第7回学びをシェア会を開催しました!
1年続いたぞ!!
学んだことを、2か月に1度シェアしあう会。
シェアするために、資料を読み返したり、まとめなおしたりするので
より学びが自分の中で消化され、定着します。
また、人のシェアから新たな刺激を受けて、
自分の分野に応用できることがあったり
違った見方で日常をみることができたり
全然思ってもいなかったところに興味が出てきたり
と変化がいろいろあります。
行けるイベント、読める本にも限りがあるので、仲間と手分けしてる感もあり。
私はこのシェア会を母船のように感じていて
ひとりで学んでいるときにはいかだやボートで荒海に漕ぎ出したり
無人島に上陸したりしてさまざま調べているわけです。
で、母船に帰る予定があるから、広大な自然に圧倒されずに、孤独に潰されずに
地道に調査研究していられる。
母船に戻り交流し、栄養補給し休息し、ほかの乗組員の冒険を聴いてわくわくする。
そんな場に育ちつつあります。
私が今回選んだテーマは「「ほんものであること、その場で起き得ること」
夏ぐらいから、学びの場で出会った講師や登壇者の「ほんものさ」について
何も用意せずに、ただただ私の現在のほんものさでもって語ってみよう、という試みをしてみました。
ほんものさが作る場で引き起こされる、「何か」がここでも起こるのだろうか。
私としては、自分のほんものさっていうか、「等身大の自分が露呈した」だけで、
なんだか皆さんの時間とっちゃってすみません、という気持が今ある。
まさにほんものの自分。
不純物がたくさん混じった井戸水を出して、みなさんの濾過力に頼る。
ああ、まさに今現在のわたし・・・・
やはり「20分で語る」ことへの準備はもっと必要で
ある程度飲める程度に濾過してから持ってこい、
と自分に突っ込んでいます。
別のたとえでいうと、私の今回の話は
童話に出てくる、かえるが、大きな牛をみて家に帰って
「こんなに大きなやつがいたんだよ」
と膨らんで見せて破裂しちゃう話のようだ、と思った。
しかしこれを甘えだ、準備不足だと一切責めずに受け止めてもらえる、
途中でも粗削りでも泥付き野菜でも、受け入れてもらえる母船の安心感よ。
次回はもっと濾過して磨いてから出す。
直前に広げてみた資料からまだ感動が蘇ってまとまらないくらい、咀嚼が足りなかった。
という反省の回でした。
しかし、レギュラーメンバーの
千穂さんはこんな風に受け止めてくださった。ありがたい。
ライチさんが、いつもはしている準備も何も準備しないで、
今日は素手でそこに座ってる。と口火を切ってくださったところで、
すでにぶわっと総毛だつような感覚になりました。ライチさんのシェアが一番、
うまく言葉にできないのですが、ライチさんのまるごとをこうしてここに置いてくださって、
ひとつひとつにすごく神経が通っているようなシェア、
ふおおおお、という気持ちでいっぱいになりました。(なんだこの感想???)
本当ならずっとずっとライチさんに起きたこと、感じたことを聞いていたかった。
というのが、今もまだつづく、ふわふわ浮いているような気持ちを言葉にしたときの、感想です。
そこからこの世界に戻ってきたときに、つきつめていくと「何かを目指す場」がどんどん機能しなくなっていって、
「ふんわりした場」「ただそこにいる存在」になっていった、そのあと。
みたいなことが私にとっていまよくわからないことで、
それがきっとこのシェア会に、今は一番顕著に表れているのだと思うのですが、
その場において体験させてもらえていることにいつもながら、深い感謝の気持ちでいっぱいになります。
いつもありがとうございます!
駅に向かう途中にある、フェンスから飛び出した葉牡丹。
なんかこの姿が自分に重なるのですよ。
お前、大丈夫か、何したいんだ、っていうかどうやってそこにきたの。
まあいいか、きみはそのようにいるのだね。と受け入れる。
千穂さんの感想を読んで、この飛び出した葉牡丹みたいな自分が
受け入れてもらってるんだよなあ。という気持に落ち着いたのでした。
千穂さんも同席してくださったみなさんも本当にありがとう。

全体像。
私以外の2つの発表はとても素晴らしかったです!!!

私のノート。
すでにある方式の構造と、そこにある違和感を明確にしていって
せいこさんならではのもの、にたどりつくその旅を一緒にさせてもらったような発表でした。
同様に私もいろんなものを学び、感心しつつ違和感を持ち、
それを自分なりにカスタマイズしたものを提供している。
そこを再承認できた感じがする。
大きな収穫はこの2つの言葉
「思考は言語を必要とする」
「学習は学習者の準備が整っているときにおこる」
しびれる。

初登壇・つかささんの発表は
「短歌1300年のあゆみと<わたし>を歌うということ」

和装で和歌を語るつかささん。
これがまた素晴らしい名人芸の落語を観たみたいな(観たことないけど)、
軽やかにぐっと引き付けられたまま夢中で過ぎた20分!
あ~、いいもん見せてもらった。という満足感!
歌を詠みあうのが「雅な合コン」、とか
万葉集は「全国のイケてる五千首を集めた本」だとか
センスがにくい。
女子高生になった気分でつかさ先生の授業を聴きました。
かつて覚えさせられたバラバラの知識に1本の筋が通っていく快感。
学校でもこのように学びたかった。
は~、今回も楽しかった。
レギュラーメンバーのまりさんが
「みんな。長生きしようね」って言ってた発言にウケる、そしてそのとおりだ。
脳もカラダもココロも健やかに、学び続け、シェアして遊び、
さらにそれを、しっかり濾過した・磨いたものをしごとでシェアしていきたい。
・・・・・
学びのシェア会、ぜひ皆さんも身の回りの人とやってみてください。
進行例: ①チェックイン、②20分の発表と10分の対話の3セット、③全体対話、④チェックアウト
!参考・ライチの考える注意事項!
※受講した講座の丸写しNG
※受講した講座の資料流用NG
としたうえで
※シェアされる内容は、あくまでもその人個人の受け取ったものであり、
伝えた側の意図とは違っていることを前提として受け取る。
※シェアの内容を二次使用する場合は、原典(もとの講座や本など)にあたってからを推奨。
※少人数で気楽にやってOK(編集しきれてなくても、学びの最中のものでもよい)。
発表者だけが主とならず、対話自体でさらに学びが深まることを意図する。
学びのシェア会の記録
第1回のブログ 「学びはシェアして、より学びとなる」。
第2回のブログ 「社会変革したいですか?」
第3回のブログ 「なんのために生まれたか・極私的死生観」
第4回のブログ 「自己開示は命のシェア」
第5回のブログ 「創造は、意味も意図も超える」
第6回のブログ 「場によって咲く花のうつくしさ」