剣道を再開して7ヶ月経過する。
今日は1級審査に合格。
10月に初段審査を受ける。
中学時代は初段など想像もしなかった。
ふと過去の「自殺」を思い立った自分を振り返る。
1982年9月20日。私はいくつかの方法で自殺を図ったがどれも失敗し、
代わりに内蔵(腎臓)の疾患を患った(それだけで済んで幸運だったと思う)
ここにどんなことをしたかは真似するひとがいるのまずいので書かないが、
どうしてそんな心境になったのかを今更ながら疑問に思う。
自殺の動機というものだ。
たしかに、稽古は辛かった。
突きを意図的に仕掛けて、床に押し倒す先輩のシゴキは恐怖だった。
しかし、ほんとにそれが原因だろうか。
もっと深いところに理由があったのではないか。
このままでは先輩が悪者にされる。
そして当時の剣道のあり方を強く非難することになる。
今、稽古は楽ではない。
が、終わったあとは清々しいものである。
トラウマのかけらもない。
剣道の何が怖いのだ。
怖いのは自分の心ではなかったのか。
だれかに恨みがあって、それを自分に向けただけではないのか。
当時、確かに私は島国に来た内地からの転校生という存在で、
島では低い身分だった。
腕っぷしも弱く、攻撃性も弱い、極めて弱い。
剣道に属しているのはそのひ弱さをカバーする役目になった。
しかし、その支えの剣道すらもついていけなくなった。
このままでは自分は社会で落伍者となり、
生きていく価値がない。そう感じたのだ。
そう、、、自殺に追い込んだのは剣道ではない、先輩でもない、
自分自身への過剰に厳しい評価である。逃げ場を許さない自分自身が我が身を死へと追いやった。
この先、そういうことが起きるやもしれぬ。
自分自身の過失で大変なことになり、死んで償おうと思うことがあるかもしれない。
その時はこの自殺未遂の自分とまた対話をしよう。
本当にそれでいいのか、、と。

