それでもやっぱり現実は時に厳しい | 雨の日も風の日も IN アメリカ

雨の日も風の日も IN アメリカ

アメリカに来て早20年。 アメリカ人旦那との間に10歳のハーフの男の子がいます。 アメリカの中小企業で管理職をしているワーキングマザーです。 そんな私のごくふつ~の日常日記です。

今振り返ってみると、トーマスがまだ小さかった頃の私にはこんな思いが心の中にありました。

 

遠い日本に住む私の両親は、トーマスの学校行事、

 

その他のアクティビティーには参加することも不可能で、

 

せいぜい送ってもらった写真をみることしか出来ない。

 

それとは逆に毎回それに参加することが出来るローラ(義母)はラッキーであり、

 

逆に言えば私の両親にとっては不公平でもあり、それに対し、罪悪感を感じる私。

 

だったらいっそうの事、ローラも行事に誘わなければ公平なのではないか。

 

今思えばほんとバカげた考え方、 自分勝手で身勝手な考え方で、

 

実際にそんな事を思っているのは心の狭い私だけであり、

 

そもそも、そんな私の感情を優先したら、なんの関係もないトーマスが可哀そうだし、

 

私の両親はそんな風にネガティブには事を捉えていない。
 

もちろん、参加したい気持ちは大きいけど、だからと言って参加出来ない自分たちと、

 

それが出来るローラを比べて悲観するなんてことはこれっぽっちも考えない、

 

それが私が尊敬する両親です。

 

そして、そんな事云々より、トーマスにとっては学校行事に参加してくれる祖父母がいるって言うのは嬉しいわけで。

 

それでも私の中で、そういう行事に参加してくれたローラとトーマスの写真を両親に送るのはどこか気が引けるところがあるというか、

 

なにかしらの罪悪感を抱えていました。

 

でも、嬉しそうにフェイスブックに写真を載せるローラを見ると、私も嬉しくなります。

 

ローラのフェイスブックより

 

 

私の罪悪感から、そういう写真はなるべく両親には送らないようにしているのですが、

 

偶然にも送った写真の中に学校行事のGrandparents dayの写真も入ってしまいました。

 

 

でもそれを見た両親は、

 

「よかったね~。私たちは行ってあげられないけど、アメリカのおばあちゃんとおじいちゃんが行ってくれてよかった。」

 

と言ってくれました。

 

アメリカの小学校にはこうした学校行事があり、

 

父の日や母の日に一緒に朝食を食べたりとかもあります。

 

お子さんたちの中には、事情によって父兄が参加出来ない、と言う場合もあると思います。

 

そう思ったら、いつもそういうイベントに私たちが参加することが出来るトーマスはラッキーであり、

 

そしてそれに参加できる私達もラッキーである。

 

それでもやっぱり心のどこかで、少しの罪悪感を感じる私がいるわけで。

 

今の時代、スカイプもフェイスタイムもあるから、

 

遠くに離れて暮らしていてもコミュニケーションは取れるよ、と言ってくださる方もいますが、

 

それでもやっぱり現実は時に厳しい。