最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦 -28ページ目

最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

このブログは、私SPA-kが傾倒するギリシャ哲学によって、人生観と歴史観を独断で斬って行く哲学日誌です。
あなたの今日が価値ある一日でありますように

「ブリジットさん、ブリジットさん!」

「はい、なんでしょう?ミス・キャサリン。」

「なんでしょう、ではありません。貴女が長秋様の起床時間とスケジュールを私とマーガレットに間違って伝えるから…。」

「はぁい、朝食を食べ終える時間がないのは存じ上げております。だから残りは車中で美味しく頂くと、長秋様は仰ってますので♪はい、早くこれに折り詰めを。マーガレット!貴女も手伝った。」

「はい、畏まりました。」

「グレースさん、開門をお願いします!」

「…心得た。」

一ヶ月前とは確かに違う光景。
ブリジットの心は余裕が、顔に笑顔が、頭にはアイデア溢れていた。
料理担当のキャサリンの陰湿な言葉や行動も、奇抜な提案で切り返した。
胸の痛みを一瞬は感じても、「何故、自分は悲しむのか?」を、一呼吸置いて思考を巡らせれば、時間はかかってもそれなりの答えは出せた。
そんなブリジットの変化に主の長秋も敏感に気付き…。

「…随分と上手くあしらう様になったね…。柿本のあのオペ以来かな?」

と、愛車のポルシェを運転しながら問いかけた。

「はい、勿論、私に非がある場合もあります。その場合は『悔しい』涙が出るんだなぁ、と思い、私なりに解決策を模索します。
でも、キャサリンが根拠なき言いがかりを言ってきた時は…。」

「言ってきた時は?」

信号待ちの度に折り詰めの朝ご飯を手渡しで食べさせるブリジット。
本来は執事である自分が自動運転の誘導をしなければならないのに、出勤時はただ助手席に座ってるだけである。
運転が趣味だからと、主の意向に添うのは当然だが車中ですることが無いのは、執事としても秘書としても心苦しかった。
だが今は違う。運転の邪魔にならない様に、横から朝ご飯食べさせるという役目がある。
本当は直接、主の口に運びたいと思うブリジットだが、それでは恋人ロボットになってしまうと自戒し、知能回路がオーバーヒートしそうになるのを抑えるのに必死だった。

「彼女の言いがかりには『悲しみの涙』が溢れます。私が悲しいじゃないんです。キャサリンのことを『可哀想だなぁ、そのように行動するしか選択肢がないんだなぁって…。」

「可哀想…か…。確かに、キャサリンに限らず、マーガレットもグレースも『可哀想』かもな。真の主を失ったアンドロイドは、誰かにスイッチを切って欲しいのかもな…。」

「真の主?長秋様、そんな悲しい顔をしないでくださいませ。」続
前回まで。

遥か未来。人類は意志を持つ人間型ロボット=アンドロイドと共存生活をしていた。
第一次アンドロイド革命は、「アンドロイドは人間の命令に対して、主人や人間社会に著しく迷惑をかけることが容易に推測出来る命令には『ノー』と言ってもよい。また判断材料が乏しい時には『解りません』と答えてもよい。」
ということが認められた。これによりアンドロイドにも一個人の人格権が認められた。
これが認められるまでの働きかけが「SAY No(いいえといいましょう)運動」と呼ばれている。

第二次アンドロイド革命は技術的な進歩だった。
『自動アップデート機能』という画期的なプログラムが開発され、それを備えたアンドロイドは「新型」、備わっていないアンドロイドは「旧型」と呼ばれるようになる。
自動アップデート機能は、アンドロイド自身が「現在の自分に何が必要か?」「どのように自らを改良するか?」を考え、主人の指示がなくとも最新の形に更新し続ける機能である。しかし、それも結局はプログラムの延長に過ぎない。

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ブリジット…在原家の執事であり、主である長秋の勤務する病院では秘書として働く。
旧型アンドロイドであることを悩み、長秋に貢献出来ていないことを悔しがる。長秋の友人であり、長秋の父の元助手であった柿本直哉の改造手術により「世界で唯一、自らの感情の高まりによって涙を流すアンドロイド」となる。これにより涙の意味と価値を考えるようになり、自己の客観性、即ち「もう一人の自分」の認識に優れた、より人間に近いアンドロイドへ進化する道を進む。

在原長秋(ありはら ながあき)…職業は医師。屋敷では四体のアンドロイドと生活する。自動運転が当たり前の時代にポルシェのハンドルを握ったり、健康指向が頂点の時代にハンバーガーを好む。父は既に他界。
人と人の触れ合いを重視した医療現場を望むが職場では孤立している。

柿本直哉(かきもとなおや)…長秋の親友のウラの改造屋。ブリジットに涙を流す機能を付けた。妹を思い、まっとうな科学者に戻りたい思いが僅かにある。

柿本樹乃(かきもと きの)…直哉の妹で長秋をあっきーと呼ぶほどの古い仲。直哉から独身を心配される。

キャサリン…新型の調理アンドロイド…ブリジットを虐める。
グレース…新型庭師アンドロイド。屋敷の警備のみから自らの意思でガーデニングを習得。

マーガレット…新型メイドのアンドロイド。お掃除好き。
ピノキオは妖精の魔法で人間になりました。
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人魚姫は悪魔のタコとの契約をきっかけに人間になりました。
そして私は…人間の科学者の手によって「涙」を手に入れたのです。

新型アンドロイドを羨ましく思い、旧型の自分を憎らしく思っていた私。
新型になれたらと、どれほど思ったことか。
でも私に施された最初の改造は、新型も旧型も関係ない「泣く」機能だった。
****
「終わったぜ。まぁ、世の中には涙を流すアンドロイドなんざいくらでもいるが、それはプログラム通りに、アイセンサーのレンズが埃にまみれたらレンズ洗浄液をオートマチックに流すだけだ。または泣くという人間の真似事を見世物とプログラムされてるかだ。だが、そんなのはボタンを押せばロケットパンチを発射する玩具と一緒さ。
でも、ブリジットちゃん。君は違う。君は自分の気持ち次第で、レンズ洗浄液という涙を流せる。俺の腕前のおかげでな。

「ありがとうございます!柿本様。
もう既に両の目から洗浄液が…。
でも、悲しい涙ではありません。
長秋様が私の為にここに連れてきてくださり、初対面の柿本様が私にまるで人間のような機能を…。」

「ブリジット、旧型なんて関係ない。君は僕に取って大切な家族だ!
でも、君の悩みそのものを代わってあげれることは出来ないんだ。どんなに君が万能であれ、優秀であれ、人間であったとしても、神様じゃないんだ。誰かの試練の身代わりなんて出来ないんだ。
だからこそ…。」

「この涙の意味を、私自身が考えなければならないのですね。
私自身が流した涙に価値を与えなければならないのですね。」

「柿本、君には感謝している。」

「いいってことよ、長秋。けどな、俺に礼がしたい気持ちがあるなら、お前の力で、俺をもう一度表の世界に出してくれねぇか?」

「お前…。自分から僕の父さんの助手を辞めておいて、未だに表の世界に未練があるのか?
生憎、僕は医者だ。総合病院の耳鼻科で働くただの勤務医なんだよ。
父さんが亡くなった今、ロボット工学者の君に力添えを出来るほど権限はないさ。」

「あのう…柿本様は、ずっとこのお仕事を続けたいわけでは?」

「いや、俺はいいんだ。だが樹乃が不憫だ。兄貴がウラの改造屋じゃあ、嫁の貰い手がねぇ。何とかもう一旗って思いはあるさ…。。」

「長秋様、柿本様。私は…私はお二人の力になりたいです」