1997年9月5日、ゲオルク・ショルティは84歳で亡くなった。もっぱらLPレコードでヴァーグナーやマーラーに馴染むしか手立てのなかった世代の人間にとっては、この人の録音のお世話にならなかったという人はほとんどいないのではないか。今夜は何を聴こうか。ヴァーグナーか、マーラーか。


ショルティという人の演奏については、人によってかなり評価が分かれるようである。しかし、少なくともとも、二十世紀後半のヴァーグナーの演奏とヴァーグナーの受容の歴史を語る上では最も重要な存在であろう。と同時にマーラーの演奏史においても極めて重要な存在であること言うまでもない。

ヴァーグナーの録音では、あの、レコード史上の最大の金字塔の一つである《指環》の初の全曲盤は言うまでもないものだが、《オランダ人》以降《パルジファル》までの今日普通に上演される全ての全曲盤を、セッション録音で、一つのレーベルに録音した最初にして唯一の指揮者でもある。

《マイスタージンガー》には二種の素晴らしい録音がある。ともかく、二十世紀後半のヴァーグナーのレコードではショルティは他の人々とは質においても量においてもかけ離れて重要な人物であったと言わなければならない。そしてマーラー交響曲全集の最初期の完成者の一人でもあった。


この、ヴァーグナーの最初の網羅的な録音を成し遂げた指揮者が同時にマーラーの演奏史上でも最も重要な一人であったということ、そして、このショルティという人が、ユダヤ系の人であったということは、決して忘れられてはいけないことである。このことと関連して、最近読んだある本について語りたい。


その本はアルテスパブリッシングからしばらく前に出た、鈴木淳子著『ヴァーグナーと反ユダヤ主義 「未来の芸術作品」と19世紀後半のドイツ精神』というものである。ヴァーグナーやマーラーに惹かれる人間ならば無視できない非常に重要な問題を刺激的な形で提起していると思う。


つづく


ヴァーグナーと反ユダヤ主義 「未来の芸術作品」と19世紀後半のドイツ精神 (叢書ビブリオムジカ)/鈴木淳子
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ベーレンスの録音といえば、まず、1977年にザルツブルク音楽祭で一躍その名を知られることになったカラヤンの指揮による《サロメ》の、音楽祭の前後に行われたセッション録音である。ちなみにこの年のカラヤンのもう一つの目玉の曲はマーラーの第6交響曲だった。

ヒルデガルト・ベーレンスは、カラヤンにとっては初めての、そして唯一の《サロメ》に抜擢されたことで一気にメジャーになったのだったが、その後の最も重要なレパートリーはヴァーグナーであった。特にイゾルデとブリュンヒルデ。素晴らしい録音が遺されている。

ブリュンヒルデは、サヴァリッシュ指揮のバイエルン国立歌劇塲での公演の映像が歌唱、演技ともにとてもよく、ベーレンスの美しい姿が生かされているところも多いのだが、レーンホフの演出がかなり???なのが残念である。これは音声だけはCDでも出ている。1989年の収録。

時期的にはこのバイエルン国立歌劇場での公演に先立つ1987~89年に、DGがレヴァイン/メトで行った《指輪》のセッション録音が、ベーレンスのブリュンヒルデの最初の正規の録音であった。これは、直後にメトで収録されたものどは全く別の録音である。独自のよさがある。

ベーレンスのブリュンヒルデは、先に書いたように3つの正規録音を聴くことができる。どれも、「甘美で繊細なドラマティック・ソプラノ」といってもいい独特の稀有な歌唱を実現していると思う。

上記の3つの正規録音の他に、1983年のバイロイトでの録音が残されている。ここには、後の甘美さはあまりないけれども、初々しさがあって独特のよさがある。ショルティの唯一のバイロイトでの記録でもあるのだから、ぜひともどこかが正規のリリースをしてほしいものである。


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2009年8月、草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルのために来日していたヒルデガルト・ベーレンスは、体調を崩して東京都内の病院に入院していたが、18日、動脈瘤破裂のため亡くなった。その日から2年。今日は一日中彼女の歌を聴きたい。
8月4日、大宅さおり&大宅裕|ストラヴィンスキーピアノ連弾版による春の祭典/ペトルーシュカ。徹底的にピアニスティックであることによって逆にピアノが様々な楽器を彷彿させるという楽しく豊穣な演奏が聴けます。ぜひお聴きください。詳細は→ http://t.co/jMXOpgZ

林田直樹さんがOTTAVA amoroso for weekendの番組ブログ左矢印該当記事にリンクしています)で、『マーラー 輝かしい日々と断ち切られた未来』について、とても丁寧に詳しく批評してくださっています。

ぜひお読みになってみてください。


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