泥酔上等 ~酔っぱらいの思考回路~ -21ページ目

泥酔上等 ~酔っぱらいの思考回路~

学問やビジネスの外であっても、思索は決して欠かせぬもの。
けれどもそこは、スポットライトが当たらぬところ。
ここはかなしい・・・そんな思索の、供養の場。

若手サラリーマンや学生がよく、「成長したい」と口にします。
成長って? このあいまいさ、私の性には合いません・・・

-----

私の前職、みんなが「どうやったら成長できる?」みたいなことをずっと言ってるトコでした。
先輩から後輩に贈る「私はこうやって成長したセミナー」が開かれるのも常となります。
さまざま感動的なエピソードが飛び交いますが・・・

結局そのタイミングは共通しており、「上に仕事をぶん投げられたとき」です。
ぶん投げられて、必死であがいて、できるようになりました!ということですね。

具体的には何が起こってる?
一例ですが・・・責任感の強化、新たな思考パターン習得、段取り改良、頼れる議論相手の発掘など起こるでしょう。

なぜ、「上に仕事をぶん投げられたとき」なのか。
それは、「必要に迫られるまで、誰も本気では考えられないから」でしょう。
そして、サラリーマンに身近な「必要に迫られるタイミング」とは、「上に仕事をぶん投げられたとき」だった、と。

苦しみを乗り越えた過去があるヒトは、仕事で必ず光ります。
「本気で考えた」経験が、仕事人としての生命力と変わるのだと考えます。
この現象を、皆は「成長する」と呼んでいる、と。

-----

あとは、各人「自らの仕事にとっての生命力」の中身を明らかにすればよい。
これでやっと、実務への示唆が出せる。

あいまいな言葉は、怖い言葉。
お盆も過ぎて、都会に人が戻ります。
満員電車も、一緒に舞い戻ってきてしまいました。

満員電車のドアが開いた瞬間に、「どけって言ってんだろ!」と怒鳴って駆け出す人が。
「普段はこういう人じゃないんだろうな」・・・そう思えば、満員電車には何らか魔力があることに。

満員電車は、ヒトの本性を身近に感じられる場面と私は考えます。
むちゃな体勢、暑い・くさい、遅刻寸前だってのに電車はなぜか徐行した――きついきついストレスです。そのくせ体は動かせぬ、ココロにどんどん溜まってく。

-----

例えば、ドアが開いた瞬間の乗客の挙動をみますと・・・
以下二つの観点でヒトを分類すると、うまく車内の状況を整理できるかも。
1. 他人を敵として見るか、味方として見るか
2. 自ら外に出る道を拓けるか、拓けないか

(クリックで拡大してください・・・)


冒頭にあった「どけ!」の方は、左上になりますね。
だれもが邪魔者、だから押しのけ駆け抜ける。

-----

じゃあ、みんなが図の右上になればいいの? きっと違います。
先の二つの観点は、ただの悲惨さ演出のための道具でして・・・。

満員電車に耐えるヒトを造るより、満員電車をなくす方がいい。
一定以上の通勤電車の満員度は、その社会に棲むヒトを崩すと考えます。

通勤の実態を示す指標は、社会設計上もっと重視されるべきでは。
何事においても、人間を理屈とココロの二面で捉えることは有用と思います。
「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」という山本五十六の語は、これを実践面から記したものと解しています。

-----

ところで、マルチタスクってありますね。
コンピュータ用語で、並行して仕事を進めること・・・ビジネスにも転用済みですね。
人によって、得意・不得意大きく差が出るところです。

理屈面では、「ロジック」「スケジュール管理」「プロセス管理」といったところが重要に。
若者向けのビジネス誌でもてはやされるテーマで、OutlookやGoogleカレンダー、iPhoneのToDoアプリなど支援ツールも多々あります。

ココロ面ではどうでしょう。
何かに気を取られてしまい、他のことに手がつかない・・・こんな状況ありませんか。
この状況を打破するならば、「決め」「割り切り」「理由づけ」、こんなところが関わってきます。
すなわち、迷わないことが肝要。
常時自らの考えを揺るぎないものにする習慣こそが、もっとも効果的かなと感じます。

たとえば私は・・・共に働いてきたメンバーを正当な理由で解雇するだけでも、他の仕事が手につかなくなります。
「なさけ深い」と映るでしょうか?

いやその実は、私がココロを納得させきれていない表れ、理屈面の不備まで寄与している。
よって、全面的に自分の未熟が原因なので、迷いが止むまで悩むべき、と。

だから、速く深く悩まないと、時間は足りなくなりますね。