泥酔上等 ~酔っぱらいの思考回路~ -20ページ目

泥酔上等 ~酔っぱらいの思考回路~

学問やビジネスの外であっても、思索は決して欠かせぬもの。
けれどもそこは、スポットライトが当たらぬところ。
ここはかなしい・・・そんな思索の、供養の場。

週末、必ずわたしは勝負です。「日中飲むか、飲まないか」、これですね。
わたし≠アル中として、以下お目通しくださいませ。

-----

なぜこうも、わたしは酒を利用しようとするのだろう。
そいえば昨日、酒についてのこんな議論が。

わたし「みんな帰れば、酒すすっての仕事もあるよ」
社員「よくそんなんで仕事できるわ」
わたし「少し飲めば、細かい迷いが断ち切れる。本質だけを映してくれる」
社員「すべてどうでもいいんだよ!みたいになっちゃうわ」
わたし「飲みすぎだ。もっとエッジを攻めていく。ごくわずか、ほんのわずかさ」
社員「あのビンの群れ、チリが積もってできた山?」
わたし「酒への礼が、別に要るのよ」

-----

酒がわたしを統べるのではない。わたしが酒を統べるはず。
そんなわたしに迫る酒――まだ午後1時、お昼だぞ。

うぐぅ


はじめての酒の記事。
もっとスマートな・・・スコッチのテイスティングとかかと思ってた(´・ω・`)


通販を使うとき、「商品レビュー」を参考にする?
その答えがYesであれNoであれ、レビューに販促効果があるのは事実。

「販促効果あり」とは、「売り手に利用価値あり」ということ。
売り手の「利用」が度を超えれば、サクラレビュー投入へ。

さあお客さん、サクラレビューにどう立ち向かう?

-----

ここで、サクラレビューを投入する売り手(通販会社)の身になると・・・
サクラレビューに多くのコストをかけることはない。自前でも外注でも、スピード重視。質より量。
ただし、何がなくとも褒めはする。削ぎに行くのは他のトコ。
また、レビューは商品実物見ずに書く。倉庫との商品出し入れの、手間とコストがモッタイナイ。

こんな事情で、サクラレビューは客観性と具体性、これら二つをきっと欠く。
客観性とは、商品への批判的見地が見えること。
具体性とは、商品に関する有益な補足情報があること。そんな風に解せばよい。

どちらが欠けても、お客さんを惑わせる。
それがサクラでなくたって、そんなレビューは罪つくり。

-----

改めて、サクラレビューにどう立ち向かう?
その方針は簡潔です。客観性と具体性どちらもあると思ったレビューしか、相手にしない。
それが実際サクラかどうか、そんなことはどうでもいい。

サクラかどうかは自分が決める――この心意気、サクラレビューに咲くサクラ。
そんな話だったでしょうか。

二か月ほども前でしょうか。
奥さんとの会話より。

-----

わたし「ベーグルうまくなったよねー」
奥さん「学習効果よ。次はフォカッチャ狙おうかしら」
わたし「作り方わかるのかね」
奥さん「先生がいるじゃない」

奥さん「ふぉかっちゃ・・・出た出た」
わたし「待って、いま変なものが。再度入力ねがいます」
奥さん「あいよ・・・うはあ」

-----

フォカヌポウ――オタクの方が感極まった際発する声を表したもの、なのかしら?
意味は先生に聞いていただくとして・・・この画ったら、ネット文化と現実世界の会合点。

事実として、フォカヌポウは多く検索されている。
なぜ、こうもヒトの興味をひいたのか。

きっと「感極まった際発する声」を、的確に表した語だからなのでしょう。
(おそらく、嘲りもとても的確に盛り込まれているのでしょうが)

的確な語は洗練された語、だから誰しも支持をする、と。

-----

フォカッチャが作られたのを、わたしはまだ見ておりません。