#61 加害車両が任意保険に加入していなかったら | サラリーマン弁護士がたまに書くブログ

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2019年7月にうつ病を発症したことをきっかけにブログを始めたサラリーマン弁護士が、書きたいことをたまに書いています。

昨日のブログ(こちら)に引き続いて,交通事故の話です。

 

交通事故が起きると,車内にいた人が怪我する場合があります。

車同士の事故ではなく,歩行者との事故ならば,歩行者が怪我します。

 

交通事故で被害にあった方は,加害車両の運転手に対し,損害賠償を請求できます。
 

「損害」というのも,いろいろあります。

病院に入院した際の入院費だったり,通院した際の費用だったり,交通費(ガソリン代など),慰謝料,休業損害,後遺症が残った場合の後遺症慰謝料,後遺症逸失利益などです。

(↑の損害項目それぞれについては,ググってもらうと早いです。)

 

当たり前ですが,被害者は,これらの損害すべてを,加害車両の運転手に対して請求できます。(もちろん,後遺症と認められない場合であれば,後遺症慰謝料は発生しないのでこれを請求することはできませんし,その事故で認められる損害であれば,それを全部請求できるという話です。)

 

このとき,加害車両の運転手が,「対人無制限」の自動車保険に加入していた場合であれば,その運転手が加入している自動車保険の保険会社が,被った損害全てを,運転手に代わって支払ってくれます。

 

これが,自動車保険のうち,「任意保険」の役割です。

自賠責保険ではカバーできない部分についても,保険会社に代わりに支払ってもらうために,「任意保険」に加入し,日頃から保険料を払うわけです。

 

こうやって任意保険に加入しないと,自分の過失で交通事故を起こし,自賠責保険ではカバーできないほどの高額の損害賠償義務を負った場合,自分で支払わなきゃいけなくなります(もっというと,「対人無制限」ではなく「対人上限1億円」などの場合は,1億円を超えて損害賠償義務を負った場合,1億円を超える部分は,保険会社が払ってくれません。自分で払うことになります。)。

 

じゃあ,自賠責保険ってどこまでカバーしてくれるの?ということが気になりますよね。

 

ここでは全部網羅するのは難しいので,具体例をあげながら,部分的ではありますが,詳しく説明しますね。

 

まず,自賠責保険は,「対人」しか払ってくれません。つまり,自分の過失で交通事故を起こして「物的損害(物損)」が発生した場合は,その物損は,全額自分で負担することになります。

 

「物損」て車の修理代くらいでしょ?と思ったあなたは非常に考えが甘い!

 

例えば,コンビニの駐車場に駐車している際に,コンビニから出発しようとしてアクセルを踏んだら,「D」ではなく「R」に入っていて,思いっきり後ろにバックした結果,コンビニ店内に後ろ向きに突っ込み,それだけで済むならまだしも,パニックに陥って,さらにコンビニ店内を車で右往左往してしまったとしましょう。

 

こんな事故が起きたら,コンビニ店内はボロボロです。商品は全滅でしょう。

商品代金やガラスの修理費が必要になるばかりでなく,コンビニが営業できなかった期間の営業利益も損害として計上されます。

 

合計すると何百万にもなるでしょうが,これらの損害は,いずれも「物損」です。だから,自賠責保険では1円もカバーされません。この損害全額を返済できるまでずっと返し続けなければなりません。

 

世の中には「破産」という,負債をチャラにする制度がありますが,全ての負債がチャラになるわけではありません。↑のような事故で負った損害賠償の負債が,破産によってチャラになる可能性は低いでしょうね(「悪意の不法行為」と認められる可能性がある)。しかも,破産するとクレジットカードは7年間作れなくなります。住宅ローンも組めません。

 

物損がカバーされないという点で,自賠責保険は非常に不十分ということは伝わったと思いますが,とはいえ,「怪我」つまり「人的損害」はカバーされるんでしょ?と思った方も,なかなか考えが甘い!

 

自賠責保険でカバーされる範囲というのは,とってもせまいんです。

 

やっぱり,一番大きいのは,症状固定までの費用が120万円しかカバーされないということだと思います。

 

「症状固定」という難しい言葉が出ましたが,これは交通事故でとても大事な概念で,「これ以上治療を継続しても症状が回復する見込みがない状態」を指します。

 

交通事故で怪我したら,病院を受診して治療しますよね。その結果完治すれば,完治するまでに発生した治療費などが損害となりますが,完治せず,症状が残る場合があるわけです。とはいえ,最終的には,「もうこれ以上よくならない」という状態が来ます。この「もうこれ以上よくならない状態」が「症状固定」です。症状固定時に残った症状が「後遺症」となるわけです。

 

「症状固定」となった後に治療費がかかったとしても,もうこれ以上よくならない状態になっているわけですから,その治療費は「損害」になりません。症状の回復に影響を与えないからです。

 

しかし,「症状固定」までに生じた治療費,慰謝料,休業損害は,いずれも損害となります。

 

例えば,交通事故によって,入院1か月,通院6か月が必要となり(その後症状固定),入院している期間は欠勤を余儀なくされ,なおかつ通院期間中も,毎月10回通院し,通院日は欠勤を余儀なくされたとしましょう。そして,この被害者の方の月収が30万円だったとします。

 

この場合,入院1か月と通院6か月の治療費を合計するとかなりの金額になるのが想像できますよね。

それと,慰謝料も,入院1か月と通院6か月なら252万円です。

休業損害も,入院期間中の月収30万円全額と,通院期間中は出勤日の3分の1ほど欠勤したとすれば,月収の3分の1=10万円×6か月=60万円,合計90万円となります。

 

そうすると,この場合,症状固定までの損害として,342万円+治療費が発生するわけです。

にもかかわらず,自賠責保険でカバーされるのは120万円まで。

自賠責保険にしか加入していなかったら,120万円を差し引いた残り全額を負担しなければいけなくなります。

 

もっと正確に言うと,120万円というのは「上限」で,自賠責保険で認められる金額にも基準があります。基準に従って算定すると,120万円を下回ることもあります。そうすると,自賠責保険は,120万円すら払ってくれません。

 

「治療費は3割負担だからそんなに高くないでしょ?」というのも違います。社会保険で支払われた7割分についても,後日加害者に請求がきます。つまり,3割分については,被害者から請求され,7割分についても社会保険事務所から請求されますから,結局10割まるまる負担することになります。

 

そのため「+治療費」の部分も,とっっっっっても高額。

 

自賠責保険が120万円までしか払ってくれないというのは,ひじょーーーに心もとないことが理解できると思います。

 

これを被害者から見たらどうなるでしょうか。

 

見ず知らずの加害者の過失で交通事故に遭ってしまい,合計7か月の入通院を余儀なくされ,加害者が任意保険に加入していなかった結果,自賠責保険の基準額しかもらえない。

 

本当は,もっともらえるはずなのに,自賠責保険で算定した範囲でしかもらえない。

 

はらわたが煮えくり返るおもいでしょう。

 

結局,自賠責保険というのは,「建前上」自分の過失で起こした事故の損害を肩代わりしてくれますが,あくまで,払ってくれるのは,「上限120万円」のうち,基準に従って算定した範囲のみなんです。

 

この自賠責保険にすら加入していないというとんでもない運転手もいますが,この場合は,「政府保障事業」というものがあって,国がお金を払ってくれます。

 

しかし!

その支払基準は自賠責保険と同じです。だから,とても不十分。

 

それと,自賠責保険には加入している場合であれば,自賠責保険による支払いは,自賠責保険料の対価ですから,自賠責保険会社から加害者に対して,支払った保険金と同じ額を払えと言われることはありませんが,「政府保障事業」として支払われた金額は,保険料の対価ではないため,後日,国から請求が来ます。

 

つまり,被害者側から見れば,加害者が自賠責保険にしか加入していないのと,自賠責保険にすら加入していないのとでは,もらえる金額に差は出ないのですが,加害者側からすると,自賠責保険にすら加入していない場合は,自賠責保険に肩代わりしてもらうことすらできず,損害まるまる全部を支払うことになるというわけです。

 

このへんで解説は終わりにしたいと思いますが,この自賠責保険の不十分さを指摘すると,「対人対物無制限を法的に義務付けろ」という話が当然出てきます。

 

僕としても,政策論として,「対人対物無制限」を義務付けるというのは,充分ありうると思います。そうすれば,事故が起きた場合に,保障が足りなくて困るということはなくなるわけですから。

 

しかし,だとすれば,法律上義務づけられる保険料が,めちゃくちゃ跳ね上がってしまうわけで,そうすると困るのは自動車メーカーです。対人対物無制限の自動車保険の保険料を払うと思ってくれるような人しか自動車を買わなくなるわけですから,自動車の販売台数は減るでしょうね。

 

自動車メーカーから献金を受け取りまくっている政治家たちが,自動車が売れなくなるような政策を打ち出せるかどうかは微妙です。

 

反対に,「対人対物無制限」が法律上義務づけられたら,保険会社は儲かるでしょうね。だから,保険会社は,この政策を打ち出す政治家を応援するでしょう。

 

ただ,それだけでなく,対人対物無制限の保険加入を義務付けると困る人もいるんですよね。

例えば,運送会社とかでは,全ての車について対人対物無制限に加入すると,保険料はバカにならないわけです。めったに事故は起きないのにです。みんなプロの運転手で,事故が起きたら仕事ができなくなって非常に大変なことになるから,とても注意して運転していて,事故は起きにくいと思います。

 

だとすると,こういう会社では,経営判断として,日頃の保険料は支払わないことにして,いざ事故が起きたときは,全額を会社から持ち出しにするというのもありうるわけです。こういうことができる,財力たっぷりの大きな会社であれば,「お金がない」という保険無加入のリスクはなくなるわけですから。

 

こんな会社からすれば,「うちは事故が起きたときは十分にお金を払う準備があるのに,どうして保険会社ばかりを儲けさせなければならんのだ」と考えるわけで,その考えはもっともだと思います。

 

だから,僕としては,「対人対物を無制限にせよ」と諸手を挙げて賛成することはできなくて,仮にこれを導入したとしても,やっぱり保険料を払わないやつはいるわけで,そういった場合には,結局,保険無加入のリスクが顕在化してしまうので,「対人対物無制限」を導入することがどれくらい効果的なのかと疑問を抱いてしまいます。

 

「無保険車の交通事故の場合であっても,政府保障事業を対人対物無制限にせよ」という主張もありうるとは思いますが,どうして保険料すら払っていないようなやつの損害賠償義務を税金で賄わなきゃいけないのかという反論が出てくるわけで,確かに,被害者の方のお気持ちはわかるのですが,それを税金でどこまで賄うべきかという議論は別途必要で,「無保険でも国が払ってくれる」とも捉えることのできるような政策は,正直なところ得策ではないと思います。まじめに保険料払っている人がバカらしいですからね。

 

だとすると,現状のまま,不十分な自賠責保険だけが法律上要求される状態が続くような気がしますし,そのことを「交通事故被害者のことを考えておらず無責任だ!」と単純に糾弾することもできないと思います。

 

ちょっと,最後は自分の意見を述べてみました。

 

それではまた明日。

 

 

 

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古田博大(ふるたひろまさ)

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