伊勢参宮から帰宅の途へ | M3Variant : 高齢者の仲間入りしました

M3Variant : 高齢者の仲間入りしました

APL(急性前骨髄球性白血病)再発後、造血幹細胞自家移植を受け、社会復帰しました。
APLのほとんどはM3型(多顆粒型)ですが、APL全体の2%ほどしかない M3Variant(M3V型:微小顆粒型)のため、この名にしてます。
主なテーマは、白血病,旅行,日々の出来事 の3つです。

芭蕉と曾良がおくのほそ道を歩き終えた直後に出かけた伊勢神宮への旅。そのルートを辿る旅を終え、帰宅の途に。

22.10.14(金)

松阪のビジホをチェックアウトし、鳥羽から伊勢湾フェリーで伊良湖へ。このフェリーには初めて乗った。今回の旅では新日本海フェリー,琵琶湖汽船に続き、4回目の船となる。


伊良湖からは渥美半島の南岸を東へ。この道はだいぶ前に通ったことがあり、その時は国道ではなかった気がするが、今回通ったら、国道42号になっていた。
国道42号というと、和歌山から松阪まで紀伊半島を太平洋沿いに半周する国道のはずだが・・ 検索したら、1993年に渥美半島のこの区間が国道42号に編入されたらしい。そのせいだろうか、他の2桁国道より路肩などが狭く、歩道のない区間も多いような気がする。

浜松西I.C.で東名高速に乗り、東へ。新東名ができたせいか、(旧)東名はあちこちで対面通行にしてリニューアル工事をしていた。高度成長期に開通し、それから半世紀も経つんだもんね。あちこちガタが来てるさ。裾野で1泊。

22.10.15(土)
裾野から籠坂峠を越えて、河口湖へ。

20代~30代の頃、よく行っていた九州の某ユースホステルの仲間20名近くと、久々の再会。夜はバーベキューと昭和の曲で盛り上がった。

22.10.16(日)
河口湖を発ち、大月から小菅村へ初めて行き、その後、奥多摩,八王子経由で海老名へ。

22.10.17(月)
旅の疲れが出たのかな。海老名のビジホで1日過ごした。

22.10.18(火)
この日は電車と徒歩で、懐かしの場所を巡った。

まず32年間通勤した神奈川・伊勢原へ小田急で行った。工業団地へ行ったら、うち27年通った工場の建物は全てなくなり、別の会社の工場になっていた。
その後、一昨年6月まで31年半住んでいた横浜・旭区へ相鉄で行った。わずか2年半だが、あちこち変わるもんだな。行きつけのようだったコンビニは移転していたし、相鉄と東急の相互乗り入れも来年3月に始まるという表示をあちこちで見かけた。海老名駅でJR相模線の電車を見たら「ワンマン」と表示されていた。ワンマン運転になったんだ。
生まれは岩手だが、学生時代から通算40年以上住んだ神奈川県。自分のホームグランドに帰ったような気がする。盛岡に転居してから2年半、今でもまだよその町にいるような気がする。今は母との2人暮らしだが、そのうち1人になったら、神奈川に戻りたいな。

22.10.19(水)
ビジホをチェックアウトし、車で出発。白血病で延べ240日近く入院していた病院の前を経由し、首都高に入った。横浜を後に、福島・いわきで1泊。

22.10.20(木)

 

 

いわきで、アーノルド・ローベル展を見学。その後、磐越道を走って二本松へ。二本松菊人形を見学。

 

菊人形を後に、東北道を北上。夕刻、20日に及ぶ旅から帰宅。