ひとつ前のかどはさよならサヨナラ -16ページ目
みぞれみたいな雨は
ほとんど音を立てないまま降り続いている


すでに深夜0時を回っていた

普段は腐るほどいる
空車も通らず
僕はしばらく歩いた

ようやくタクシーを捕まえ、行き先を告げると無言で窓の外を流れ行く景色を見ていた


1時に近いのに
灯りは結構たくさんあるな…
頭の中でぼんやり思う

ガソリンスタンドの宇宙基地を連想させるような
集中的な黄色い光

見知らぬ部屋の蛍光灯の光

そう言えば幼い頃
僕は蛍光灯の灯りが嫌いだった


たったひとつの蛍光灯が
ポツンと点いているだけの部屋にいると
泣き出してしまいそうなほど怖かった


蛍光灯の光には
人を取り残されたような気持ちにさせる何かがあるのかな、なんて思う


灯りをみながら
色々な奴がいるのだと
当たり前の事を思った

両脇にある黒い塊のような闇の中にともされた灯りの数だけ

誰かがいる

それは闇を浸食する細菌のようにも見えた


これから遊びに出るんですか?


タクシー運転手が口を開いた

はじめは無視しようかと思ったけど

まぁ…そんなとこ

とだけ答えた

知らず知らずのうちに
バックミラーから目を外していた

家で鏡で自分の姿を見て後悔にも似た感情を
思い出すのがいやだった

僕は運転手の事を何も知らないし
運転手も僕の事を
何も知らない

見ず知らずの他人同士が、
いくばくかの時間を一台の車の中で過ごす
そうして、時には
どちらかの冗談に笑ってみせたりするんだ

運転手に対しては
どんな嘘でも可能だ

その反対に
誰にも話した事のないような
本音を言うことも可能な気がする…


イイですねぇ



うらやましいですよ
ほんとに


タクシー運転手は少しナマりを感じさせる
口調で言った


うらやましいって?


僕は、酷く微妙な苛立ちを抱きながら訊き返した

羨ましいなどと
言われたくないという気持ちがあった


だって、ね…

ウィンカーを跳ね上げながら
運転手は一旦、言いよどみ

それからまた
口振りだけは、明るく言った

楽しい事なんか、
何もねぇもの



ドキリとした


続く→


ヒドい顔してる?私


彼女は額を指で支えながらカップの見ているのか、いないのか

遠い目をする


僕はどう答えたものか
しばらく迷ったけど
仕方ないので

あぁ…

と、だけ返事した


ヤッパリね、なんて顔をして彼女は顔を上げると
結構真面目な表情で、誰に言ってるのでもない口調で言ったんだ


あたし、来週からフィットネスに通おう!


突然の言葉に僕は、毒気を抜かれたように黙ってしまったが
彼女はお構いなしに続けた


フィットネス行って
バンバン泳いだりなんかもしちゃって
ガンガン健康になって
それでもって
その勢いで洗濯機も買おう!


うん


僕は呟く様に返事する


窓の外がフッと暗くなった


彼女と僕が思わず同時に外に目をやると

まるでそれを待っていたみたいに水滴がガラスを叩き始めた


僕は午前中に見たテレビの天気予報を思い出す


そういえば、降るって言ってたな…
そんな風に外に向かって僕は言う


天気予報?

彼女も窓に目を向けたまま聞き返す


うん

と、また僕がそれに返す

すると、彼女はくるりと振り返ってにっこり笑い
少女みたいに言ったんだ

それからテレビも買わなくちゃ
天気予報見るために


明日にでも
今日は、コインランドリーバックの役目を果たした黒いバックは

またメイク道具でいっぱいになるんだろうと

僕は思った


誰にとっても
決して取り戻せないものがあるね
かつては確実に自分のモノであったけど

今では失われてしまった何か


それを失ってしまった代わりに何かを得ているんだ
と信じたいのは
山々だけど

実際はどうなのかな


それは失ったのか
むしろ、あえてサヨナラを選んでいるのか

月日が経つのは
普段なんとなく考えているよりも

ずっと
ずっと…

早いし

その流れの中で失われて行くもの
消えてしまうものは
いつの間にか忘れ去られていく

そういう風にして人は
これまで長いこと暮らしてきたのだろうと思うし
忘却という優しい機能がなければ
人が生きて行くのは

酷く難しくなる気がするよ

けれど
それでも

人は
我慢して、努力して
唇に血をにじませながら

【忘れない】

ようにしなければならない出来事に、時々ぶち当たる

色々な【別れ】を経験したけど
すべてキレイな
【サヨナラ】だった

と、言うような事を口にする人を僕は信用しない

血膿にしたたるような思いをどこかに包み隠しながら

それでも平穏に生きようと、つとめている人を


僕は、好きなんだ


ダリアの花言葉は


不安定、気紛れ…
そして

感謝

と…


華麗、だ

KREVA - スタート

洗濯機、ある…?

携帯に出た瞬間、唐突にそう言われた


とっさの事で
その女友達の言葉が何を意味しているのか判らなかった


あるけど、何…?

僕は聞き返す

貸してよ

笑いながら、どうしたんだよ急に
と言いかけた所で思い出した

彼女が今、家を出ていることを…。


僕は地上げを主に活動している事務所で
世話になってる時で
頭はパンチパーマー、絶望的なセンスの服装でいた

僕を見て彼女は

もっと、どうにかならないの

なんてよく笑われた

彼女は当時、メイクアップアーティストの卵だった


彼女は
その日の午後にやって来た
見覚えのある鞄をパンパンに膨らまして担いで来た

バッグの洗濯物を
洗濯機に放り込んでいる後ろ姿を見て
痩せたな…って思った


ちゃんと食べてるのか?

熱い紅茶に
ミルクと砂糖を用意しながら訊くと

彼女は面倒そうに首を傾けた
それは
肯定でも否定でもなかった


黒いバックがまた視界に入る

いつも
綺麗に魅せるためのありとあらゆる道具を詰め込んでいたバックが
今日は洗濯物かと直視出来なかった


仕事なんか、やってらんないわよ

そう言われてしまっては僕はもう何も言えず
ただ、
楽しかった思い出を
頭に浮かべていた

彼女が家を飛び出したのは
一緒に住んでいた男に他に女がいるのがわかったからだった


とりあえず
落ち着くために部屋を借りたけど
ひどい気持ちで部屋を転がり出てきた彼女に余裕なんてひとかけらもあるわけはなく
その部屋には
洗濯機はなかった


やんなっちゃったんだ
急に…


彼女はぼんやりとりあえずしゃべり始めた


え…?


僕は慌てて思考を【今】に引き戻し
彼女の表情を見る


遠いわけよ、これがまたさ


何の事かわからず
僕は素直に聞き返す

何がさ…?。


コインランドリー。

紅茶にたっぷり砂糖を入れながら
彼女は答える


あぁ…
僕のカップの紅茶は僕の心と声を表すように
不安定に揺れる


別に人に自慢出来るような人生は送ってないけどさ
誰が使ったか判ンない様な洗濯機に自分の下着放り込んでたらさ

なんていうか
あぁ…あたし何やってんだろって気になってきちゃって





僕は黙って聞いているしかなった


彼女は続ける

そしたら急に
すごーくやんなっちゃって
入れたばかりの洗濯物全部バックに戻して
コインランドリー出ちゃった…


うん…

僕は相変わらず、揺れる紅茶を
口にした


続く→