家のすぐ近くの川に、大量のペットボトル(小便と思われる液体と吸い殻入り)とゴミが捨てられていたのが2か月ほど前。
その2か月間、僕自身にも色々なことがあって、どうにも怒りが収まりきらない状態だった。でもそれは結局は自分自身の無力さに起因することであって、ぶつけようにもブーメランのように跳ね返ってくるだけだった。力量を超えた望みが叶うはずもなく、奇跡を起こす時間もなく、ただただやりきれない怒りが溜まっていくのを感じた。
で、冒頭のペットボトル大量投棄に怒りをぶつけることにした(笑)
正直、この2か月見てみぬふりをしていた。だって、そんなどうしようもない奴のゴミを処理する時間なんて無駄以外何物でもないじゃない?僕の人生は他の誰よりも価値のあるものにしたいんだから。
気が付いたら看板が付いてて警察に通報したと書いてあったのも一因だったけど、今日何気なくその看板を見たら、ご丁寧に日付が書かれていて何日に何本増えたとか、何日にゴミが増えたとか、そんなことが書いてあった。
ここで僕の怒りは爆発した。
ゴミを捨てる奴、それを馬鹿正直に記録だけして処理しないやつ、何も動かない警察、見て見ぬふりをする人々、友人、家族、日本政府・・・・・etc
深夜2:00過ぎ、軍手をはめ、ポリ袋片手に、40本はあろうかというペットボトルの中身をぶちまけてやった。途中風が吹いてきて自分にかかりそうだったから橋の上から川に流し、吸い殻は網で濾して全て回収、家の水を使うのは癪に障るから公園の水道でボトルは洗った。自販機横のゴミ箱とガソリンスタンドに分けて全て捨てた。無心で深夜の街を駆け回った。夜な夜なやっている時点で、すでにいい事をしようなどという気持ちは毛頭ない。
この2時間、あの人(秘密)のことは一度も、一度も考えなかった。
ボランティアなんて自己満足だ。だがその自己満足が欲しかったんだ。誰にも言うつもりはなかったけど、ほんの少しの邪心と自己顕示欲が僕にこの文章を書かせた。それに、これは贖罪である。命を貰っておきながら、何もなしえず、何も築いてこれなかった自分への贖罪。そう思えば、全ての怒りは行動に収束し、行動は自らの過ちをも過去に置き去りにするだろう。いや、ぞう信じることにした。
一旦ゼロにしてしまえば、捨てにくくなるだろうと希望的観測をするのは、まだ僕の心に光があるからだろうか。









