本日の寝かしつけ、所要時間は約50分。


昨日の1時間に比べれば、結果として、10分タイムを縮めたことになりますが、

よく考えれば、長すぎです。

私の理想としては、30分くらいで寝てほしいのです。


最近の娘は、寝るときに激しく泣くということはなくなったのですが、

そのかわりに、自分が寝つくベストの体勢をを探し求めて

ごろごろ転がるようになりました。

その時間のかかることかかること。

夫など、疲れているせいもありますが、「おやすみ」と言ってから

わずか5分でいびきをかくくらい、寝つきが良いです。

確かに私は、あまり寝つきが良くなくて、寝るまでにかなりの時間がかかります。

娘は、そんな私に似てしまったのでしょう。

申し訳ないと思う反面、残念です。


卒乳してからというもの、おっぱいという寝かしつけ最大の武器を使うことができず

時間がかかって仕方ありません。


あと何ヶ月したら、彼女は聞き分けよく、寝てくれるようになるのでしょうか。


その日が待ち遠しいです。




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休職して1年以上が経ちました。


毎日毎日主婦業に専念し、娘と向き合っての生活は

この上なく大切でかけがえのないものです。

できることなら、この先もずっと、こんな生活をしたいと思うくらい

私の毎日は幸せです。


しかし、毎日育児に追われているうちに、

日々を過ごすことに一生懸命になりすぎている自分に気がつきました。

一日が終わると、とっても疲れているのです。

育児と家事以外に、自分に時間を割くことがなくなっていました。

当然といわれればそうかもしれないのですが、

いくら育児と主婦業が楽しいからと言って、現状に満足してしまっていいのか、

ふと疑問に思いました。

毎日少しずつですが、確実に成長している娘を見るにつけ、

じゃあ私はこれでいいのか、と思うようになったのです。

私は、娘に置いていかれているような気がするのを感じました。


きっと、育児のコツや生活のリズムが少しずつ分かってきて、心に余裕が出てきたのでしょう。

自分はこのままではいけない、と思いました。


私は何がしたいのか。

どう生きたいのか。


仕事をしていた時にも、折に触れ考えてきたことですが、

果たして、今の自分は、過去の自分が本当になりたかった自分なのだろうか、と

自問することが多くなりました。


今の自分に不満があるわけではなくて、このまま漫然と日々を過ごす自分が

なんとなく違う、と思ってしまったのです。


結婚して、子どもを授かって、一人の体ではなくなったけれど、

だからと言って、自分がしたいすべてをあきらめる必要はない。

では、どうするか。

自分がしたことって何なのか。

どこに向かおうとしているのか。

今までの自分は何を夢見てきたのか。

そういうことを考える時期にきたのだと思います。


私は原点に戻ることにしました。

自分が初めて将来を夢見たときの原点です。

その原点に戻って、もう一度自分を見つめなおすことで、

この先の道が見えてくるように思います。

簡単なことではないかもしれませんが、原点に戻ろうと思っただけでも、

私はちょっと前に進めたような気がしました。





1歳になった娘は、まだはっきりしゃべることはできないものの、

明らかに何かを訴えるようにしゃべっている時があります。


最近は、お気に入りのぬいぐるみを抱えて

なにか真剣に話しかけている後ろ姿をよく見ます。

私に向かって一生懸命に話しかけてくることもあります。


なんて言ってるのかな

一生懸命話そうとしているのを見ると、とっても楽しくなって、

聞いてみたくなります。

赤ちゃん語の翻訳機があればいいのに・・・


今日は、ソファに転がっていた私のところへ

大好きな絵本を持って近づき

「これ、読んで」

と言わんばかりに差し出しました。

今いちばん好きなのが、

「うさこちゃん どうぶつえんへいく」です。

しかも、うさこちゃんとそのお父さんが二人で描かれているページが

気に入っているらしく、必ずそのページを開いて持ってきます。

ほかにも、ぞうさんやカンガルーが描かれたかわいいページがありますが、

彼女は、うさこちゃんが好きなようです。


絵本を読んでやると、私の言葉に合わせて、しゃべります。

真似しているのかもしれません。

感想を言っているのかも。

とにかく、今までにはなかった行動が、新鮮で可愛かったです。

私を見上げて話しかけてくる顔があまりに真剣で、笑えました。


以前に祖父のことを書きましたが、今日は祖母のことです。


祖母は、祖父が痴呆になってからというもの、

目に見えて、元気をなくしました。

元気がないというより、生きる希望をなくしたようでした。

祖母にとって祖父は、若い頃からずっと、何よりも心強い存在だったのです。

何をするにも、どこへ行くにも、祖母は祖父に付き従っていました。

しかし、それは、嫌々ついて行くと言うのではなくて、

心から祖父を信頼しているという感じでした。

小さい頃から、そんなふたりの姿を見て、私は、

祖母にとって祖父が、そして祖父にとってもそんな祖母が

お互いに大切な存在であることを知っていました。


先日、祖父は入院しました。

すぐに退院できると聞いていたのに、思っていたよりも期間は長く、

心配してお見舞いに行った私に、祖母は

「夜、ひとりで寝るのがこんなに寂しいと思わなかった」

と、本当に心細そうでした。

実際には祖母は娘や孫たちと暮らしているのに、それでも

祖父がいないことで、「ひとり」という気持ちになったのでしょう。

祖母にとって、祖父がいないことは、この上なく心細いのです。


祖母は、生きることに対して、やる気を失ったと言いました。

食事もわずかしか摂らず、大好きだったお菓子もほとんど手をつけず、

あんなに得意だった料理さえ、しなくなりました。

毎日をやっと過ごしていくという感じが、見ていてあまりにつらかったです。


どうしたら、以前のように陽気で楽天的な祖母にもどってくれるのか。

私には、どうしていいか分かりませんでした。


一緒に散歩をしながら、祖母は、

「私は本当にいい人と結婚した。幸せものだ。」

と繰り返し、祖父のことを想っているようでした。


遠い遠い昔に一緒になり、苦難の時代をともに生きてきた祖父母は

今、お互いに何を想い、どう生きようとしているのか。

彼らの4分の1程度しか生きていない私には、

あまりにも分からないこと、推し量れないことが多すぎて、

悔しくて、悲しかったです。

 

ふたりのことを、私は大事に思っているよ、と伝えたくて、

私は病院の祖父の手を握り、祖母と一緒に夕焼けの中を歩きました。


いつまでも元気でいてほしい。

ただそれだけが、私の願いです。




最近の娘のクセを3つ ご紹介します。


1、食べるまね


 片手に何かを持ち、その中から何かをつまむしぐさをします。

 そしてそのつまんだ何かを口に運んで、

 「あむっ」と言います。

 何かをつまむ指の動きが、食べている時と同じで、

 本当に何かを食べているように見え、ときどき、ゴミでも食べてないかと

 心配になるくらいリアルです。

 「あむっ」という掛け声も、かなり大きいので、つい注目してしまいます。

 これを、ご飯の準備中に近寄ってきて実演されると、かなりのプレッシャーを感じます。



2、ごみを捨てる


 実際にはごみ箱のふたを開けて、おもちゃを隠しているようです。

 リビングにおいてあるごみ箱は、娘がつかまり立ちをし始めた頃から

 ごみ箱としての機能を失いました。

 入っているごみ袋やごみを引っ張り出すようになったからです。

 立派なごみ箱なのに残念でなりません。

 フタ付きなので、そのフタを持ち上げ、おもちゃを放り込んでいます。

 捨てているというより、大事なものを隠す犬のように見えます。

 「最近、あのおもちゃ見当たらないな」と思ったら、まずごみ箱をチェックします。

 先日は、私の携帯電話がごみ箱の中から発見されました。



3、ごくごく ぷはぁ~


 まだコップを使えない娘、もっぱらストローで飲みます。

 お茶を飲み、ストローを離すと

 「ぷはぁ~」と息を吐きます。

 その声はまるで、ビールを飲んだあとのオヤジです。

 かわいくないです。

 おっさんか!!と、つっこまずにはいられません。

 つっこむと、何度も繰り返されます。悲しくなります・・・

 誰の真似してるのか、と肩を落とした私でしたが、

 夕飯のとき、味噌汁を飲み干して、

 「はぁ~」と息をつく私を手本にしていることが判明しました。

 なんでも真似するお年頃。

 気をつけます。