ベッドに伏すブリジットは間違いなく「患者」だった。
傍らの椅子に腰掛けて見守る柿本直哉は見舞いをしている様に見えるだろう。
但しその相手はアンドロイドであったが。
「長秋は自分の家に戻ってるよ。
置いてきた三体のアンドロイドが気になるってな。」
「…そうですか…。キャサリン、マーガレット、それにグレースさんも居ますので大丈夫とは思いますが…アンドロイドは、どんな時も主の役に立ちたいと思うものです。
長秋様が顔を見せるだけで安心することでしょう。」
「そのアンドロイドについてなんだがな…。」
「はい、なんでしょう?」
屈託のない満面の笑みを返され、言葉に詰まる直哉。時々、相手がアンドロイドということを失念してしまってるかのような仕草だ。
「世の中に出回ってるアンドロイドは、何故、女性型のアンドロイドばかりだと思う?」
ブリジットは考える間もなく、思ったままに…。
「調理、掃除、洗濯、子守、看護。
たくさんの種類のアンドロイドが人間のサポートをしてますが、その造型や言葉遣いが人間の女性を模してるのは、人類の歴史が女性にそういう仕事をさせて来たからだと私は思います。」
「そうだな。家事、育児、職場での下働き。
人類は長い間、女性にそういう仕事を押し付けてきた。
だが、それは女性特有の『性質』が関係する。」
「性質?」
「あぁ。男女の違いとして、多くの男性は自分の存在を強く、大きく見せたがる『俺はこんなことが出来る。こんなことを知っている、こんなに大きくて強いんだぞ』と。」
「女性も…人間の女性もそうではないのですか?」
「勿論、出世欲や名誉欲の強い女性も居るさ。
だが多くの女性は自分を弱く、小さく見せたがる。『私ってこんなに何も出来ないの、こんなに小さくて弱いのよ』ってな。」
「…それがアンドロイドにも受け継がれてると…?」
「あぁ、世の科学者達は潜在的にロボットの反逆を恐れている。
自分を強く、大きく見せたがる男性型アンドロイドが自分達人間を脅かすんじゃないかとな。」
「軍用の男性型兵隊ロボットを作ってはいないのは、軍縮の流れや倫理観からではないと?」
「倫理が優先されるなら、世の中に恋人ロボットや夜に男を接待するナイトロイドが蔓延してないさ。
それに研究開発する科学者ロボットも存在しない。」
「何故、そんなお話を…?」
「君は主に従うためだけの女性人格か?と、問いたくなったのさ」
小さなロボット修理工場で、二人の青年が声を荒げていた。
「何がまだまだだ!俺もお前も、それに何よりもブリジットちゃんはこんなに頑張ったじゃねぇか!」
修理工の柿本直哉は親友の在原長秋の胸ぐらを掴んで激昂した。
長秋は視線を落とながら、小さな声で反論した。
「あれから1ヶ月。然るべき機関にブリジットの件を発表してみたが、興味を示したのは科学雑誌の記者と工学部の学生程度だ…。肝心の医学界は何も…。」
「で、お前が確かな手応えを感じる為に、ブリジットちゃんをもっと重病にするつもりか!?
医療倫理学会に晒し上げされんのがお前の最終目標かよ!?」
振り上げた直哉の右手を制止したのは、「病 」の身体を押してベッドから起き上がった「アンドロイドの」ブリジットだった。
「やめてくださいませ、柿本様。
長秋様に手を出さないでくださいませ。」
「俺はこのクソったれの君への扱いに腹が立ってるんだよ!
テメぇの巧妙心の為に、自分のアンドロイドを死に追いやるつもりか!?」
「そんな…大袈裟でございます。
私はまだ人間で言う『風邪』に相当した状況なだけですわ。
私は大丈夫ですから。それに…主の為に尽くしたいと思うのはアンドロイドとして当然ですから。柿本様、どうか、どうか長秋様へのお怒りをお鎮めくださいませ…。」
「けっ、あぁ、俺は君の主人じゃないからな…。
だが長秋が今後君を成人病や感染症とかに追い込んだとしても…俺が完璧に治してやるからな!
君の意志に反してもだ!」
「…随分と熱いじゃないか、直哉。
ブリジットはアンドロイドだぞ?しかも僕の。
まぁ…詮索はしないでおくよ。
僕が願うのはブリジットの病状を研究したデータが人間の医学に貢献することだ。
現段階では、ただの珍しいアンドロイドを開発した程度だ…。これじゃ人間の真似事をした『ミルク飲み人形』と変わらないじゃないか…。」
****
「あっきー、兄貴の気持ちも理解してあげてよ…。私だってブリジットちゃんの今後は心配よ。」
「わかってるよ、樹乃ちゃん。だが人間なら躊躇する段階の際どい臨床研究に、アンドロイドのブリジットなら対応出来るのも事実なんだ!
それによってどれだけの患者が救われることか…。」
「とにかく、研究の規模が大きくなるならここは手狭になってくるわ。
私、明日からナースとして働きに出るわ。」
****
「個人的なお話とはなんでしょう?柿本様。」
続
「何がまだまだだ!俺もお前も、それに何よりもブリジットちゃんはこんなに頑張ったじゃねぇか!」
修理工の柿本直哉は親友の在原長秋の胸ぐらを掴んで激昂した。
長秋は視線を落とながら、小さな声で反論した。
「あれから1ヶ月。然るべき機関にブリジットの件を発表してみたが、興味を示したのは科学雑誌の記者と工学部の学生程度だ…。肝心の医学界は何も…。」
「で、お前が確かな手応えを感じる為に、ブリジットちゃんをもっと重病にするつもりか!?
医療倫理学会に晒し上げされんのがお前の最終目標かよ!?」
振り上げた直哉の右手を制止したのは、「病 」の身体を押してベッドから起き上がった「アンドロイドの」ブリジットだった。
「やめてくださいませ、柿本様。
長秋様に手を出さないでくださいませ。」
「俺はこのクソったれの君への扱いに腹が立ってるんだよ!
テメぇの巧妙心の為に、自分のアンドロイドを死に追いやるつもりか!?」
「そんな…大袈裟でございます。
私はまだ人間で言う『風邪』に相当した状況なだけですわ。
私は大丈夫ですから。それに…主の為に尽くしたいと思うのはアンドロイドとして当然ですから。柿本様、どうか、どうか長秋様へのお怒りをお鎮めくださいませ…。」
「けっ、あぁ、俺は君の主人じゃないからな…。
だが長秋が今後君を成人病や感染症とかに追い込んだとしても…俺が完璧に治してやるからな!
君の意志に反してもだ!」
「…随分と熱いじゃないか、直哉。
ブリジットはアンドロイドだぞ?しかも僕の。
まぁ…詮索はしないでおくよ。
僕が願うのはブリジットの病状を研究したデータが人間の医学に貢献することだ。
現段階では、ただの珍しいアンドロイドを開発した程度だ…。これじゃ人間の真似事をした『ミルク飲み人形』と変わらないじゃないか…。」
****
「あっきー、兄貴の気持ちも理解してあげてよ…。私だってブリジットちゃんの今後は心配よ。」
「わかってるよ、樹乃ちゃん。だが人間なら躊躇する段階の際どい臨床研究に、アンドロイドのブリジットなら対応出来るのも事実なんだ!
それによってどれだけの患者が救われることか…。」
「とにかく、研究の規模が大きくなるならここは手狭になってくるわ。
私、明日からナースとして働きに出るわ。」
****
「個人的なお話とはなんでしょう?柿本様。」
続
前回まで
有能なアンドロイドであるキャサリンの「お節介」に苦悩する在原長秋。
それは模範的で理想的な人物像の押し付けと言えるかもしれない。
愛車を運転するという数少ない趣味の分野までキャサリンの人工知能が侵食する。
病院も外来から病理学研究の勤務地に変更され、一時は秘書型アンドロイドのブリジットと無医村にでも行こうかと考える。
しかし、キャサリンから
「お父上様はお嘆きでしょう」
との言葉が長秋を変える。
キャサリンは未だに自分の父親が真の主人と思い込んでいるのか?との疑惑が残るが、困難を打破出来ずに「逃げた」と思われたくはなかった。
それが例えアンドロイド相手であったとしても。
一人前の男として一旗揚げたいとの思いに、ブリジットが奇想天外な提案をする。
「長秋様、私を病気になるアンドロイドにしてください。」と。
それは医師として名を残したい主人の長秋と、科学者として表の世界に復帰したい柿本直哉の双方の野心を満たしてあげたいという、ブリジットの献身的な思いだった。
****
「う~ん、人間の体温に換算して36.9℃ってとこだな。
間違いなく『微熱』と言えるな。」
「本当ですか!?
あれから1ヶ月…。
ありがとうございます!私、やっと風邪を引けたのですね。」
「あぁ、良く頑張ったな。ブリジットちゃん、長秋。」
「身体の各部分はどんな感じだい?詳しく状況を教えて。」
柿本の診断を聞いて歓喜するブリジット。
その傍らに笑みを浮かべながら佇む長秋は、右手にペンを、左手にファイルを持ち、『手書きの』カルテを記入しようとした。
「はい、特に頭部の人工知能部分の余剰熱の冷却が滞っており、オーバーヒート状態といえます。咽頭部も熱により発声機能に異常が見られます。
鼻の部分の空気清浄フィルターにも負荷がかかっております。
全体的な運動機能も通常状態を100とすると、60%を維持するのがやっとかと…。」
「凄いな、長秋。本当に人間が風邪引いたみたいじゃねえか。
俺はお前が直ぐに諦めると思ってたが、まさかやり通すとはな。」
「あぁ、ブリジットの強い意志がなければ無理だったよ。」
「…アンドロイドは主人のお役に立つ為に生まれてきたのですから…当然ですわ。
それに…この熱さ、この不自由感。また人間に近づけたみたいで嬉しいです。」
「ちょっと!一番苦労したのは私!この柿本樹乃ちゃんがわざと風邪引いたから!」続
有能なアンドロイドであるキャサリンの「お節介」に苦悩する在原長秋。
それは模範的で理想的な人物像の押し付けと言えるかもしれない。
愛車を運転するという数少ない趣味の分野までキャサリンの人工知能が侵食する。
病院も外来から病理学研究の勤務地に変更され、一時は秘書型アンドロイドのブリジットと無医村にでも行こうかと考える。
しかし、キャサリンから
「お父上様はお嘆きでしょう」
との言葉が長秋を変える。
キャサリンは未だに自分の父親が真の主人と思い込んでいるのか?との疑惑が残るが、困難を打破出来ずに「逃げた」と思われたくはなかった。
それが例えアンドロイド相手であったとしても。
一人前の男として一旗揚げたいとの思いに、ブリジットが奇想天外な提案をする。
「長秋様、私を病気になるアンドロイドにしてください。」と。
それは医師として名を残したい主人の長秋と、科学者として表の世界に復帰したい柿本直哉の双方の野心を満たしてあげたいという、ブリジットの献身的な思いだった。
****
「う~ん、人間の体温に換算して36.9℃ってとこだな。
間違いなく『微熱』と言えるな。」
「本当ですか!?
あれから1ヶ月…。
ありがとうございます!私、やっと風邪を引けたのですね。」
「あぁ、良く頑張ったな。ブリジットちゃん、長秋。」
「身体の各部分はどんな感じだい?詳しく状況を教えて。」
柿本の診断を聞いて歓喜するブリジット。
その傍らに笑みを浮かべながら佇む長秋は、右手にペンを、左手にファイルを持ち、『手書きの』カルテを記入しようとした。
「はい、特に頭部の人工知能部分の余剰熱の冷却が滞っており、オーバーヒート状態といえます。咽頭部も熱により発声機能に異常が見られます。
鼻の部分の空気清浄フィルターにも負荷がかかっております。
全体的な運動機能も通常状態を100とすると、60%を維持するのがやっとかと…。」
「凄いな、長秋。本当に人間が風邪引いたみたいじゃねえか。
俺はお前が直ぐに諦めると思ってたが、まさかやり通すとはな。」
「あぁ、ブリジットの強い意志がなければ無理だったよ。」
「…アンドロイドは主人のお役に立つ為に生まれてきたのですから…当然ですわ。
それに…この熱さ、この不自由感。また人間に近づけたみたいで嬉しいです。」
「ちょっと!一番苦労したのは私!この柿本樹乃ちゃんがわざと風邪引いたから!」続