26.4.26(日)
朝、ビジホを出て泉駅へ。泉駅のホームから構内を挟んだ反対側には、福島臨海鉄道の事務所が見えた。福島臨海鉄道はかつて旅客営業もしていたそうだが、その後、貨物専業となった。なぜか興味をさそわれ、1979年頃にいわきのあたりを通った時、ここ泉駅から福島臨海鉄道の線路沿いに小名浜まで5kmほど歩いたことがある。
また、かつて福島臨海鉄道の小名浜駅からここ泉で常磐線に入り、高崎線を経由して信越本線安中駅に至る東邦亜鉛(株)専用の貨物列車があった。半世紀近く前は水戸線・両毛線経由という最短ルートでの運行で、私も水戸線・両毛線どちらかで見たことがある。
40年ほど前には東行きと西行きのどちらか一方が武蔵野線経由で、他方が田端経由という非対称なルートだった。2013年4月10日に仕事で外出先からの帰り、常磐線金町駅のホームで電車を待っていたら、この安中貨物の西行きが目の前を通過していったので、東行きが武蔵野線経由で、西行きが田端経由だったのかな。
ウィキペディアの安中貨物の記事によると、2025年3月15日のダイヤ改正で定期運行終了、同月25日の臨時運行を最後に完全終了したとのこと。廃止時点では東行き西行きとも、武蔵野線経由だったそうだ。
こういう地味だが、しかしユニークな列車がなくなっていくのは寂しいなあ。
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泉から一駅隣の植田へ。8:08 植田駅からこの日の街道歩き開始。
イザナギ・イザナミ
植田駅前には男女二体のモニュメントがあり「イザナギ・イザナミ」という名が書かれていたが、何だか違和感あるなあ。
8:13 陸前浜街道に合流。旧植田宿はこのあたりかな。8:22 常磐線を県道の陸橋で渡ることになるだろうと予想していた地点で、地下道があることに気づき、地下道で潜った。
9:10 小名浜道路の下を潜って進んだら「この先行き止まり」の標識。このあたりの旧街道は小名浜道路によって遮られたらしい。
小名浜道路によって遮られた旧街道の出口
9:26 明らかに旧道出口と思われる箇所があった。
小名浜道路から離れた先の旧街道は、森塚良郎氏のブログ「日本の街道地図一覧表」の「福島 13-01 浜街道1」によると、常磐線のトンネル入口の上あたりから山道になっている。9:36 その旧街道の山道入口か? と思われる所があり、少し入ってみたが、確証を持てず、引き返した。県道の切り通しを進んだら、9:51 山道出口か? と思われるところがあった。さっきの山道入口からここに繋がっているように思えた。この山道を歩けばよかったかも。ただ帰宅後に調べたら、森塚良郎氏の「福島 13-01 浜街道1」の地図より少し西にあるような気がする。旧街道ではないのかな。
八幡神社の彫刻
10:01 旧渡部宿の手前で何気なく神社に立ち寄ったら、古い建物ではないが彫刻の彩色が真新しかった。修復したのか新調したのか。
10:50 岡部城山碑
11:18 袈裟かけ地蔵
11:20 駒止ノ滝
たいした滝ではないが、解説によると馬の喉を潤した水らしい。
鶴のあし湯
湯本駅前を通過した先に「鶴のあし湯」があり、何人か足を湯に浸けていた。旧湯本宿はこのあたりか。源泉の湧出量では屈指の温泉らしい。
湯本の先でJR常磐線を越えたあたりに「いわき市石炭・化石館」がある。ここは過去に2回見学したことがあり、今回はパス。かつては石炭の産出で栄えたいわき市。映画「フラガール」も、ここ常磐炭鉱の斜陽・リストラから始まっている。なんでも常磐炭は北海道産や筑豊産の石炭に比べて質が悪く、燃やした時に煙やススが多く出たと聞いたことがあるが、首都圏という大消費地に近かったため採炭が続いたのかな。
内郷の町に入り、13:15 回転寿司で昼食。歩き始めから 20.0km,30,664歩。昼食後 13:45 街道歩きを再開。
「大東亜戰勝祈願」碑
14:03 茂天木稲荷神社に立ち寄ったら、境内の片隅に「大東亜戰勝祈願」と刻まれた石碑があった。戦後、撤去しなかったのかな。
尼子橋
尼子橋句碑
14:27 尼子橋を渡ったら句碑があった。何かいわれのある橋なのかも。
献子鍬倉神社石段
14:40 「献子鍬倉神社」という大きめの神社があり、トイレを借りようと石段を上ったが、かなり急な石段だった。本殿脇に社務所があり、トイレを借りた。
15:10 旧陸前浜街道から分かれ、いわき駅へ。昼食後は 4.6km。街道から分かれたあたりが旧磐城平宿か。次の上り列車まで30分ほどあったので、駅裏の磐城平城しろあと公園を少し歩いた後、15:43 の上り電車で泉駅前のビジホに戻った。










