ひとつ前のかどはさよならサヨナラ -5ページ目


通るぞ!

通るぞ!


後方からガラガラ声が近づいてきた


人並みをどかすかのように初老の男が
男の子の手を引き
歩いていた

男の子は
魚を見ることもなく、下を向いている

僕はなんとも
形容しがたい気持ちを抱く


胸に走る
この一抹の思いは何なのだろう…

でも
それが

寂しさ


呼ばれる種類の感情にとてもよく似ていると
思ったんだ


子供なのか
孫なのか
僕には知る由もないけど

ただ
初老の男も
手を引かれている男の子も

タイヘン

だなぁ…
って感じたんだ

その瞬間
しみじみとしてしまったせいだろうか
涙がこぼれた

ボロボロとかでなく
一雫といった方が正確なくらい
わずかな涙だったと思う


人生と呼ぶ
景色には

山があったり谷があったり
棘の原があったりするもので

いつもタイヘンなのかも知れない

ただタイヘンが避けられないものであるならば

せめて

寂しく

は、ない人生を送りたいと僕は
切に、自分に言い
水族館を出たんだ


ラストに続く→

間接照明の中で
空を飛ぶ様に泳ぐ魚群を僕は眺める

どこか出口を探すかのように
飛ぶ魚達

でも、水族館の魚には
空も出口もないんだ

そんなつまらない事を感じながら
僕は
無邪気にはしゃぐ子供達に当たらない様にゆっくりと歩く


自分の気持ちはどこにあるのか?

悩みだった


大切な事をいい加減にしているうちに
自分でも知らない自分を作ってしまいそうだ


いつか遠い日にしっかり感じた事なのに
流されて来た

人の気持ちや
表情には敏感なのに

僕は自分の気持ちがわからない

自分がこれから
どうしたいのかすら、わからない

自分でも不思議なくらい、煮詰まっていた
そんな時期だった


水空のトンネルを抜けると魚群は
またも
僕の横を通り過ぎる
スピードは速い

泳ぐのをやめてしまえば、死んでしまう

回遊魚達の話を耳にした事がある

止まりたかった

もっと告白じみた事をいうのら
自分の未来が不安だったんだ


急に視界がパッと明るくなった
空が高い

中庭の様な空間は
そこだけ、天井がなく
青い空が広がっている


あぁ…
空は高いな


静かに感じたんだ


続く→

そんな昔の事を思い出したのは

新緑の中のオープンカフェで妹の婿
僕にとっては義弟と話していた時の事だった


ちなみに在日韓国人である義弟は、五年間に及ぶ韓国留学経験者でもあった

初夏を薫りさせる季節
僕が一番好きな季節かもしれない


いい季節だなぁ

何気なく僕はいうと、義弟はポツリと答えた


うん、いい季節だけど…オレこの位の時期になると辛くなる時があるよ

どうして?

僕が訊くと理由を話してくれたけど
義弟のその話は少なくとも僕にとっては
とても共感出来るものだった


どういう立場で

どこの国…

どこの場所に暮らす場合でも
【自分でも知らない自分】
を作ってしまう事もある

そんな気がするんだ
なんて話から始まった

それでも無理に
【暮らし】
を営めば、

閉塞感

やるせなさ

どこにぶつけていいものか判らない怒り
様々なものが一緒くたになって襲ってくる
そんな時期があるんだという

臨界点とでも呼びたくなるような
そんな時期は
そこに暮らしている限り、定期的に訪れるものなのかもしれない


もうダメだ!
ここにはいられない!

と心の中で叫びたくなるような時期


もちろん、臨界点を克服して
そこに住み続ける人もたくさん存在するけど

異邦人…
敢えて乱暴な言い方をすれば
【ガイジン】
としての
臨界点のしんどさは
彼を見て来て、とても伝わるに難しい事はなかった



それまで手にしていた何か大切なものを
スルリとか失ってしまった
そんな後や

また自分の気持ちや在り方が、突然
その場所や風景、状況
とうまく噛み合わず

しんどさが襲ってくる
そんな瞬間にも
似ているのかも知れない

そんな
しんどい記憶が
季節とセットになって蘇り泣きたい気持ちになってしまう
そんな現象も
これもまた僕にとって判りやすいものだった


あぁ…すごく判るよ

僕がアイスミルクを口にしながら静かに答えると
すると

義弟は
笑いながら言ったんだ

うん、
お義兄さん

水族館で
涙が出た、って話してたもね


言われて

あぁ…
そうだ、そんな事もあったなぁ

なんて思い出す


続く→