R -77-
年の瀬が迫る頃、DEADLINEのメンバーは、町田の老舗ライブハウスに集結していた。
この時点で、進学・就職などメンバーそれぞれの進路はほぼ決まっていたが、稜と同じ道を選択しようとする者はいなかった。春には地元から離れる者もおり、それはつまり、このメンツでのDEADLINEは遅かれ早かれ消失するということを示唆していた。
久しぶりのライブの打ち合わせだというのに、ユーヤがなかなか現れない。
ユーヤの遅刻は毎度のことだったが、それは彼が今まで気ままな学生生活・浪人生活に安穏と浸っていたことの現われとしか取れない。
稜の双眸は峻険に尖っていた。
その想いは多分、他のメンバーには計り知れないものだろう。稜はユーヤを待つことをやめ、肩を竦めてライブハウスのドアに手をかけた。
ドアを開けた途端、稜は数人の男たちと鉢合わせになった。
同じぐらいの年齢、似た様な恰好、彼らもきっとどこかのバンド関係者なのだろう。
稜を先頭にしたDEADLINEのメンバーも、向こうの集団も双方ともに譲り合う様子など毛頭なく、彼らはそれぞれ内と外から狭いドア内を無理矢理行き交おうとした。
「っ」
ひとりの少年と肩が触れたことで、稜はあからさまに舌打ちをした。
去り行く背を睨みつけていると、その後ろにいた少年が、稜に向かって軽く会釈をしてみせた。
まさか会釈をされるとは思ってもおらず、柔らかい童顔にも虚をつかれ、稜は一瞬立ち止まってしまった。
メンバーに促され階段を降りると、そこにはちょうどライブハウスのオーナーが立っていた。
今度のライブの対バンが、今すれ違っていった少年たちだと聞かされた稜は、胸の内に対抗心をみなぎらせた。
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R -76-
流れる。
秋の声を聞いてからというもの、DEADLINEの活動は休眠状態だった。
イベントやライブハウスに出演しなくなっただけではない、このところ練習らしい練習もほとんどしていない。
夏休みあたりまでは軽口でしか語られなかった話題が、金木犀の香りが零れ始めた頃からにわかに重みを持ち始めたのだ。各メンバーの進路問題である。
1年前、稜は悩み抜いた末に、ただの学生バンドではなく、プロになるために二足のわらじを棄てた。
若さゆえの熱情、無鉄砲さと世間知らずさがあったことは否めないが、彼は誰よりも早く立ち上がったのだ。一生の問題として自身の夢と向き合い、それを自分の力で叶えてみようと。
今でも、望んだ先に光明は見出していない。夢を掴むためにひたすら努力することを誓い、何かを得るために何かを切り捨てていく覚悟を持って臨んだものの、カタチのないものを形にし、無軌道のものをレールに乗せ、それを他者に認めてもらうことの難しさは、現実の刃に斬られて初めて実感するものだった。
何度挫けたことだろう。だが、稜は艱難辛苦に耐え続けた。彼にとって多分、その夢が自分の全てだったから。
しかしそれは、誰にでも持ちうるものではなかった。
金木犀の香りはあっという間に褪め、もはや路上には花弁の絨毯の痕跡もない。ビルの谷間では、プラタナスの葉が乾いた音を立てながら風に身を任せている。
ショーウィンドーに映る己の顔に、思わず拳を叩きつけたくなる。そんな衝動を何度も覚えながら、稜は苛々と時を過ごしていた。
冬に向かって移ろう季節は、未来を模索する時期と重なる。
案の定、初めて社会の端に触れた彼らは口々に言った。今まで自分がいた世界こそが夢の中だったと。
そうではないかもしれないと奥底で危惧しながらも、稜は自分とメンバーたちは同じ志、同じスタンスであることを信じていたかった。だが、いよいよ表面に染み出して来た現実は、稜と彼らの間にある温度差も決定的にしてしまった。
ここまでやってこられたのは、彼らにも文化祭のノリ以上のものがあったからだったろうが、それ以上先に進むためには、それ以上の強い想いが必要だったのだ。
次に踏むステップが何なのかを、早く示してさえくれれば。
それすら届いてこない膠着した現状の打開策は、稜が自ら動くことだけしかなかった。
目指す未来に偏頗の蔭が射そうとも、砂礫の山から抜け出して一粒のダイヤとなるまで・・
バイトの行き帰りに寄り道をして、あちらこちらのライブハウスや楽器店に足を運ぶのが、稜の新しい日課となった。
しかし。
冬の足音は確実に響いてくるのに、新たな出逢いはなかなか稜の元へ訪れてはくれなかった。
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R -75-
スローモーションのように右手が引いていく。
顎を上げ、わずかに目を閉じる。瞼を開けた稜は、静かに踵を返した。
力なく階を下った両足は、並木道を戻っていく。
やがて、小池駅前の商店街が近づいてきた。行くあてがあるのだとしたら、そこにもひとつ・・馴染みの角の店が見えてきた時、稜はわずかに表情を緩めた。
異変に気づいたのは、それから数秒後だった。鄙びた街並とのミスマッチがウリだったヨーロピアン調の出窓、そこにあるランプには明かりが灯っていない。カフェカーテンの白さも、レンガを這うアイビーの瑞々しさも変わらないのに、エリーゼのドアには『OPEN』の札はなかった。
代わりにあったのは、『閉店のお知らせ』と手書きで記された一枚の張り紙。
稜は肩を落とした。
夕闇ももう近い。住宅街の真ん中にある公園では、まだ大勢の子供たちが飛び回っている。だが、彼らはなぜか、ブランコのほうへは近づこうとしなかった。
ブランコは見慣れない珍客に占領されていた。そこまでいい年ではないが、公園にいる小学生から見れば十分大人に見える、しかも少し変な格好している男は、さっきからぼんやりとブランコに腰かけたまま、動こうとしない。
一点を見つめたままの稜の横顔に、黄昏間近の光が滴る。
自身の母校である小学校から目と鼻の先の、そして何より実家近くの公園、このブランコに乗るのは、いったい何年ぶりだったろう。座面は別に窮屈ではないが、この身体の大きさでは二人乗りはもう無理だろう。両足で踏ん張って、振り落とされないように必死で鎖を掴み、全力で漕いだブランコ。それはたしか、とても重い感触のはずだった。
止まっているとばかり思っていた自分以外の時計も、確実に時を刻んでいる・・・・
橙の色と雲の端の陰影が濃くなっていく。遠巻きに稜を観察しつつ遊んでいた子供たちも、ひとり、またひとりと家路につき始めた。
街が落日の茜に沈む頃、稜もゆっくりと立ち上がった。
久しぶりに実家に帰ろうと決心したのだった。
いつも通りに帰宅したのだろう、玄関には母の愛車が停まっている。
玄関のドアを開けるなり、稜は全身が味噌汁の香りで包まれたような気がした。
「ただいま」
キッチンから顔を覗かせた懐かしい相貌に、稜の頬は思わず綻んだ。
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