昨年、

佐賀に旅行にいきました!

 

 

saga佐賀を選んだのは

食べたいものが

たくさんあったからです🤤

 

 

今日は 

1,800円でいただける

ミシュランの朝食をご紹介♪

 

 

 

川島豆腐店 

https://www.zarudoufu.co.jp/

 

 

朝は

<豆腐料理かわしま>として

3,000円・2,400円・1,800円

の朝食コース。

 

 

夜は

<日本料理会席かわしま>

として2万円超のコースもある

高級店になります。

 

 

《食べログリンク》

https://tabelog.com/saga/A4102/A410201/41000027/

 

 

 

 

白木カウンターでの朝食だなんて

テンションがあがります♪

唐津川島豆腐の朝食

要予約で8時と10時の二部制。

カウンター9席なので

早めの予約が良いかもです(^ω^)

 

 

 

当日できたばかりの

ざる豆腐がカウンターに。

唐津川島豆腐の朝食

 

 

 

豆乳、おから、胡麻豆腐

からスタート

唐津川島豆腐の朝食

 

 

先ほどのざる豆腐です

唐津川島豆腐の朝食

 

 

厚揚げがあげたてで

すごくおいしかった!

唐津川島豆腐の朝食

たしか、

ざる豆腐と厚揚げ

おかわりできました。

 

 

みそ汁も豆腐

唐津川島豆腐の朝食

 

 

うずみ豆腐と香の物

唐津川島豆腐の朝食

うずみ豆腐は京都の精進料理でして

ここでは

だし汁と豆腐、麦粥でした。

 

 

デザートまで!

唐津川島豆腐の朝食

 

以上が

1,800円のコースでした。

 

一番シンプルなコースでしたが

かなりお腹一杯の朝食でした!

 

 

2,400円のコースは

これに焼き魚、

3,000円のコースは

刺身と焼き魚が追加されるようです(^ω^)

 

  

朝から

素敵な豆腐料理コースの朝食イエローハート

 

 

 

佐賀グルメ旅、つづきます♪

 

 

 

 

 

柚木麻子さん著
『らんたん』を読み
この時代の女性にすっかり魅了され、
今年はこの時代

明治~昭和を生きた女性たちの本を

色々読もうと思っています!

 

 

 

 

 

今回は斎藤百合について。

 

『らんたん』に

斎藤百合は登場しないのですが

同じ時代ということで、

昨年読んで

すごくおもしろかったこの本を

読み返してみました。

 

 

 

斎藤百合は

視覚に障害がある女性の

社会的地位向上に生きた人です。

 

 

・明治24(1891)年愛知県に生まれ、3歳のころに失明
・利発さと様々な才能に期待され、岐阜訓盲院から東京盲学校に派遣生として入学
・盲女性の社会的地位向上の必要性を訴え、幼子を抱えながら東京女子大に入学(当時としては異例中の異例)
・本の点訳や点写、点字雑誌の発行などで、視覚に障害のある人も本を読めるよう活動
・盲女子高等学園の設立を構想。資金集め音楽会にヘレン・ケラーの誘致に体当たりで成功するなど奮闘
・学園設立には挫折するも、学びややいこいの場として困難を抱える様々な人がそこで助けられる

 

 

と、色々すごいのですが

 

 

私が特に

この人すごいなーと思ったところは

百合が良妻賢母に向わずに

自分の道を突き進んだところです。

 

 

どういうことかと言うと・・・

 

 

当時は

目が不自由な女性は

家事育児ができないと決めつけられ

全盲の女性は結婚するべきではない

という考えが一般的でした。

(家事育児が結婚の条件ということ自体が差別的ですが) 

 

 

それゆえ、

当時の女子教育は

良妻賢母が基本理念だったにも関わらず

それに反して

盲学校ではあえて家庭科教育をしない

「お嫁さん」などの言葉は決して出さない

など

盲女性を結婚から遠ざけようとするのが

当然のこととされていました。

 

 

 

斎藤百合は

生き方に制限をかけるような

そのような考えに強く反発。

 

盲学校で知り合った弱視の男性と結婚し

5人の子供を産みました。

 

「結婚がすべてだとは思わないが、普通人なみに生きたい、女としてあるがままに人生を歩んでみたい」

 

 

当時の常識をとび越えて

結婚を手にした百合でしたが、

その後さらに

結婚後は女性はこうあるべき

という常識をとび越えます。

 

 

結婚後は早々に

雇ったばあやや同居の姑に家事を任せ

幼子を抱えながら大学に通うなど

盲女性の社会的地位向上という目標に

進んでいきます。

 

 

もし私が同じ立場だったら

 

私だっていい妻になれる!

立派に子供を育ててみせる!

見ていなさいよー!ムキーキー!
 

て感じで

むしろ良妻賢母に

突き進んでしまいそう。笑

 

 

 

マイノリティが市民権を得るために

マジョリティの差別的なシステムに

のっかっていってしまうことは

よくあります。

 

そんなことには

全くならない斎藤百合、

本当におもしろい人です。

 

 

 

当時の様々な常識をとび越える

斎藤百合は本当にすごいのですが

この本には

もう1つすごいところがあります。

 

 

それは本が出来上がる過程。

 

 

この本の著者は

粟津キヨという

新潟から百合のもとに来た

全盲の女性。

 

目が見えないキヨが

活字の本を作るにあたって

 

キヨが点字で原稿を書き

他の人がそれを

普通字で原稿用紙に清書。

 

そしてそれをテープに録音して

キヨが聞いて推敲。

 

大勢の人の協力のもと

この作業を

何度も何度もくり返し

ようやく完成させたとのことです。

 

 

 

 

”その国の弱者の幸せ度合によって国家の文化程度をはかることができる”

と考えた斎藤百合。

 

そしてこのような過程で

完成したこの本。

 

すごい人とすごい本に

出会ったなぁと

昨年初めて読んだときに

思ったのでした。

 

 

 

 

 

柚木麻子さん著
『らんたん』を読み
この時代の女性にすっかり魅了され、
今年はこの時代

明治~昭和を生きた女性たちの本を

色々読もうと思っています!

 

 

 

 

 

今回は、宮本百合子が

自らの経験を

モデルにして書いたという

連続した小説3冊を読みました。

 

 

 

伸子

初出:1924(大正13)年~

建築家の父と共に渡米した後

現地で結婚。

離婚するまでの苦悩を描いています。

 

 

 

二つの庭

初出:1947(昭和22)年~

離婚した後の

ロシア文学者 湯浅芳子との共同生活と

共にロシアへ旅立つまでを

モデルにして描いています。

 

 

 

道標

初出:1947(昭和22)年~

ロシアでの3年間の生活と

その間に欧州を見た経験について。

 

 

ロシアに到着したのは

ロシア革命から10年後の

1927年(昭和2年)の12月。

 

世界初の社会主義国として

歩き出しているロシアの生活に

主人公は心を寄せていきます。

 

社会主義の最も強固で広い基底は夜勤の臨時皿洗いの女が、もしかしたらいくらか病毒におかされている彼女のざらっとした声で云った数語の上にあった。「―ずっとつづけて仕事があるんでね、それが大きいんですよ。並木道をぶらつかないでも食べて行けるってことだから。―」

 

 

この時代の

欧州とロシアにおける

資本主義と社会主義の対立が

30歳の日本の女性の視点で

描かれている点も興味深かったです。

 

 

宮本百合子はロシアから帰国後

プロレタリア作家同盟に加盟し

日本共産党へ入党。

そして宮本顕治と結婚します。

 

 

 

 

宮本百合子を知ったきっかけは

『ゆめはるか 吉屋信子』。

 

 

 

 

 

この中で、

宮本百合子について

このように書かれていました。

 

百合子が大正五年(一九一六)いち早く『貧しき人々の群』で文壇にデビューしたとき、当時の文学青年子女はどれほどショックと羨望を感じたかわからない。信子は百合子より三歳年長で、やはり作家志望があったがまだやっと少女小説にとりかかったばかりだった。しかし百合子の成功がよき刺激となって、信子を奮起させ、その三年後、朝日新聞の懸賞小説を書かせたといえるであろう。

 

 

 

 

今回読んだ小説3冊

伸子・二つの庭・道標は

パブリックドメイン(著作権切れなど)

ということで

キンドルで無料で読むことができます。

(キンドルアンリミテッドでなくても

読むことができます)

 

 

もしくは、

そのデジタルへの変換を

ボランティアでしているという

青空文庫のwebページでも

見ることができましたニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アラフォーで歯列矯正に

取り組んでいます♪

 

 

矯正器具の装着は

当初2年くらいを想定していたものの

2年半くらいに長引きそうということで

気持ちを新たにした続きです

右矢印アラフォー大人の歯列矯正㊲79週目やっぱり2年では終わらない!?

 

《アラフォーからの大人の歯列矯正シリーズ》

はこちらに一覧をまとめています。

右矢印【まとめ】アラフォーからの大人の歯列矯正@港区

 

 

 

 

 

 

歯列矯正を始めるにあたり

上下左右で計4本の歯を

抜いています。

大人の歯列矯正〜③え!そんなに抜くの!?歯を○本も抜くことに・・

大人の歯列矯正〜④歯を4本、抜いてきました

 

 

抜いた歯の分だけ

結構ぽっかりと隙間が空いていたので

『これだけの隙間、

本当に埋まるのかなぁ・・』

とちょっと心配していましたねー

 

 

 

1年以上矯正器具に耐え、
ようやく
63~67週目あたりから
右下の抜歯の隙間が
ほとんどなくなってきたことを

昨年9月に書きました。

 

アラフォー大人の歯列矯正㉞63・67週目抜歯の隙間って埋まるんだぁ!

 

 

 

そこから約5ヶ月、

なんと左下の抜歯の隙間も

ほとんどなくなってきました~!!

\(^O^)/

 

 

右下はもう

ほぼ隙間がないと言える状態で

歯ブラシが

ほとんど入らなくなってきました!

 

 

あ、矯正中の歯磨き事情は

こちらです★

 

大人の歯列矯正〜⑧矯正中の歯磨きについて

 

 

 

 

70週目に

下の歯を入れ込むための

ゴムかけから一旦解放されたのですが

実はその後また

下の歯を入れ込むために

ゴムかけが復活してました。

 

アラフォー大人の歯列矯正㉟70週目わずらわしかったアレ再び

 

 

 

そのかいもあって

とうとう...とうとう...!!

下側が歯2つ分

抜歯の隙間が埋まった~~~笑い泣き

 

 

 

矯正をはじめて20ヶ月

なんだか初めて終わりが

見えてきた気がします!

 

 

矯正器具の装着は

2年半くらいの見通しに延びたので

あと10ヶ月くらい。

 

がんばります!

 

 

 

つづく

 

 

 

歯列矯正についてはこちらをどうぞ♡

右矢印【まとめ】アラフォーからの大人の歯列矯正@港区

 

 

 

 

 

 

 

少し前に京都に行った際

リッツ・カールトン京都で

贅沢なひと時を過ごしました。

 

 

 

パートナーがいつの間にか

ホテルグループの

最上位のステイタスをgetしていたおかげで

スイートルームに宿泊できました😲

 

 

 

 

部屋の窓からの眺め

鴨川と二条大橋が目の前とは

これは贅沢すぎる・・・!

 

 

 

リビングの反対側は

バスルームとベッドルームが並びます。

 

 

 

ベッドルーム側からリビング側を撮影

端っこから端っこまで

私の歩幅(小さ目ですが)で

なんと36歩ありました😲

 

 

 

バスルームは窓が

日差しで格子状になる仕組み。

なので夜は格子模様がなくなります。

洗い場がすのこ・・・!

 

 

壁は桜模様で

趣向が凝らされたバスルームでした。

 

 

 

 

座る場所が多いので

とりあえず色々なところに座ってみる。

 

 

 

 

 

 

朝食は和食をチョイス。

もちろん申し分なく美味なのですが

洋食はピエール・エルメのパンだったりで

華やかなおいしそうな内容でした。

 

もしまた行くことがあれば

洋食を食べてみたい🤤

 

 

 

 

もう二度とないのではないかと思うような

京都の贅沢なひと時でしたキラキラ

 

(ま、また行きたい・・・!)