裏通りにある小さなアンドロイドの修理工場。
そこの主の柿本直哉は、一体の執事型アンドロイドに前代未聞の改造をしていた。
「長秋、お前のご所望通り、ブリジットちゃんに覆われていたフッ素コーティングと、銀イオンコーティングを全て取り除き、全身の人工細胞を最も人間に近い物に取り替えたぜ。
これで理論上は…。」
「人間と同じ病原にかかるはずだ。
ありがとう、柿本。医者の僕だけでは不可能だった。
優秀なロボット工学者の君がいなければ無理だった。」
二人の青年は前人未到の領域に進んだ。
在原長秋は医師として、柿本直哉は科学者として、「病気になるアンドロイド」の研究に着手した。
そしてそれを提案し、希望したのはブリジット本人であったのだ。
「柿本様、どうかそんな哀しいお顔も、苛立った素振りも見せないでくださいませ。
私は…嬉しいのです…。」
ブリジットの屈託のない笑顔に柿本は戸惑った。
「ブリジットちゃん、君が人間の様に振る舞いたいのなら、病気になって喜ぶ人間は居ないぜ。
まぁ、それをやった俺が言っちゃ駄目なんだが…。」
「わかってます。
ですが私はアンドロイドです。
アンドロイドは人間のお役に立つことが幸せなんです。」
「だが、その役に立つってのが、医者として名を挙げたい長秋と、科学者として表の世界に復帰したいというこの俺の、穢れた野心の為なんだぜ?」
「…夢…とか…野心や欲望という、人間の人間らしい気持ちは私にはまだよく理解出来ませんが、私は、主である長秋のお役に立ちたいだけではありません。
柿本様にも…。」
「俺か?俺がどうした?」
「柿本様は私を、涙が流せるアンドロイドへと手術してくださいました。
おかげで私は自らが流す涙の意味を考え、感情の意味、心のあり方の意味を考え、より人間らしいアンドロイドであろうと思うようになりました。
全ては…手術してくださった柿本様のおかげです。
主の長秋様のお役に立てるだけでなく、柿本様に恩返し出来るなら、私は喜んで病気になります。」
「…ブリジットちゃん…。」
「ちょっと、皆、私のこと忘れてない!?」
「おぉ、樹乃!調子はどうだ?熱は出そうか?」
「いくら実験でブリジットちゃんに感染させる為とはいえ、可愛い妹と幼なじみに一度風邪を引かすって、どんな鬼畜生よ!」
「申し訳ございません、樹乃様。私の為に…。」
「いいのよ、アタシだって楽しんでるわ♪」続
「つーわけで暫く厄介になるぜ、柿本。」
「俺達は構わんが、人間の方が家出するなんて笑えねぇ冗談だな。」
「まぁな、人間が機械に駆除されることを極度に恐れる『スカイネットシンドローム』をただの気分的な病気で片付けられなくなったな。」
「は~い、アタシも兄貴とずっと二人より、あっきーやブリジットちゃんと四人の方が楽しくていいけど、うら若き乙女の居る所に泊まりに来てるっての忘れないでよね!」
「本当に申し訳ございません、柿本様、樹乃様。
突然押し掛けてしまいまして。」
「いいってことよ、だが、これで中途半端に帰れなくなったのも事実だな。」
****
数時間前の在原邸
「答えろキャサリン。君の行動原理及び最優先順位は、僕の父さんだろう?
だからこそこんな仕打ちを…。」
「…その質問の回答は拒否させて頂きます。
私は長秋様の健康と成長の妨げとなる物は全て排除させて頂きます。
それが長秋様自身の意志によるものだとしてもです!」
「ちっ、父さんもとんでもないフランケンシュタインを作ったもんだぜ。いや、ターミネーターかな?」
「長秋様、キャサリンが言うことを聞かないなら、廃棄申請をして回収して貰えば済むことです。」
「そうだな…。キャサリン、お前は本来は優秀な調理型アンドロイドだが、お前自身がこういう風に進化する道を選択したのは欠陥だ。
お前の電源を落として廃棄申請をする。」
「ご都合が悪くなれば私を廃棄ですか?
いいでしょう。ですが、医者を目指したというのに、旧型アンドロイドにジャンクフードと旧世代の車に溺れた挙句、何も成し遂げられなかったとなれば…。」
「『男子一生の本懐にはほど遠い』と天国の父さんが嘲笑ってるとでも言いたいか?」
「いえ、非常に残念でありますと申し上げたいだけです。」
「長秋様、こんな壊れた人工知能なんか相手せずに廃棄が駄目なら私達が屋敷を出ます!
無人島でも無医村でも長秋様となら何処へでも!」
****
「それで二人して俺のとこまで逃げて来たって?ご苦労なこった。
で、そのキャサリンちゃんに負け犬扱いされたくなきゃ、一人前の男として一旗あげねえとなぁ。そういう意味じゃ研究所に配置転換されて良かったじゃねぇか。」
「長秋様、柿本様。今、私に突拍子もないアイデアが浮かびました。
私のこの人工細胞に病原菌を感染出来ますか?
世界初のアンドロイドの患者。その私を治療するのです。」
「俺達は構わんが、人間の方が家出するなんて笑えねぇ冗談だな。」
「まぁな、人間が機械に駆除されることを極度に恐れる『スカイネットシンドローム』をただの気分的な病気で片付けられなくなったな。」
「は~い、アタシも兄貴とずっと二人より、あっきーやブリジットちゃんと四人の方が楽しくていいけど、うら若き乙女の居る所に泊まりに来てるっての忘れないでよね!」
「本当に申し訳ございません、柿本様、樹乃様。
突然押し掛けてしまいまして。」
「いいってことよ、だが、これで中途半端に帰れなくなったのも事実だな。」
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数時間前の在原邸
「答えろキャサリン。君の行動原理及び最優先順位は、僕の父さんだろう?
だからこそこんな仕打ちを…。」
「…その質問の回答は拒否させて頂きます。
私は長秋様の健康と成長の妨げとなる物は全て排除させて頂きます。
それが長秋様自身の意志によるものだとしてもです!」
「ちっ、父さんもとんでもないフランケンシュタインを作ったもんだぜ。いや、ターミネーターかな?」
「長秋様、キャサリンが言うことを聞かないなら、廃棄申請をして回収して貰えば済むことです。」
「そうだな…。キャサリン、お前は本来は優秀な調理型アンドロイドだが、お前自身がこういう風に進化する道を選択したのは欠陥だ。
お前の電源を落として廃棄申請をする。」
「ご都合が悪くなれば私を廃棄ですか?
いいでしょう。ですが、医者を目指したというのに、旧型アンドロイドにジャンクフードと旧世代の車に溺れた挙句、何も成し遂げられなかったとなれば…。」
「『男子一生の本懐にはほど遠い』と天国の父さんが嘲笑ってるとでも言いたいか?」
「いえ、非常に残念でありますと申し上げたいだけです。」
「長秋様、こんな壊れた人工知能なんか相手せずに廃棄が駄目なら私達が屋敷を出ます!
無人島でも無医村でも長秋様となら何処へでも!」
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「それで二人して俺のとこまで逃げて来たって?ご苦労なこった。
で、そのキャサリンちゃんに負け犬扱いされたくなきゃ、一人前の男として一旗あげねえとなぁ。そういう意味じゃ研究所に配置転換されて良かったじゃねぇか。」
「長秋様、柿本様。今、私に突拍子もないアイデアが浮かびました。
私のこの人工細胞に病原菌を感染出来ますか?
世界初のアンドロイドの患者。その私を治療するのです。」
アンドロイドは人間と同じ様な「人格」と「自我」を持つが、得意分野においては専門の「ハード」であり「ソフトウェア」であり、情報を検索し共有する「パソコン」であり「スマホ」あり『意志を持つネット端末』でもあった。
車の自動運転など、この時代には簡単なものであった。
専用ソフトウェアを車に内蔵させるか、車をケーブルで繋ぎ、自動運転のソフトをインストールしたアンドロイドを、運転席に座らせるかだ。
しかし、在原長秋が運転するポルシェは相当の年代物であり、車本体を大改造しなければいけなかった。
「やっと私の人工知能と規格があるソフトウェアが見つかりましたわ。
長秋様のお車は大変希少ですので…。」
「キャサリン、ここ数日大人しかったのは、僕のポルシェを自動運転出来るソフトをずっと探してたのか?」
「はい、苦労した甲斐がありましたわ♪
これで明日からは私が送迎致します。
これでもう、秘書のクセに、ただ助手席に座っているだけのブリジットさんに苦労させられることはありませんわ。」
「…お前は…お前の人工知能が…自動アップデート機能が『それが合理的』と判断したの…か…?」
「ええ、勿論。主である長秋様自身にハンドルを握らせることがどれだけ危険なことか!
自動運転ソフトの安全性は人間の知覚機能や運動性能よりも…。」
「僕の車だ!キャサリン、君の運転は必要ない!明日からもハンドルを握るのは僕だ!」
「そうです、ミス・キャサリン。貴女は調理型アンドロイドです!ただのクッキングロボットが車の運転だなんておかしいです!」
黙っていられなかったブリジット。主である長秋に対して身体を張ってでも阻止する覚悟だった。涙はまだ流していない。
強い怒りの眼差しだった。
「私は長秋様の身体の健康と安全をお守りする義務があります。
運転だけの問題ではありません。
長秋様のお身体は私が提供したお食事以外の粗悪な栄養により…。」
「そんな所まで貴女が関わらないで!
あそこは長秋様の大切な…。」
「やはり知っていたのですね、ブリジットさん。それは好都合です。
お店を絞り込むのはまだまだ時間がかかりそうでしたが、貴女から聞き出した方が早そうですわ。」
「やめろ、キャサリン!ブリジットに手を出すな!これは命令だ。」
「長秋様、害を為すのはそこのポンコツです。私は主本人に不利益と判断した命令は拒否します!」
「違う!君の主人は父さんだろ!」
車の自動運転など、この時代には簡単なものであった。
専用ソフトウェアを車に内蔵させるか、車をケーブルで繋ぎ、自動運転のソフトをインストールしたアンドロイドを、運転席に座らせるかだ。
しかし、在原長秋が運転するポルシェは相当の年代物であり、車本体を大改造しなければいけなかった。
「やっと私の人工知能と規格があるソフトウェアが見つかりましたわ。
長秋様のお車は大変希少ですので…。」
「キャサリン、ここ数日大人しかったのは、僕のポルシェを自動運転出来るソフトをずっと探してたのか?」
「はい、苦労した甲斐がありましたわ♪
これで明日からは私が送迎致します。
これでもう、秘書のクセに、ただ助手席に座っているだけのブリジットさんに苦労させられることはありませんわ。」
「…お前は…お前の人工知能が…自動アップデート機能が『それが合理的』と判断したの…か…?」
「ええ、勿論。主である長秋様自身にハンドルを握らせることがどれだけ危険なことか!
自動運転ソフトの安全性は人間の知覚機能や運動性能よりも…。」
「僕の車だ!キャサリン、君の運転は必要ない!明日からもハンドルを握るのは僕だ!」
「そうです、ミス・キャサリン。貴女は調理型アンドロイドです!ただのクッキングロボットが車の運転だなんておかしいです!」
黙っていられなかったブリジット。主である長秋に対して身体を張ってでも阻止する覚悟だった。涙はまだ流していない。
強い怒りの眼差しだった。
「私は長秋様の身体の健康と安全をお守りする義務があります。
運転だけの問題ではありません。
長秋様のお身体は私が提供したお食事以外の粗悪な栄養により…。」
「そんな所まで貴女が関わらないで!
あそこは長秋様の大切な…。」
「やはり知っていたのですね、ブリジットさん。それは好都合です。
お店を絞り込むのはまだまだ時間がかかりそうでしたが、貴女から聞き出した方が早そうですわ。」
「やめろ、キャサリン!ブリジットに手を出すな!これは命令だ。」
「長秋様、害を為すのはそこのポンコツです。私は主本人に不利益と判断した命令は拒否します!」
「違う!君の主人は父さんだろ!」