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M3Variant : 高齢者の仲間入りしました

APL(急性前骨髄球性白血病)再発後、造血幹細胞自家移植を受け、社会復帰しました。
APLのほとんどはM3型(多顆粒型)ですが、APL全体の2%ほどしかない M3Variant(M3V型:微小顆粒型)のため、この名にしてます。
主なテーマは、白血病,旅行,日々の出来事 の3つです。

25.9.28(日)

ホテルをチェックアウトして、前々日に着いたバスターミナルへ行った。

 


Riga のバスタ

 


Rigaのバスタは運河沿い

運河を挟んでバスターミナルの向いには中央市場があり、大勢の買い物客で賑わっていた。
 

Rigaのバスタにて
後ろのバスに乗ってリトアニアへ


リトアニアのヴィリニュス(Vilnius)行きのバスに乗った。当初この区間も列車にできないかと考えたのだが、1日1往復で、ヴィリニュス着が21時過ぎになるので、バスにした。バスは1日何往復もある。
ネットではヴィリニュス着 16:45と書かれていたが、バスターミナルの表示では 17:05。キャリアは一昨日と同じ Flixbus。定刻 13:05 より2~3分早く、リガのバスターミナルを発車。座席指定制で、満席だった。

隣は東アジア系の若い男性だった。顔つきから韓国人か日本人かなと思ったが、スマホでの音声通話で中国語を話していた。他にも中国人女性5~6名のグループがいた。私のアンドロイドスマホのネット環境を見たら「杀虫剂的iPhone」という名のネットワークが検出されていた。

 


隣の中国人青年か、5~6名の中国人女性グループが使っているモバイルWiFiルータに違いない。日本語にすると「殺虫剤のiPhone」となるだろうが、この名称はどういう意味なんだろ? ソフトウェアのバグやセキュリティの心配がないという意味?

でも、ネットワーク名に中国語の簡体字が標示されるんだね。私がレンタル中のイモトWiFiはアルファベット標示。アルファベットの方がネットでのトラブルが少ないだろうが、中国に比べて日本は欧米に遠慮しすぎかも。

14:10 国境を越え、リトアニアに入った。これで行ったことのある外国は55ヵ国となった。リトアニアと言えば琥珀が有名だが、私の出身地に近い岩手県久慈市は、琥珀の産地として知られている。その縁で、久慈市はリトアニアのクライペダ市と姉妹都市提携しているそうだ。バブルの頃は、リトアニアから久慈琥珀館に何人か来ていたらしい。

 

 

15:30 過ぎから雨。16:00頃いったん雨は止んで虹が見えたが、ヴィリニュ市街に入った後、16:30頃からまた雨が降り出した。ヴィリニュスのバスタには、ほぼ定刻どおり 16:45頃に着いた。リガのバスタの表示 17:05着は誤表示だったらしい。
予約していたホテルはバスタから 2kmほど。当初は歩いて行こうと考えていたが、まだ雨が降っていたのでタクシーにした。


ホテルにチェックインした後、近くのスーパーに行った。水、ビール、つまみを籠に入れてレジへ行ったら、セルフレジで精算せよとのこと。精算しようとしたら何かエラーが表示された。店員が来て、日曜はアルコール販売禁止とのこと。
あれまあ。リトアニアでは日曜のアルコール販売は禁止らしい。水だけ買ってホテルへ戻った。ホテルの部屋にはミニバーがあり、ビールとワインを飲んだ。

25.9.27(土)
この日はリガ市内を見学。

 

ユーゲントシュティール建築群

 


ユーゲントシュティール建築群 アルベルタ通り2a番地の建物


まず、ユーゲントシュティール建築群へ行った。

 


ロシア大使館前


ロシア大使館のそばや向いに、ウクライナの惨状の写真が貼られていた。また、絞首台を模した木の板に Putin と書かれたものもあった。やはりバルト三国は反露感情が強いんだね。見ていたら30歳くらいの女性が話しかけてきた。英語でウクライナから来たと言った。少し話そうかとも思ったが、彼女はすぐに立ち去って行った。

 

ドゥァマ広場内で編物をして売っているお婆さん

 

私がラトヴィアへ行くと言ったら、東京・田端にあるラトヴィア民謡サークルに所属している姪が、ミトン(手袋)が欲しいとのこと。私は編み物のことなど解らないが、ドゥァマ広場の露店でこのような店を見つけた。

 

ドゥァマ広場内で買った編物


姪へのお土産に手袋を2組購入。ただ、本当に手編みかどうかはわからないよね。

 

 


ドゥァマ広場のアトラクション

 

ドゥァマ広場では、土曜日とあってかアトラクションが開催されていた。ラトヴィア語の民謡だと思うけど、姪は歌詞の意味解るのかな。露店でビールを買って飲みながら、しばらくドゥァマ広場でアトラクションを見入った。

(9.29 追記)ラトヴィア民謡サークル所属の姪からの情報で、聞いたことはなかったが、歌詞の主人公の名前は「マーニャ」とのこと。

 

Laundromat

 

17時過ぎにドゥァマ広場からホテルへ戻った。ホテルのすぐ近く、300mほどのところにコインランドリーがあった。洗濯済の衣類はあと2日くらいはもちそうだったが、洗濯できる時にしておいたほうがいいだろう。行ったらコインではなく、クレジットカード専用だった。操作はタッチパネルで、デフォルトはラトヴィア語だが、英語表示も選択できた。やはり英語表示があると助かるね。洗濯中は近くのショッピングモールへ行き、夕食を買ってホテルの冷蔵庫に入れてきた。

エストニア,ラトヴィア,リトアニアのバルト三国、当初はずっとレンタカーで回ろうかと考えていた。ところが、エストニアとリトアニアは日本で発行された海外運転免許で運転できるのに対し、間にあるラトヴィアはジュネーブ条約に加盟しておらず、日本の海外運転免許が有効でないそうだ。


国境での通関検査がないので、エストニアかリトアニアで借りた車でラトヴィアに入ることは可能だろうが、そうしたら、ラトヴィアでは無免許運転になってしまう。警察に見つかったら罰金だろうし、事故を起したときに保険が効かないかもしれない。
そんな訳で、エストニア→ラトヴィア→リトアニアは鉄道かバスで移動することにした。

エストニアの首都タリンからラトヴィアの首都リガへ行く列車は1日往復で、それも直通ではなく、国境のヴァルガ(Valga)駅で乗り換えとのこと。所要時間も高速バスの方が短いそうだ。列車から高速バスに乗客が流れるのは世界的に同じだね。

それでも列車にしようとチャレンジしてみた。IT先進国のせいか、紙の乗車券は事実上買えないようで、ネット予約のみらしい。予約サイトを見つけたが、ラトビア側の列車の予約サイトでアカウント開設が必要で、氏名や電話番号、クレカの情報等を入力してOKとなり、受付けられるところまではいくのだが、最後に確認用コードを SMSで送信したので入力せよ。という表示の後、その SMSを受信できない。4~5回試したが、結果は同じだった。

今年2月の南米旅行でも、ワイモバイルスマホの「海外あんしん定額」の利用開始 SMSを、往路の乗り継ぎ地カナダ・トロントでは受信できたのに、南米や復路のカナダで受信できず、モバイル回線でネットに繋ぐことができず、ナビ等を利用できなかった。どうも SMSによる確認情報受信がうまくいかないことが続いている。

タリンに着いた翌9月21日、タリン駅へ行ってみたが、切符の販売窓口はなかった。エストニアは IT先進国と聞いていたが、ここまで徹底するかね。いや、日本が遅れていると考えたほうが妥当だろう。元デジタル庁長官の河野太郎氏が「デジタル敗戦」と言っていたのを思い出す。タリン駅の隣には旅行代理店があった。駅窓口の代理のようなもんかな。だがその日は日曜で休業。結局、列車は諦めてバスにした。こちらも紙の乗車券は既になく、ネット予約のみ。こちらはネットですんなり予約・支払いできた。

25.9.26(金)
ホテルの朝食会場へ行ったら、軍服を着た兵士の集団がいた。肩章を見たらイタリア軍だった。ロシアの挑発に対抗して、エストニアに派遣されたんだな。この先、どうなるかね。

 

エストニアの首都タリンからラトヴィアの首都リガへ行くバスは1日10往復以上あり、夜行便もあるようだ。発着場所は市内バスのターミナルではなく、6日前にヘルシンキから着いたフェリーターミナル。フェリーとの乗り継ぎ客を重視してるのかな。6日前に15分ほど歩いてホテルに着いた道を逆に辿り、フェリーターミナルに着いた。売店で水とパンを購入。


10:35 定刻どおり発車。座席指定で、席は半分ほど空いていた。私の隣の席も空いていたので、手荷物を置くことができた。15分ほどでタリン市内の長距離バスターミナルに立ち寄った。市内バスのターミナルと長距離バスターミナルは離れているが、まあ、しばしばあるパターンだろう。12:45 パルヌ(Pärnu)という町のバスターミナルに立ち寄った。途中停車はここだけだった。


13:38 国境通過。ラトヴィアに入った。これで行ったことのある国は54ヵ国となった。定刻 15:25のところ、6分ほどの遅れで首都リガ(Rīga)のバスターミナルに到着。ほぼ定刻どおり。20分ほど歩いて予約していたホテルにチェックイン。

 

ホテルの近くにショッピングモールがあり、中のスーパーでビールも売っていた。2日分のビールとこの日の夕食を買い、ホテルに戻って部屋の冷蔵庫に入れた。