LUNATIC★BANQUET -3ページ目

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 「あーそうそう、言い忘れてたけどね、
 この人ウチのギタリストくん」


 ルイに紹介され、赤い髪の青年は稜に向かって軽く頭を下げてみせた。


 稜はそこで初めて、この場にAquaのメンバーが全員そろっていることを知った。だが、稜の知る限り、Aquaのギタリストはこの青年ではなかったはず・・・そう、ここにはいるべきはずの『彼』がいない。
 

 稜の頬に明らかな途惑いが浮かんだ。怪訝そうな表情のまま黙ってしまった稜を、ルイは窺うように見た。



 なんとなく座が白けたことを察したのだろう、直哉はいつも軽口で場をつなごうとした。


 「そういえば俺、この間渋谷の角山町で前のギタリストの彼見たよ」


 弾かれたように稜の顎が上がった。


 「角山町って、直哉さん、なんでそんなとこに行ってたんすかあ?」


 すかさずロンから悩ましげな視線を送られ、直哉は苦笑しながら彼の常套句で切り替えした。


 「いや、ちょっと野暮用で・・」


 「野暮用で角山っすかぁ?」


 嬉しそうにいそいそと身を乗り出したロンは、ルイに額を叩かれた。


 「いてっ!
 何するんすかっ」


 「声かけようと思ったんだけどさぁ、なんかかけづらいっつーか、
 どっかの店で働いてるっぽかったよ」


 ロンを押さえつけ、ルイは直哉に向かって必死で目配せをした。しかし直哉はそれに気づく様子もなく、


 「黒服着てたし」


 ガタン!

 ルイは思わず顔をしかめた。


 「稜?」


 突然、ものすごい勢いで立ち上がった稜の顔を、直哉は下から恐る恐る覗き込んだ。


 「ゴメン、ちょっと用事思い出しちゃって」


 「ちょ・・おい、稜!」


 稜は無言で直哉の体躯をまたぎ、そのまま通路から外のほうへ向かった。

 呆気にとられたまま、5人は稜が店の入り口から飛び出していくのを目送りした。


 椅子に埋もれるようにして座り込むと、ルイは腹の底から溜息をついた。


 「俺、なんかマズイ事言ったかな?」


 「・・・ああ、かなりね」


 訝しげに口を尖らせる直哉に、ルイはもう一度深く溜息を放った。





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 「遅くなってゴメンね」


 「まあ、いーから座れって」


 挨拶もそこそこに、稜は直哉に勧められるまま中央の席に腰を下ろした。

 直哉は早速店員を呼びとめ、ビールとつまみを注文している。
 熱気に満ちた店内のざわつきも雰囲気のひとつだ。稜はほっと息をつくと、向かい側に座っている面子を見渡した。


 「どもっ、おひさしぶりっす!」


 目が合うなりピョコンと頭を下げたのは、なんとロンだった。稜はその隣にいるルイに視線を移した。


 「いやね、コイツが捨てないでくれって泣いてすがるもんだからね」


 ルイは大袈裟に肩をすくめ、やれやれといった表情でロンのほうを見た。


 「ええっ?
 俺、泣いてすがってなんかいないっすよぉ?」


 「うるせぇっ、この出戻りが」

 ロンの横腹に愛の小突きがヒットする。稜は、変わらぬやり取りを微笑ましく見つめた。


 「ま、アレだね。
 ウチは所詮その程度のレベルってことで」


 稜の横にいた蘭丸の言葉に、ルイはしみじみとした様子で頷いた。


 「その程度って、どーゆーイミっすかっ?」


 飲めないのだから酔っ払ってはいないはずのロンが、蘭丸にカラミ返した。上下関係は相変わらずでも、ロンもそれなりに打たれ強くなっているのだろう。



 ジョッキが運ばれてくると、直哉は立ち上がった。


 「それじゃ、稜くんのメジャーデビューと、ロンくんの出戻りを祝って乾杯!」


 「ちょっと直哉さん、出戻りって酷くないっすか?」


 ひとりだけ不服そうに口を尖らせたロンは無視して、全員が互いにジョッキを交し合った。稜も次々とジョッキを重ねたが、最後に乾杯した男は彼の全く見知らぬ人物だった。



 「あ~あ。
 あの時に、嫌がおうでもキミをウチに引っ張りこんでたら、
 俺も明日のステージに立ってたかもしれないのに」


 一気にジョッキを煽ったルイがぼやき口調になると、ロンはますます口を尖らせた。


 「リーダー、それどーゆー意味っすかぁ?」


 「どーゆーイミって、そーゆーイミなんだよっ」


 サキイカを口の端に咥えたルイは、真正面にいる稜が自分の右側を凝視しているのに気づいた。




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 一夜にして塗りかわる歴史がある。


 才能、努力、情熱、尖ること、そして己を信じること。運命の女神は、厳しい試練と紆余曲折を乗り越えた彼らへ、今まさに微笑もうとしている。


 日本青年館というひとつの大いなる壁の前に、APTEMIΣは到達した。
 歴史の階を自ら刻もうとする彼らはその壁をよじ登るのではない、ぶっ壊すのだ。望むものは、空にあるあの月。





 その記念すべきライブ前日。リハーサルを終えた稜は新宿に向かった。
 

 雑多な界隈は、今が一番賑やかな時間帯だ。眩しいほどのネオンの下を、稜は指定された店へと歩いていく。
 どこにでもある居酒屋のチェーン店、たしかめるように看板をチラリと見上げてから、稜は暖簾をくぐった。


 「いらっしゃいませ!」


 威勢のよい店員の声に迎えられ、稜は店内を見回した。つと、一番奥の席から手が上がるのが見えた。


 「稜、こっちこっち」


 顔を覗かせたのは直哉だった。


 活動が本格化してからは会う機会も少なくなったが、直哉は今でもAPTEMIΣのライブに足を運んでいる。 そのAPTEMIΣがいよいよ日本青年館に挑むと知って、直哉は稜のために旧知の連中を集め、「打ち上げ前夜祭」という名の激励会を開いてくれたのだった。


 焼き物と煙草の煙が充満する男臭いエリアでは、黒いロングコートの背に長い髪を翻した痩身の稜は一見女性に見えたのかもしれない。ある意味[カタギ]ではない格好の青年は、酔客どもの好奇のまなざしと冷やかしの口笛を浴びながら、奥へと進んでいった。


 「主役の御出座しだね」


 こちらに背を向ける形で座っていたルイが、いつもの悠然とした表情で振り返った。


 



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