今日のハガキ絵。
水木しげるの自伝的エッセイ本「ほんまにオレはアホやろか」の表紙を模写。

漫画家の書く文章は、独特の味がある。
戦前の岡本一平の漫画漫文。
私が感心するのは、ゲゲゲの鬼太郎の水木しげると、ねじ式のつげ義春。
水木しげるさんは、ガロにエッセイ風の物を書いていて、絵と同じようにとぼけた味があった。
つげ義春さんは、義務教育も終えておらず、赤塚不二夫が住んでいたトキワ荘に遊びに行くと、藤子不二雄らが映画の話をしているのを聞いて、トキワ荘グループはインテリだと劣等感を持ったらしい。
たぶん画風から、つげ義春とトキワ荘グループとは漫画感や生き方の違いがあっただろう。
しかし、つげさんは、小説はかなり読みこんでいるらしい。
私はつげさんの、いわゆる旅行ものといわれる漫画が好きだ。
私はその漫画に、井伏鱒二の紀行文を読んだような味わいを感じる。
つげさんは旅行紀も書いていて、旅先で出会った人達の描写に、どことなくユーモアを感じる。
文章はわかりやすくて、気負いがなくて淡々としている。
自分の内面を表現するのにも、あれだけ気取りがなく書ける人は珍しい。
つげ義春が、新作漫画を描いたのは、1987年の「別離」であり、それ以後は新作を発表していないが、十数置きにつげ漫画のブームが起こり、そして今は、フランスでつげ漫画の絵がアートとして評価されている。
つげ義春の文章も、優れた紀行文や日記だと高い評価をうけているそうだ。
実は私も、つげ漫画だけでなく、貧困旅行記や日記などを、何度も読み返している。
つげさんの才能は、不思議な才能だ。
再評価される漫画家や小説家はいるが、つげサンは再評価され続けている。
つげ漫画が評価され始めた頃、つげ漫画の絵をアートとして評価する人はいなかったし、文章を評価する人はいなかったはずだ。
そういう評価に、一番戸惑っているのはつげさん自身であろう。