おくのほそ道ウォーク 山中温泉からの曾良ルート | M3Variant : 定年退職と同時にコロナ禍に

M3Variant : 定年退職と同時にコロナ禍に

APL(急性前骨髄球性白血病)再発後、造血幹細胞自家移植を受け、社会復帰しました。
APLで通常のM3型(多顆粒型)ではなく、APL全体の2%ほどしかない M3Variant(M3V型:微小顆粒型)のため、この名にしてます。
主なテーマは、白血病,旅行,日々の出来事 の3つです。

芭蕉一行は山中温泉に8泊した後、そこで別れている。曾良は芭蕉と分れて一人で先行し、芭蕉は金沢から同行した立花北枝という人と、後から進むことになったとのこと。
「曾良は腹を病て、伊勢の国 長島と云う所にゆかりあれば、先立ちて行に
 行き行きて たふれ伏すとも 萩の原    曾良
 今日よりや 書付消さん 笠の露」

曾良は信州諏訪湖近くの村で生まれたが、幼少時に伊勢長島の親戚に引き取られ、成人後は、おくのほそ道で芭蕉に随行し、最後は幕府巡見使の随行員として、玄界灘の壱岐島で病没したそうだ(異説あり)。まさに旅の人生だね。
私はまず、山中温泉内を見学した後、大聖寺への曾良ルートを歩くことにした。

20.10.18(日)
↓この日歩いたルートと写真

 

9:20 山中温泉のホテルからウォーク開始。山中温泉内を回った。曾良日記に記述のある、黒谷橋,宿泊先の泉屋跡などを見学。
11:10頃、山中温泉から離れ、国号364号を北上。12:35 国道8号バイパスと交差した後、小さい山を越えた。吸坂という坂らしい。13:00 国道305号の橋を工事中の新幹線がまたぎ、直後に北陸本線の下をくぐって大聖寺の街中に入った。13:05 菅生交差点を通過。ここを右へ行くと菅生石部神社があるが、数日後に芭蕉ルートで通る予定なので、この日はパス。
13:30 曾良日記「大正侍ニ趣 全昌寺へ申刻着」の、全昌寺に到着し見学。芭蕉と曾良が1日違いで泊まったという寺である。入場料\500は少し高い気がしたが、ほそ道以外にも五百羅漢像があった。
14:10 JR北陸線大聖寺駅に到着。この日のウォーク終了。開始から、27,288歩,21.21km。14:41の電車で1駅先の加賀温泉駅で降り、路線バスで山中の温泉ホテルに戻った。