アメリカ生活で得たもの|遠くの家族と近くの家族 | 雨の日も風の日もそして晴れの日も! In アメリカ

雨の日も風の日もそして晴れの日も! In アメリカ

1998年、国際結婚を機に渡米。 アメリカの企業で企業管理者として勤続26年。本業と並行して、英会話コーチしています。バリキャリアラフィフ女の笑える日常生活をアメリカからお届けします!私の詳細についてはプロフから!

アメリカに来てから、

日本と違うなと感じたことが
いくつかある。

 

 

そのひとつが、

人を助ける時の「形」。

 

 

もちろん、どちらが良いとか
悪いとかではないのよ。

 

 

ただ、文化の違いとして

面白いなと思う。

 

 

例えば、日本では
冠婚葬祭の時に、

 

 

お金という形で
気持ちを渡すことが多いと思う。

 

 

特にお葬式では、香典を包んで
お渡しする文化がある。

 

 

一方アメリカでは、

お金を渡すよりも、

 

 

食べ物を持って行ったり、

実際に手を貸したり、

 

 

そういう形でサポートすることが
多いように感じる。

 

 

私は昔から、日本のお葬式で

ご家族が大変な中、

 

 

参列者へのお返しを準備したり、

食事を用意したりすることに、

 

 

少し不思議な気持ちを
持っていた。

 

 

もちろん、そこには
日本ならではの思いやりや礼儀が
あるんだと思う。

 

 

でも私は、

悲しみの真ん中にいる人が、

 

 

さらに人を
もてなさなければいけないのは、

大変だろうなと思っていた。

 

 

実際に日本の家族が

そうするのをずっと見てきた。

 

 

だから、アメリカの

「みんなで持ち寄って支える」

という考え方には、

 

 

どこか共感する部分がある。

 

 

実はアメリカには、

Meal Train(ミールトレイン)

という文化があるんだよね。

 

 

病気や出産、家族の介護や
不幸があった時などに、

 

 

友人や家族、職場の人たちが

順番に食事を届ける仕組み。

 

 

今では専用サイトもあって、

「私は火曜日担当」

「私は木曜日担当」

みたいに、

 

 

みんなで
スケジュールを組みながら、

その家族を支える。

 

 

だから、大変な時に
料理をする心配をせず、

 

 

回復や家族との時間に
集中できる。

 

 

私はこの文化、

すごく素敵だなと思っている。

 

 

そしてこれはもちろん、

出来る人が出来る時にやればいい。

 

 

そこになんの強制もない。

 

 

今回、私が手術して入院した時も、

たくさんの人が声をかけてくれた。
 
 

「何か必要なものある?」

「できることがあったら言ってね。」

「何か持って行こうか?」

 

 

そんな言葉を
たくさんもらった。

 

 

今は、

Uber Eats、Door Dashもあるし、

オンライン注文もある。

 

 

正直、昔ほど食べ物に
困る時代ではない。

 

 

それでも、その言葉が
嬉しいんだよね。

 

 

ちなみに私が入院中は

トーマスがご飯を作ってくれた。

 

 

友達がうちに来てみんなでご飯を作り

一緒に食べたりしていたらしい。

 

 

ってか、私がいない間に

ちょっとしたティーンのパーティを

楽しんでいた感もあるけど(笑)

 

 

ジャネスも、

「あなたが私のそばに
いてくれたことを覚えてるから、

私もできることは何でもしたい。」

そう言ってくれた。

 

 

また、数少ない日本人の友人も、

「おかゆ食べたくないですか?

持って行きましょうか?」

と連絡をくれた。

 

 

そういう気持ちが、

本当に嬉しかった。

 

 

人って、

何かをしてもらったことよりも、

 

 

「助けたいと思ってくれたこと」

 

 

その気持ちを
覚えているんだと思う。

 

 

ジャネスは今、

二人の娘さんとは絶縁状態。

 

 

妹さんも
カリフォルニアに住んでいて、

近くには頼れる家族がいない。

 

 

だから実質、

ひとりで頑張っている。

 

 

だから私は、

もし彼女に何かあった時は、

絶対に助けようと思っている。

 

 

彼女の緊急連絡先には、
私の携帯番号が登録されている。

 

 

もし何かあった時は、

私が病院からの連絡を受け、

 


ジャネスとカリフォルニアに住む妹さんを
つなぐ役目になる。

 

 

それだけ彼女は
私を信頼してくれているし、

 

 

私もまた、
彼女のことを家族のように思っている。

 

 

血のつながりはなくても、

長い時間をかけて築いた信頼は、

 


時として家族と同じくらい
大きなものになるんだなと思う。

 

 

私は日本にいる両親のことを思うと、

心配になることもある。

 

 

遠く離れているからこそ、

できないこともある。

 

 

本当は、何かあった時に
すぐ駆けつけたいし、

そばにいてあげたいとも思う。

 

 

でも現実には、

それができないこともたくさんある。

 

 

だからこそ、

今の私にできること、

 

 

日本にいる家族には
してあげられないかもしれないことを、

 

 

今ここアメリカで、誰かのために
ひとつずつやっていきたい。

 

 

そうやって誰かを支えることが、

巡り巡って、

 

 

いつか私の大切な人たちを
温かく包み込んでくれたら嬉しいな。