最後まで年齢は訊かなかったけど
運転手は50歳前後に見えた
東北の生まれ故郷の町で、長距離トラックの運転手をしていたと話す
家族。。。
奥さんと子供は今でもその町に住んでいる
長距離はさすがに身体が辛くなって、タクシーに職替えをしたんだと…
東京に来てまだ一年も経たない
単身赴任の運転手は
今は会社の寮に住んでいると…
そんでもさぁ。。。
寮に帰ったって何もねぇんだ
その短い台詞は僕に向けられて言ってるようには
聞こえなかった
寮に帰りたいと思った事など一度もない
帰って何もない誰もいない部屋にいるくらいなら
一晩中でも
こうして車を転がしていた方がまだましだと
運転手は言うんだ
かといって
休暇をもらって家族のいる町に戻るのも
さほど楽しみにはしていない
と、続けた
えっ!? そうなの?
僕は運転手の左後頭部を眺め、訊く
長いこと長距離トラックをしてきて
運転手はどうしても家をあけがちだった
2ヶ月
3ヶ月家にいないこともざらだったらしく
父親になりきれなった
と運転手は言った
だからさぁ
別に帰って来てとも言わねえし
帰ってみたとこで
なぁんか…よそよそしくてねぇ
自分のいるとこじゃないみたいで
味気なさは寮と似たり寄ったり
期待を抱いてしまう分
故郷の町の方が辛い
そんな口振りだった
運転手はどんな目で流れ行く
灯りを見ているのだろう…
そう思った
そして運転手は最後に呟いた
何のために働いてるんだかも、
もう判んねンなぁ…
楽しい事など何もないと言った運転手の言葉は
おそらく
ありったけの本音だったと僕は思った
タクシーを降りて
歩みを進めていくうちに頭の中で考えた
大切なのは
僕が誰かを知っているという事かも知れないと…
誰かが僕を知ってくれている事ではないかと
知るって
案外努力が必要だ
【判る】なんて尚更だ
偶然の繰り返しで
【判る】事なんて何ひとつ無いのかもしれない
ただお憶えていれば
大丈夫だと思った
触れた人やモノに対する関心
あった事
思った事
出会った人
ひとつひとつの風景
ひとつひとつの表情
お憶えていたいと思った
タクシーの窓から見えた灯りの数だけ
人は暮らしている
様々な灯りの下
色々な奴がいる
タクシーを降りた時
僕は妙にはっきり思い出していた
ひどく寂しい自分の姿を
運転手も
また
ひりつく様な寂しさを身体のどこかに抱えながら、
ハンドルを握るのかと
思った
相変わらず降る雨に
身を委ねた光は道行く車に跳ね上げられ舞う
僕はささずに手に持っていた傘を
勢いよく開き
空に紺色の大輪を咲かせた
今日のシルシをつけるように…