今日の絵ハガキ。
オートバイ。私は機械に弱い。
他の男子のようにオートバイや車にも興味がなかった。
だからオートバイの絵も苦手である。
突然、プログラムのユーザーコードとパスワードを忘れてしまった。
毎日のように打ち込んでいる数字である。
空で覚えていたので、メモなどに書き込んでいない。
たぶん頭までというより、指の動きで覚えていたのだ。
それが、たぶん一か所打ち間違えたのだろう。
頭で思い出そうとしても。思い浮かばない。
最初の出だし Iは大文字だったっけ小文字だったっけ。
I○○○○の次に8という数字をつずたが888の3ケタだったか8888
の4ケタだったか。
自分の電話番号を聞かれて、いつもはサラスラ数字がでてくるのに、なにかの拍子に瞬時、間を置くとあれっと思う。
149?148?
つっかえたり、考えると分からなくなる。
先月、運転免許の高齢者研修を受けた。
前回、免許の更新した直後、車を手放した。
それから一度もハンドルを触っていないから、3年間運転していないことになる。
運転できるか不安だった。
不安が的中した。
シートベルトを締めて、ブレーキを踏んでギヤをPからDに入れて、ウインカーを出して、ゆっくりアクセルを踏んで、最初からこれらの動作がスムーズにいかない。
動き出しても30キロでと言われているのに、だいぶスピードが出ていたらしく、何度もスピードを落としてと注意される。
これらの動作は頭で考えるのではなく、今まで無意識で体が覚えていたのだ、
だから、運転しているうちに、体が思い出して、以後はすべてスムーズで合格点と言われた。
人間の行動、起きて歩いて避けてしゃがんで、そういった行動は考えてしているのではなく、自動行動だ。
息を吸ったりはいたり、いちいち意識して動かすのであれば、人間は動けないだろう。
娘が歩き始めの頃、小さな粉石けん箱を、ハンドバック代わりに持たした。
箱の重みで前に自動的に歩く。
なるほど、赤ん坊も歩くと言う動作は自動的なんだなと思った。
私がパスワードや電話番号も意識して覚えているというより、脳みそに無意識に刻まれているようだ。
これは、私が自分の認知症を認めたくないためのヘ理屈だろうか。