このところの一連の記事で、1953年に出された第1号のLPから始まって80年代半ばのCDが主流となるまでの間に出されたマーラーの交響曲第7番のすべてのLPについて紹介させていただきました。


このブログではジャケットの写真を中心にして話を進めていますが、個々の詳細につきましては


クラシックジャーナル041

『マーラーを究める』に発表した

「マーラーについてあまり知られていないこと、いろいろ」の中の

「その四 交響曲第七番を『夜の歌』と呼ぶのは、ただの間違いです」

「その五 『夜の歌』と呼び始めたのは誰か」の部分をお読みいただければと思います。

クラシックジャーナル 41/著者不明
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ここでは2点ほどお願いしたいことを書かせていただきます。

何か情報、あるいは現物をお持ちの方は、ぜひともお教えください。


1.1973年にイタリアのJokerからSM1165というレコード番号で出された JOSEPH KREUTZER指揮/Royal Danish SOのLPというものについて。


LPの形で出たものとしてはこの演奏だけが今までに確認できていないものです。このレコードについては手元にある資料には、「Royal Danish SO の記録によると自分たちはこの曲を録音したことはない」といいう証言を1986年に得たとあります。



2.オットー・クレンペラー指揮/ニュー・フィルハーモニア盤のソヴィエト・メロディアからリリースされたC10 13737~40について。





 さて、交響曲第7番のLPにおける『夜の歌』という表記をめぐってレコードジャケットを挙げながらたどってきましたが、このことを通して明らかになったことをまとめてみましょう。


 最初に使ったのが誰かは特定できませんが、1950年代の初めのころに、おそらくはレコード産業に関係した人、あるいはそのごく近くにいた人(たぶんウラニア・レコードの関係者)が使ったものと考えられます。

 そして、欧米では60年代に出されたレコード・ジャケットの一部に使われました。ただし、ジャケットに書かれている場合、ライナー・ノートにはまず、「『夜の歌』などという正当性のない副題が時々使われているが、適切なものではない」という趣旨のことが出てきます。

 また、念のために書き添えておきますが、この時代まで存命であったマーラーと直接関わった人々、例えば、アルマ(64年没)、ヴァルター(62年没)、クレンペラー(73年没)などが書き残した少なからぬ数の文献には一度も「夜の歌」などという表記は出てきません。
 

 さらに書き添えますと、マーラー存命中に出た初版楽譜に始まり、今日の国際マーラー協会によるクリティカル・エディションまで、この曲のスコアに『夜の歌』という文字が印刷されたことは当然のことですが一度もありません。


 つまり、欧米では「夜の歌」という非正統的なタイトルは50年代から60年代にかけて一部の音楽産業関係者によって使われただけで70年前後にはほぼ姿を消したと考えられます。今日でもごく稀に使われているのを見かけることがあります。


 それに対して日本では60年代のどこかで使われだしてそれ以来完全に「正式な」タイトルであるかのようにレコード会社やその他の音楽関係者によって惰性で使われ続けてきました。そしてその状態が今日にまでそのまま延々と続いてきているのです。


 日本のクラシック音楽に関わる人たちの「商業主義」の現われの典型的なものと断言してもいいのではないでしょうか。それから、言葉の持っている力に対する軽視・無反省の現れということもそこにはあるように思います。


 このように正当性のないタイトルを売れ行きのためということで平気でつけてしまうことが日本のクラシック音楽界では当たり前になっています。これこそ故宮下誠先生が問題にされていた「クラシックの死」の一面ではないでしょうか。




昨日ご紹介したMurray Hillが出したマーラーの交響曲全集について一言二言補足させていただきます。


アレグロ・オルディナリオ~マーラー資料館とわたしの大切なこと

この中に収録されている第3番と第4番は、チェコ語による歌唱です。

レコードで市販されたものとしては、たぶん唯一のチェコ語歌唱になると思います。

また、第3番は第2楽章、第4楽章、第6楽章がレコードで出た演奏の中では最も速いテンポのものです。

第2楽章…7分33秒

第4楽章…7分50秒

第6楽章…17分45秒

第1楽章が異常に速いために最短の演奏時間になっているミトロプーロス/ニューヨーク・フィル盤に次ぐトータルで83分台という驚異的な演奏時間です。


実際の録音年代が特定できないのですが(60年代のいつか)、マーラーの演奏が今日ほどには一般的ではなかったころの実に興味深くいろいろなことを発見させてくれる貴重な記録ではないでしょうか。


いずれ、もう少し詳しく書きたいと思っています。


ちなみにこのLPですが、今でも時々中古レコード屋さんで見かけますので、よろしければ是非入手されてはいかがでしょうか。

70年代の初め(ピーター・フュロップによれば1971年の終わり頃)にアメリカのMurray Hillから、かなり怪しげな交響曲全集のセットが出されました。



アレグロ・オルディナリオ~マーラー資料館とわたしの大切なこと
米Murray Hill S 4565


この中に収められている交響曲第7番には演奏者の記載がありません。



アレグロ・オルディナリオ~マーラー資料館とわたしの大切なこと

ただ曲名がこのように書かれているだけです。


この全集は第1、5、8、9番だけは演奏者名が書かれているのですが、それ以外は明記されておらず"Other well known conductors"と書かれています。

おそらくVaclav Jiracek指揮/チェコ放送交響楽団の演奏であろうと言われています。

そのJiracek指揮のものは第6番と第7番が演奏者名を明記した形で1974年に出されています。


そのうちの第7番はこれです。


アレグロ・オルディナリオ~マーラー資料館とわたしの大切なこと

アレグロ・オルディナリオ~マーラー資料館とわたしの大切なこと
Olympic 8106~7(1974年7月リリース)


70年代の半ばごろには輸入盤のバーゲンなどでよく見かけたものです。その頃にはこの曲の録音は非常に少なかったので、その頃からマーラーを熱心に聴いている人にとっては、意外に馴染みのあるレコードではないでしょうか。


ショルティの録音以降、西側では70年代を通してまったくこの曲の新録音がありませんでした。

次の写真は1981年10月にアメリカで出たスプラフォン録音のノイマン指揮チェコ・フィル盤です。
アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど
米Pro Arte PAL 2003

同じものの日本盤が次のものです。


アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど
日本コロムビア OQ-7446~7-S

チェコ盤と同じくアメリカ盤も日本盤もSymphony No.7という表記だけです。


アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど


そして久々の西側での新録音、ジェームズ・レヴァイン指揮シカゴ交響楽団


アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど
米RCA ATC2-4245(1980年7月14,15日録音 1982年4月リリース)


アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど
すでにほとんど使われなくなっていた"Song of the Night"が括弧に入れられてついています。

このレコードのジャケットにはちょっと面白い工夫があります。


一番上のジャケットに窓が開いていて、中のマーラーが見えるようになっています。
アレグロ・オルディナリオ~マーラー資料館とわたしの大切なこと

アレグロ・オルディナリオ~マーラー資料館とわたしの大切なこと


なお、欧州で発売されたものは次のようなケースでした。


アレグロ・オルディナリオ~マーラー資料館とわたしの大切なこと
独RCA RL04245(1982年12月リリース)


アレグロ・オルディナリオ~マーラー資料館とわたしの大切なこと
アメリカ盤とは違ってシンプルにSymphony No.7 in E minorとだけ書いてあります。



80年代に入ると急に録音が増えていきます。

クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル。



アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど

独EMI C157 43008-9(1981年10月20~22日録音)


ハイティンクはこの時期に第7番だけを単独で再録音しています。


アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど
蘭Philips 410 398 (1982年12月6~13日録音、1984年1月リリース)


アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど

そしてマゼールが全集の一環として録音します。

これはヴィーン・フィルにとっては初めてのこの曲のセッション録音です。


アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど
米Columbia I2M 39860(1984年10月1~4日録音、1986年6月リリース)


アレグロ・オルディナリオ~マーラーを中心としたクラシック音楽のことなど

前回のドイツ・グラモフォンからのリリースも通して見ると曲名表記に「夜の歌」というものが使われていたのはレヴァイン盤だけ(しかも括弧付きという控え目な使い方)でした。

また、これらのレコードの解説の中には「夜の歌」という表現はまずほとんど出てこなくなっていました。

最初期のLPの解説で時に見かけられた「『夜の歌』という非公式な副題が・・・・・・」などという文言もまず見かけなくなっています。


ドイツ・グラモフォンの場合などは、特にアンリ=ルイ・ド・ラ・グランジュ、ドナルド・ミッチェル、コンスタンティン・フローロスといったような大御所が解説を書いている場合が多い(時に揃い踏み)ので、当然と言えば当然のことのように思いますが。