ひとつ前のかどはさよならサヨナラ -6ページ目

僕の誕生日は
戸籍上
昭和52年4月25日

けれど、本当に生まれたのは
それよりもひと月以上前の
3月5日だったんだ

僕が生まれた時
父は近くにいなかった
家に帰る事も少なく

仕事ばかりの父だった

せめて出生届くらいは父に出してもらおう
なんて
母さんの親心で
母さんは父に出生届を託した

でも
仕事が頭から離れない父は
それを出し忘れ
そのまま、ひと月経ってしまったらしんだ

僕の父は
つまるところ
そんな感じの人だった


誕生日が違う

それを知ったのは
小学五年の夏だった

小学校三年生の頃から
【寮生活】だった僕が、夏休みに実家で帰った時に聞かされた

親や親戚にとっての笑い話のひとつだった

けれど
僕にとって
それはとても大きな事として心に残った


生年月日の誤差はたったひと月

けれど
4月1日が
間に挟まって学年で言うと一年違う事になる…


それからは、
学校で先生に誉められても
ちっとも嬉しくなくなった

みんなよりも
ちょっと速く走れても
ちょっと巧く絵が描けても

嬉しくなくった

本当なら
一学年上に居るはずなのだから…

僕は嬉しいどころか
逆に
恥ずかしい気持ちになった

不正な利益を得ているような
そんな、後ろめたい気持ちばかりだった

ぼんやり、外や空ばかり眺める
そんな生活になっていった

続く→
居場所と畏怖

笑いや嬉しさを考える時に僕の頭浮かぶキーワード

人の居場所
なんて探せば見つかるものでなく
ぬくぬくと暖かい理想郷のような
居場所は
誰か別の人がお膳立てしてくれるものでもない
そんな気がするんだ



もちろん、奪いとるものでもないと思うんだ


その理想郷のような安心感を切望する

うん、
誰がいてもいい


そんな雰囲気に
僕は説明しがたい安堵を感じる

ただ、自分が描く安心感を切望するあまり
苛立ちや
恐怖

そして
畏怖を持ってしまうのは
とても怖い事だとも思うんだ

悪者はなぜ笑うのか

笑いを【与えられて】きたのに
今は何かが違う…
心から笑えないんだ

どうして…

暗中模索の中
理想郷へ願いと畏怖を感じ

飛び込める場所がなかなか見つからない
笑いなのかもしれない

もっと言えば
夜々に鳴く犬の遠吠えに似ている

時よ止まれ

なんて言っているようで僕はとても物悲しい

そんな事を考えながら
僕が差しのべている手がどちらの方向を向いているかを考える時

ふと
ついこの間見た
甥と姪の、好きな人の笑顔が思い浮かぶ


あれはきっと
どんなに偉大な表現者が持っている限りの力を持って表現しても
おそらく
辿り着けないであろう何かではあった

僕は随分長い事
笑顔は無敵だと思ってきた

それを強く主張するつもりはない
笑顔をつくるだけで
クレンザーみたいに汚れが落ちるはずと考えてるわけでもない

けれど
少なくとも

笑顔は何がしかの力を持っている

だから
僕は
僕の思いの先には誰かの笑顔が待ってくれているはずだと思いたい

そういう風に信じていたい

甥、姪は
小憎たらしいの真っ只中に突入した
あまりの憎たらしさに
誰にオムツ替えてもらったんだぁ

なんて叫びたくなる

でも
姪や甥が無邪気に笑っていると(笑っている時な限り)
こいつらの為になら
何でも出来る
なんて気持ちになる事がある

けれど
その1秒後に聞く事になる可能性のある
最近おぼえ始めた
小生意気な一言に備えて
なるべく
そんな事は思わない、言わない様にしているけど…
僕が甥の問いに頭を悩ませていると
後から

僕の母(甥姪とっては祖母)が現れた

母は
満面の笑みで甥と姪の名を呼ぶ

甥と姪は
母に飛びつく
勢いが強くて、母は2人を抱いたまま笑いながらひっくり返った


よく来たねぇ~
ばぁばぁ嬉しいよ~

母はそう言い、2人の頭を撫でる


嬉しくて泣く?


甥は母に訊く


母は少し驚いた顔をした後、やはり笑いながら答えたんだ

うん、ばぁばぁ嬉しくて泣いちゃうよ~

姪は
やだぁ~泣かないで~

と、ぐずりしがみつく
母はまた少し困って

え~じゃあ泣かないよ~

なんて答える

どっちぃ~

母は
どうしてこんな目にあわなきゃいけないの~

なんて言いながら
色々な意味で泣きそうだった

そんな光景を眺め僕が笑い始めた


笑いあいなさい

と言ってる奴と、モラルを作っている奴は
同一人物なのかもしれない

そんな事を感じる中で
ホンの一瞬だけど
僕は
自分の居るトコロ、自分のしている事
その他モロモロの事がわからなくなり
うろたえる


母は甥、姪に
泣いても笑ってもいいのよ


飛び込んでおいで


そういい
2人を抱きしめた


続く→