バタフライ・ランプ -㊤- | ひとつ前のかどはさよならサヨナラ
みぞれみたいな雨は
ほとんど音を立てないまま降り続いている


すでに深夜0時を回っていた

普段は腐るほどいる
空車も通らず
僕はしばらく歩いた

ようやくタクシーを捕まえ、行き先を告げると無言で窓の外を流れ行く景色を見ていた


1時に近いのに
灯りは結構たくさんあるな…
頭の中でぼんやり思う

ガソリンスタンドの宇宙基地を連想させるような
集中的な黄色い光

見知らぬ部屋の蛍光灯の光

そう言えば幼い頃
僕は蛍光灯の灯りが嫌いだった


たったひとつの蛍光灯が
ポツンと点いているだけの部屋にいると
泣き出してしまいそうなほど怖かった


蛍光灯の光には
人を取り残されたような気持ちにさせる何かがあるのかな、なんて思う


灯りをみながら
色々な奴がいるのだと
当たり前の事を思った

両脇にある黒い塊のような闇の中にともされた灯りの数だけ

誰かがいる

それは闇を浸食する細菌のようにも見えた


これから遊びに出るんですか?


タクシー運転手が口を開いた

はじめは無視しようかと思ったけど

まぁ…そんなとこ

とだけ答えた

知らず知らずのうちに
バックミラーから目を外していた

家で鏡で自分の姿を見て後悔にも似た感情を
思い出すのがいやだった

僕は運転手の事を何も知らないし
運転手も僕の事を
何も知らない

見ず知らずの他人同士が、
いくばくかの時間を一台の車の中で過ごす
そうして、時には
どちらかの冗談に笑ってみせたりするんだ

運転手に対しては
どんな嘘でも可能だ

その反対に
誰にも話した事のないような
本音を言うことも可能な気がする…


イイですねぇ



うらやましいですよ
ほんとに


タクシー運転手は少しナマりを感じさせる
口調で言った


うらやましいって?


僕は、酷く微妙な苛立ちを抱きながら訊き返した

羨ましいなどと
言われたくないという気持ちがあった


だって、ね…

ウィンカーを跳ね上げながら
運転手は一旦、言いよどみ

それからまた
口振りだけは、明るく言った

楽しい事なんか、
何もねぇもの



ドキリとした


続く→