し訳なくてアイス食べたんだった

夏休みの『モモ』お疲れさま

去年のこの頃に初めて読んだんだね

 

 

読書系YouTubeを観てて改めて知った

「積ん読」という文化?があることを

正しい姿勢だと素直に思う

私は 本は基本買わないで

読むと決めた本をピンポイントで図書館から借りるという

ある意味よろしくない方針なので

 

大型書店に行くと

本に囲まれる生活に憧れてるくせに

猛烈に疲れる あと 毎回ではないけど

やまだよしこ症候群にも見舞われる

それはまぁ 図書館でも同じなのだけど

読んでいない膨大な冊数の本達に囲まれると

読んでいないことを責められているようで

いたたまれない

 

あと 買うと

買って読まない が確かに起こる

それでも買った方が良いことはわかっている

 

でも 大型書店に行ってわかった

本には「今」の本ってのがあるんだ

今 文字通り「今」

書かれて 刷られて 読まれる

本がある

至極あたりまえのことなんだけど

私の好みから少し離れた位置にある

 

 

人間の関係性と言ってもいいし

率直に 恋愛と言ってもいいけど

敢えて後者を取ると

 

一定の距離が置かれることで

成立する恋愛がある

 

二度と会わないことで

成立する恋愛がある

 

そうかもしれない と納得しながら

そうかな そうでもないんじゃない?

と何かを期待したりもする

 

2025/8/30  19:30

ふだん全然読まないくせに

本に囲まれて過ごせる宿泊施設の動画ばかり眺めてたら

生まれ故郷に出来ていたというサプライズ

両親が教えてくれなかったら

違うホテルを予約するところだった 感謝

 

しかも市立図書館の本も読めるというすごい仕組み

しかし私 この仕組みの理解が中途半端で 

息子が実家に持って行こうとしたらキンコンが鳴り

図書館員さんが飛んで来てしまった

なるほど建物の外には持ち出せないってことね(アタリマエ)

息子の本は父のカードで借り出したが

私のは分厚いし そこまでしなくてもと

手続きしなかったがために

あとでとんだめにあった

 

こちらで紹介されていた『命売ります』が

とてもおもしろそうだったので

前もって検索して 全集の巻の番号?

何巻に入っているのか調べておいたので

スムーズに探せたのだけど

どちらも分厚くてびっくりした

三島の全集は借りたことなかったかな

 

『命売ります』は 紹介されていた通り

シンプルにとてもおもしろい作品だった

『肉体の学校』は ひとことで言って

「恋愛の教科書」という感じ

この作品を教科書だと感じる辺りが

私の 私にしかわからない特徴を

よく表しているのかもしれない

 

開いた瞬間の旧い文字の並びが素敵だった

こういう頁を かつては数え切れないほど

めくったものだった あまりに美しいので

最初の頁を息子に見せて力説したはいいが

子どもの前で頁を繰ることは出来ない(笑)

 

登場人物たちの生活感の無さが

私には大変 心地よかった

実生活のあれやこれやに振り回されない

ごくごく一部の人々 しかも

実際は大して昔の話ではないはずなのに

今とは全く異なる 遠い昔の 異国のような

舞台設計が以前から好きなのはなぜなのか

今はよくわかる

自分の生活が整っていないからだ

ホテル生活が好きだったこともそう

今回はホテル不眠に悩まされることなく

結果的には とても楽しい4日間だった

 

このロビーでは 3日目の客室清掃の間

1時間半くらいかな 読ませてもらった

先日 なぜ通勤電車では読めたんだろう と書いたが

そんなの分かり切ってる

「本を読むしかない」状況だったからだ

今回の帰省中は 誰かと会う予定を作らず

借りた2作品を読了して帰ると決めて籠った

このロビーも レストランでの朝食も

かなり目立つところに陣取っていたのだが

偶然知人とばったり! も一度もなかった

 

何年振りだかわからないくらい久しぶりの帰省

両親のためというより むしろ自分のために

ホテル宿泊 基本別行動 を申し出た

息子だけ迎えに来てもらい 私は毎回の夕飯と

夕陽を観に行く時だけ 同行させてもらった

 

行くまではいろいろあって

出発前のおかげ庵デビューの辺りから

急激にお腹の調子が悪くなり

せっかくの母の夕飯も全力で楽しめず

特に前半はキツかったのだけど

基本独りでいられることは

ものすごく大きな なんというか

良い効果があった そしてそのことで

実家で暮らした十代の自分自身が

どういう状況に置かれ

どういう困難を抱えていたか

はっきりと自覚し理解した

 

これがインナーチャイルドを癒すということなのか

よくわからないけど 少なくとも

当時の自分の悩みと

そこから出られない苦しみ

子どもというのは

家の中での悩みを抱えっぱなしで

それを解消することはほぼ絶望的で

毎日そこへ帰らなければいけない という現実を

五十を過ぎて 明確に言語化できた気がする

 

恵まれた十代だったことは明白で

それは素直にありがたいと思っている

でも客観的に計れる恵まれ加減と

私という個人の個人的な悩みとを

天秤にかけてどうこうなんてできない

 

3日目 3人の水族館からの帰りが

予想外に早く まだ読み終わってなくて

続きを読んでしまいたいのに持ち出せず

手持ち無沙汰な実家でただ寝転んでいるだけの

数時間 これ これなんだよ キツいの

ご飯作るの手伝えよって話だけどさ

大学生の時 膨大な時間を

こうして無駄に消してたはずなのに

今はもうできない

 

最終日も実家に行くと言う息子

荷物をまとめるため私は遠慮し

がんばって読み切って返却に行き

半泣きで戻って来た息子と一緒に

チェックアウトして特急に乗り込んだ

今年は行かなきゃいけないと思ってた

確かに 今 行くべき場所だった

行ってみたら また行こうと思えた

 

2025/8/10  23:23

 

『肉体の学校』こちらの動画で紹介されてました