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尚、20歳以下の未成年やこういった話が不快に感じられる方はご遠慮いただきますようよろしくお願いします。<前夜> はじめての方はこちらからどうぞ <一夜目 あらすじ>
<二夜目 あらすじ>私は、薄暗く水道の水滴がポツンポツンと奏でる台所にいた。
砂糖に入っていない冷めたコーヒーを、口に含むたび先ほどのことをかみ締めていた。
苦味が口の中に広がり、後味の悪さを感じた。
「あれでよかったんかな?」
「あのまま、受け入れていたら、ミホは幸せになれたかも・・」
テーブルに両肘をたて、組んだ両手を見つめていました。
しばらくすると、背後に気配がして
背中をポンと叩かれた。
振り向くと源爺が立っていました。
「ごくろうさん、ミホさんは帰ったんか?」
「そんな暗いとこで、コーヒーを飲んでもうまないやろ」
「あっ、源爺。帰りました」
蛍光灯の明かりが青く、部屋全体を照らしました。
源爺に一部始終を話したあと、
私は言いました。
「これで、よかったんやろか?」
源爺は、への字口をして言う。
「わかるわけないやん」
「へっ?」
「そんなもん、誰にもわからんことや」
「はあ」
「ナルさん、あんたが決めて、ええとおもったんやから、それでええ」
「こういうもんはな、答えはない」
「あえて、むずかしい案件をまかしたんも、壁にぶつかって考えさせるためや」
「・・・・・」
「粋な捨て台詞言わすなんて、やるなぁ。ナルさんよー。あははは」
「捨て台詞なんて、罵倒されただけですよ」
「ホンマにそう思ってるんやったら、女心をもっと勉強せなあかんな」
「女心ねー」
私は、何度も鼻をつまんで口をへの字にした。
「もう、美鈴ちゃんの仕上げも終わったころやな」
「ナルさん、広間へ行くで」
「はい」
源爺のあとについて、広間へ向かいました。
広間で唯一の装飾である、墨一筆書きの丸を書いた掛け軸の前に立つ。
「ナルさん、この掛け軸には何が書いてある?」
「はい、一筆書きで丸です」
「そう、どうみても丸や。やが、ただの丸やない。人が作る丸なんや」
「相手を想って、手をつなぎ、またその人も手をつなぐ。
なんかの歌みたいやが、ハンド イン ハンドや。
全部つながるとまんまる。みーんな丸くおさまるって寸法や」
「あーなるほど」
「ミホちゃんも、アンタの気持ちを踏んで離れてくれたんや」
「気持ちを切り替えやすいように、罵倒してな」
「泣きつかれるより、嫌われたほうがええやろが?」
「あっ、ボクがそうしたつもりが、逆にされてたわけか・・・」
その時の私は、掛け軸の丸がミホの胸の先の敏感な塊に見えた。
「あーはーぁ。源ちゃん。なんとか終わったで」
美鈴さんが、拷問部屋から出てきました。
「これで、お客さんは終わりやな」
「えっ? まだ、時間も早いしまだお客くるんとちゃうんですか?」
「まあな、今晩はナルさんが最後の夜やし、餞別がわりにある人達を呼んでるんや」
「ある人達? 誰ですか?」
「ええがな、来た時のお楽しみや。9時すぎには来はるやろ」
拷問部屋の開いた戸から見える、柱時計は8時12分をさしていました。
毛布の小山がひとつあった。
拷問部屋の客を帰したあと、
源爺と美鈴さんは私を台所に残したまま
おたのしみ会を待つ子供のように、
ふたりは向かいあいながら
小声で「ひさびさに、楽しみやな」「うん、うん」
いそいそと奥の間へ向かっていきました。
ガラガラガラ。
「ごめんください」
玄関から声がしました。
私が出迎えると、そこには男と女が立っていた。
男は、きっちりと7:3に分けた髪に太い黒ぶち眼鏡。
薄い唇にこけた頬をしていました。
全身、黒のスーツ。シャツもネクタイも黒。
コートだけが真っ白でした。
女は、素材はわからないが、
フワフアした白い生地のワンピース。
くびれを強調している。
髪は栗毛で内巻き、
透き通るような白い肌、濡れた大きい目をしています。
こちらは、黒い鳥の羽をいくつも重ねたようなマフラーを首にかけていました。
「源さんに、青と月が来たとお伝えいただけませんか?」
と男が言いました。
三夜目 その九 ブルームーン へつづく。
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