18. 大丈夫、どうせ人生うまく行く~選択肢を失う時~ | 雨の日も風の日もそして晴れの日も! In アメリカ

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1998年、国際結婚を機に渡米。 アメリカの企業で企業管理者として勤続26年。本業と並行して、英会話コーチしています。バリキャリアラフィフ女の笑える日常生活をアメリカからお届けします!私の詳細についてはプロフから!

私の人生50年を振り返っています。

 

念願の元気な息子が生まれ、私は幸せに満ちていた。

 

もちろん旦那も幸せだったけど、この頃から彼は、やる気が出ない、などの症状が出始めた。

 

診断はうつ。

 

私の体は9か月かけて心も体も母親になる準備が出来たけど、彼の心はそんなに早く準備が出来なかったんだと思う。

 

これは私の中でそう思っているだけで、実際に何がトリガーになってうつになったのかはわからない。

 

でも、当時の私はそう思う事で、私なりに現実を受け入れる理由が欲しかった。

 

ある日の事、ドクターに行った彼は、「あなたは今自●願望がありますか?」と聞かれ、YESと答えた。

 

その後すぐ、救急車でERに搬送され、私の携帯に電話がなった。

 

その後落ち着いたようで、私がERに迎えに行くことですぐに退院となったけど、乳飲み子を抱え、寒空の中病院まで行き、支払い手続きをした日の事を私は今でも覚えている。

 

念願だった出産育児、10年も待ったのに、この人のせいで私の人生はとっても辛いものになった。

 

そう旦那を恨んでいた自分がいた。

 

私住む州では育児休暇は基本6週間。

 

6週間を終えた後、すぐに息子をデイケアに預け、私は仕事に復帰した。

 

私が働かないと収入が入らない。

 

マタニティーブルーなんてなっている余裕もなく、仕事に復帰し、一人で育児をし、家族を経済的に支えた。

 

時に人生は、選択肢がないことがある。

 

ただただ、目の前にある事を淡々とこなす。

 

息子の寝顔を見る事だけが私の生きる希望だったあの頃。

 

そんな時代があったから、私と息子の絆はとっても深い物となった。

 

今となっては、あの時の経験が私を精神的に強くしてくれた。

 

あまりにも辛くて当時の事はよく覚えていない。

 

過去に戻りたいとは思わないけど、もし戻れるとしたら、もう一度、違う精神状態で子育てを経験したいなと思う。

 

でも今となっては、全ての事に感謝しているし、その後、旦那が精神の健康を取り戻すことが出来たことも奇跡だと思っている。

 

つづく