当ブログでは、90年代に活動していたV系同人サークルが出版した同人誌から、 創作小説を抜粋して掲載しています。
作品は女性向けであり、作中には男性同士の同性愛表現が含まれておりますので、 ご理解のない方、苦手な方は閲覧をご遠慮ください(直接的な性表現などはありませんが、作品の性質上、 義務教育課程中の方は閲覧をご遠慮ください)。
出版当時はモデルとなっている人物やバンド名をそのまま使用しておりましたが、 諸事情を考慮しまして、当ブログ内では独自の名称を使用いたします。
作品は全てフィクションであり、 実在の人物・バンド・団体などの関係各位とは一切関係ありません。
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R -89- (最終話)
線路沿いに時折見える木々の息吹。もうすぐこの街も春の色に包まれることだろう。
浮き足立つような華やぎが、車内にもあふれているというのに。真っ黒なスーツに身を包み、深くうなだれたままの男は、乗客の遠慮ない視線を一身に集めていた。
――もう覚えてねえかもしらねえけどさ、うちの元ギタリストがさ。
慟哭。
耳を占めるのは慟哭。
白くて冷たい、寂しくて哀しい、どこまでもどこまでも――
――あいつんち、父子家庭でさ。あいつが子供ん時から父親は働かないで酒ばっかり食らって。
酒乱だったんだな、呑んでは暴れて・・家ん中めちゃくちゃだったらしいよ、あいつも年中親父との喧嘩が絶えなかったらしくて。
ある日。いつもの諍いの最中、父親が振り上げた酒瓶を手に受けたレンは、ギタリストとしては致命的な怪我を負ってしまった。
バンドを辞め、学校を辞め、バイト先を転々とした後、彼は風俗店に勤めた。そしてその店で働いていた風俗嬢と出会い、同棲を始めたのだが、彼女はワケありな女だった。
彼女を風俗店で働かせていたチンピラの元夫が、彼女を連れ戻すためにレンの家に押しかけてきたのは数日前だった。そしてレンはその男に刺され、殺人事件の被害者として翌朝の新聞の紙面に載ったのである――・・・。
うららかな日差しが、柔らかく車内に満ちる。
頭を抱えこむ稜の手から、薄くて小さな三角形のものが滑り落ちていった。
都心からも最寄の駅からも大分離れた路地の先。
稜のような風体の人間が歩くには、いささか異色を放ちすぎるであろう、鄙びた街角を折れると、時に取り残されたような風景が飛び込んできた。長屋式の古い公営団地だ。
同じ建物が続く敷地内に足を踏み入れてすぐ、何人かが遠巻きに囲んでいる家が目に入った。
単なる野次馬なのか、弔問に来た風ではなく、彼らは物珍しげにその家の様子を窺っているようだった。
少し開いている引き戸の向こうに客の姿はなかった。奥に白と黒の鯨幕が見え、その前には黒いワンピースを着た女と小さな子供が並んで座っていた。
ぼんやりとその光景を見やっていた男に気づき、野次馬連中は慌てて道を開けた。
それでも稜はその場に立ち尽くしたままだったが、つと、中にいる女が玄関のほうを振り返った。
女は戸口まで出てくると、稜に向かって軽く会釈してきた。
さっと横に散れた野次馬たちからの視線の集中砲火を浴びながら、稜は重い足取りで玄関をくぐった。
粗末な祭壇だけの6畳間。あからさまなヒソヒソ話が戸外から聞こえる中、焼香をすませてから稜は初めて顔を上げた。
祭壇の真ん中に、あの涼しげな面持ちが飾られていた。
亡き人の写真に視線を向けたままの青年の横顔を、黒いワンピースの女は不思議そうに見やった。
ふと、稜は祭壇の横の棚に見慣れたCDがあることに気づいた。
それはAPTEMIΣがまだメジャーになる前、インディーズの最高峰だと各方面から称えられ、彼らを世に送り出すキッカケとなったアルバムだった。そしてそのCDのさらに横にはギターが・・・尖った美しい旋律を奏でていたあのギターが、弦が張りかけの状態のまま立てかけられていた。
女の視線に気づき、稜は膝の上で握った拳に力をこめた。喉が震えそうになるのを懸命にこらえ、彼は女のほうを向き、ゆっくりと頭を下げた。
彼女の隣にいるレンによく似た幼子の双眸に、稜はもはや堪えきれなかった。彼は必死で堰を保ち、やっとの思いで立ち上がった。
足早に辞していった稜の後姿を見やった女は、さっき客人が見ていた棚に視線を走らせはっとした。
女は慌てて部屋から飛び出し、稜を呼び止めようと手を挙げた。だが、その背に声をかけることは憚られ、彼女は黙って稜を見送った。
慟哭。
耳を占めるのは慟哭。
白く、ただ白く、何もかも覆いつくして。
早咲きの桜が、稜の頭上で蕾を開いている。
やがて花びらは雪のように、肩に舞い落ちてくるのだろう。
降りしきる花に埋もれて、何処に行くのだろう。
春浅き弥生を渡るには暖かすぎる風が、涙に濡れる頬を優しく撫でていく。
<R>完
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R -88-
「女連れかと思ったよ」
稜が驚いたのも無理はない、それは思いもよらない人物・・・Aquaのドラムス・ルイだった。
「ごめん紗那、先に上がってて」
ルイの揶揄に露骨にムッとした紗那を制し、稜は家の鍵を握らせた。
横目でルイを見ながら階段を上がる紗那を目送りしてから、稜はやれやれといった風情で肩をすくめ、ルイのほうに向き直った。
「久しぶりだね。
みんなは元気?」
優しく向けた視線は、呆れたような笑いで返された。
「相変わらずサエないメンツとヘボいスタジオでシケた音鳴らしてるよ」
鼻でせせら笑うかのような表情のルイに、稜は返答に窮した。
「今度、日武でやるんだって?」
「うん・・まあね」
「ロンの奴がうるさくてね。
あいつ、あんたの熱心なファンらしいから」
ルイはそこで両腕を組み、思案しているかのように口を尖らせた。
「ああ、ファンじゃなくて『DOLL』?」
特別な意味を持つ、彼らの間だけの呼称。それをルイの口から聞かされた稜は、はにかんだように鼻をこすった。
「すごいねえ」
旧知からの賞賛は耳にこそばゆかった。
「出世したもんだねえ」
だが、賞賛というわりに、階段の踊り場で紫煙をくゆらしながら会話を聞いている紗那の耳にも、夜陰に響く声音は抑揚に欠けていた。稜にも、ルイがわざわざ自分に会いに来た意図は読めなかった。
「じゃ、またね」
ルイは軽く手を挙げ、稜に背を向けた。
呆気に取られたような稜など気にも留めず、いったんは歩き出したルイだったが、
「そうそう」
彼はゆっくりと振り返った。
「もう覚えてねえかもしらねえけどさ」
稜を見据えたその目には、悲哀と一抹の非難がこもっているようだった。
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R -87-
青年館を制すものが次代を制す。
ブースト寸前の活きのいいバンドに、業界の視線も熱い。この歴史の瞬間に立ち会うファンたちも感慨ひとしおであろう。それらを背負ったからなのか、それとも――-・・・・稜の熱さ激しさはいつにも増して際立っていた。
赤く青く点滅する照明の下、揺れる腕、歌う少女たち。
恍惚、絶叫、号泣。
その刹那、稜はふと目をやった客席に、ほんの一瞬だけレンの姿を見た。
ライブは大成功のうちに幕を下ろした。MCの最中、稜がやたら落ち着きなく客席を眺めていたり、どこか上の空だったりしたことも、緊張のうちと俎上にも乗らなかった。
ライブ後。打ち上げ会場に移動するためのワゴン車が裏の搬入口に横付けされているというのに、稜だけがなかなか現れない。楽屋を覗いたのは紗那だった。
「リョウ?」
稜は呆けたようにソファに沈み込んでいた。
「行くぞ」
「ああ・・」
はっと我に返ったように慌てて立ち上がった稜の姿に、これはよほど気が抜けたのだろうと紗那は苦笑をもらした。
その後の快進撃は今更語ることもあるまい。APTEMIΣはメジャーデビューを果たし、ライブとアルバム制作に明け暮れた。
若者なら誰でも知っている音楽番組にまで出演できるようになり、彼らの活躍は業界でしばらく低迷していたロックバンドのブーム再燃にも繋がっていった。
多忙だった。年に何十もの街を巡り、何十と雑誌の取材を受け、何十以上もの曲を詞を唄を彼らは紡いだ。
青年館の日、客席を探すもレンの姿を見つけられず、角山町での光景もしばらくは澱のように脳裏にこびりついていた稜だったが、多忙さは彼からその痛手を少しずつ癒してくれていた。
月光が朧にかすむ三月の晩。
通りの向こうでタクシーから降りた二人組は、一目で酔っているのが分かるほどの千鳥足だった。
呑んでも呑み足りないという酒豪の男と付き合っては、大トラになるのもいたしかたないのだろう、稜は紗那と仲良く鼻歌を歌いながら、もつれ合うようにして自分の住まいへ向かっていた。
「お疲れさん」
稜に声をかけてきたのは、コーポの階段脇に佇んでいた大柄な男だった。
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