※セクサロイド…セックス・アンドロイドの略称であり俗称。
文字どおり、性接待を目的にしたアンドロイドである。
事の程度は諸外国の法律により多少の違いはあるが、個体数的には世界で最も種類の多いアンドロイド。
道徳や倫理観から男性型の兵隊ロボットは製造を禁止されているのに、世界中にホステスロボットやコンパニオンロボットの名前で大量生産されているのは人間の最も人間らしい所以。
****
「さぁ、長秋様。
私は完璧なアンドロイドです。
どうぞ私自身を存分に堪能してくださいませ。」
驚くほど弾力のあるキャサリンの肉体。
ほんの数ヶ月前とは大違いだ。
「これが…人間の手を離れたアンドロイドの行く末か…。
ソフト面を自分で判断してインストールするだけでなく、肉体の改造というハード面にまで手を出すことを決断するとは…。」
自分の責任だと覚悟と諦めの念が長秋を襲った。
キャサリンは文字どおり「情に訴えて」きた。
主である僕が再び屋敷に戻って来た時は、自分がお払い箱になるのは十分に予測していたからだ。
そして今日という日の為に、着々と自らを改造し続けたのだ。
僕を自らの肉体の快楽に溺れさせれば、安易に廃棄出来ないとタカをくくって!
彼女は最初から許していなかったのだ。自分より旧型のブリジットだけを連れて屋敷を出た僕を。
そしてキャサリンは知っている。
僕が抵抗しようとも、アンドロイドがフルパワーを出せば、人間の男一人を押さえつけることくらい片手出来るということを。
いいさ、娼婦に身を堕としたアンドロイドを抱いたところで、僕の崇高な研究とその成果には何の落ち度もないさ。
「ふん、好きにするがいいさ!だが、君なんかと交わるのは今日が最初で最後だ!」
上に乗られたキャサリンの質量は、人間基準ではかなりの重さだったが、柔らかな肌が理性を吹き飛ばそうとする。
だが冷静さと憤りの両方を貫けたのは、僕を見下ろすその表情と言葉だった。
「抵抗をしないのは賢明な判断でございます。
お父上もさぞお喜びでしょう。」
そう…キャサリンは僕の為に働いていなかった。
今さら解ってたはずなのに…。
キャサリンは亡き父の為に働き、亡き父の為だけに僕と僕のブリジットを排除し続けようとしたのだった。
重なり、今まさに交わろうとするその時、
「やめろ!」
と僕は叫んだ。
刹那、鉄パイプを振りかざし、キャサリンを殴打したのは庭師のグレースだった。
続
ブリジットが人の心を持って死にたい、との想いを科学者の柿本直哉に告げた時、その人の心に寄り添うように彼は「俺のことは直哉と呼べ」と言った。
それは限りある時間という川の流れが、大きく湾曲するかのような出来事であった。
****
「お帰りなさいませ、長秋様。」
医師であり、ブリジットの主である在原長秋は屋敷に戻っていた。
正門で出迎えたのは庭師型アンドロイドのグレース。
玄関で出迎えたのは調理型アンドロイドのキャサリンだった。
「マーガレットは?買い物か?」
ハウスメイドのマーガレットの姿が見えない。
キャサリンに聞いても回答しようとしなかった。
が、長秋は暫くぶりの生家に大きな変化がないことにまずは安堵した。
「さぁ、たんとお召し上がりくださいませ。」
主の帰還に豪勢な晩餐で喜びを表現するキャサリン。
「変わりなくて安心した。
僕の不在時にも、そのまま料理をオートメーションに作り続けてなくて良かったよ。」
並べられた自分の好物を前に、皮肉っぽく返しても、最新型アンドロイドのキャサリンは意に介さない。
「当然ですわ。不在時用のプログラムが作動するだけであります。
それに過去にも宿直や出張もあったではありませんか。
私達は充電出来る環境と使用契約が存在する限り、ご主人様に最善を尽くします。」
「そうか…、マーガレットの不在理由を答えないのも、僕の為の最善か…。」
「はい…。」
「それよりもこのご馳走はどういうことだ?
栄養学を無視し過ぎじゃないか?」
「いいえ、バランスの偏りなど、一週間、1ヶ月のメニュー変更でなんとでもなりますわ。
もうこれからはずっと私と…。」
「そうか最後の晩餐じゃあなかったんだな。」
自嘲気味に言ってみて、長秋が自分を廃棄申請するのを感付いての晩餐かと疑ってみた。
が、その時長秋は自身の異変に気付いた。
「キャサリン…お前、料理に何を…。」
「安心してくださいませ。
私は主との心中を願うようなポンコツではありません。
ただ…私の人工知能が、長秋の心と身体の健康を永遠にお守りするには、これしかないと判断したのです。」
椅子の後ろに立ち、首に手を回すキャサリン。高温調理用に重工な金属の彼女の肌がやけに柔らかい。
「さぁ、長秋様。私を…お召し上がりくださいませ…。」
「君は…自分を性接待のセクサロイドに改造したな!?マーガレットの不在とも関係あるのか?」
続
それは限りある時間という川の流れが、大きく湾曲するかのような出来事であった。
****
「お帰りなさいませ、長秋様。」
医師であり、ブリジットの主である在原長秋は屋敷に戻っていた。
正門で出迎えたのは庭師型アンドロイドのグレース。
玄関で出迎えたのは調理型アンドロイドのキャサリンだった。
「マーガレットは?買い物か?」
ハウスメイドのマーガレットの姿が見えない。
キャサリンに聞いても回答しようとしなかった。
が、長秋は暫くぶりの生家に大きな変化がないことにまずは安堵した。
「さぁ、たんとお召し上がりくださいませ。」
主の帰還に豪勢な晩餐で喜びを表現するキャサリン。
「変わりなくて安心した。
僕の不在時にも、そのまま料理をオートメーションに作り続けてなくて良かったよ。」
並べられた自分の好物を前に、皮肉っぽく返しても、最新型アンドロイドのキャサリンは意に介さない。
「当然ですわ。不在時用のプログラムが作動するだけであります。
それに過去にも宿直や出張もあったではありませんか。
私達は充電出来る環境と使用契約が存在する限り、ご主人様に最善を尽くします。」
「そうか…、マーガレットの不在理由を答えないのも、僕の為の最善か…。」
「はい…。」
「それよりもこのご馳走はどういうことだ?
栄養学を無視し過ぎじゃないか?」
「いいえ、バランスの偏りなど、一週間、1ヶ月のメニュー変更でなんとでもなりますわ。
もうこれからはずっと私と…。」
「そうか最後の晩餐じゃあなかったんだな。」
自嘲気味に言ってみて、長秋が自分を廃棄申請するのを感付いての晩餐かと疑ってみた。
が、その時長秋は自身の異変に気付いた。
「キャサリン…お前、料理に何を…。」
「安心してくださいませ。
私は主との心中を願うようなポンコツではありません。
ただ…私の人工知能が、長秋の心と身体の健康を永遠にお守りするには、これしかないと判断したのです。」
椅子の後ろに立ち、首に手を回すキャサリン。高温調理用に重工な金属の彼女の肌がやけに柔らかい。
「さぁ、長秋様。私を…お召し上がりくださいませ…。」
「君は…自分を性接待のセクサロイドに改造したな!?マーガレットの不在とも関係あるのか?」
続
「私は…。」
と、切り出したブリジットの表情は儚げではあったが、芯の強さがあった。
これから自分に起こるべきことを静かに受け入れようとしているようだった。
「私はアンドロイドです。人間の指示に従い、決定して貰いたいという傾向があるかと思います。
ただ…。」
「ただ…?」
「柿本様のお話は大変興味深いお話でした。
では私からこんなお話を。
世の中にはたくさんのアンドロイドが人間と人間社会の為に働いてますが、どれほどのアンドロイドが『使命』を全う出来ているのでしょうか?」
「…そうだな、こんなモグリ商売してる俺の所に改造を頼みにくるぐらいだから、正規ルートではもっと大変なんだろうな。」
「はい、容姿が気に入らないや言葉遣いが悪いならまだしも、満足に充電も定期点検もさせず、取り扱い説明書をまともに読みもせずに『こんなのを購入したつもりはない』と、あっさり返品交換や廃棄に出す始末。
主のわがままが故に、性格データもルックスデータも変更され、担当する仕事さえも変わり…、それは『自分』といえるのか?と、この私の拙い人工知能が袋小路に迷い込むほど結論が出なくなることが…。」
「アンドロイドが『自分とは何か?』の問いかけか?『哲学だな…。』と言う前に、アンドロイドの違法改造を生業としてきた俺には耳が痛てぇな。」
「ち、違います!言葉足らずで申し訳ございません。
柿本様は、幾多のアンドロイドに再チャンスを与えましたわ!発端が人間側のエゴだとしてもです。
人間側とアンドロイド側双方から、その仕事を通じて感謝し、感謝される。
これより素晴らしい関係があるでしょうか?
無事に役目を終えて引退出来るアンドロイドはごく少数です。
そんな中私は、長秋様と柿本様のお役に立てる道が見えました。
本当に感謝しています。
先ほど、『自分とは?』との哲学の話が出ましたよね。
哲学って信念から始まるんだと思うんです。」
「いい笑顔だぜ。こっちが辛くなるくらいにな…。」
「長秋様によって私は、人間には心があることを知りました。
柿本様によって私は、自分にも人の心が宿っていることを確信しました。
後は死に方だけの問題です。」
それは覚悟を決めたブリジットの、最も強い信念であった。
柿本は長い沈黙の後…
「俺に感謝してるか?」
「勿論ですわ、誰よりも…。」
「じゃぁ、残りの日は俺のことを『直哉』と呼べ。絶対に『様』は付けるな。」
と、切り出したブリジットの表情は儚げではあったが、芯の強さがあった。
これから自分に起こるべきことを静かに受け入れようとしているようだった。
「私はアンドロイドです。人間の指示に従い、決定して貰いたいという傾向があるかと思います。
ただ…。」
「ただ…?」
「柿本様のお話は大変興味深いお話でした。
では私からこんなお話を。
世の中にはたくさんのアンドロイドが人間と人間社会の為に働いてますが、どれほどのアンドロイドが『使命』を全う出来ているのでしょうか?」
「…そうだな、こんなモグリ商売してる俺の所に改造を頼みにくるぐらいだから、正規ルートではもっと大変なんだろうな。」
「はい、容姿が気に入らないや言葉遣いが悪いならまだしも、満足に充電も定期点検もさせず、取り扱い説明書をまともに読みもせずに『こんなのを購入したつもりはない』と、あっさり返品交換や廃棄に出す始末。
主のわがままが故に、性格データもルックスデータも変更され、担当する仕事さえも変わり…、それは『自分』といえるのか?と、この私の拙い人工知能が袋小路に迷い込むほど結論が出なくなることが…。」
「アンドロイドが『自分とは何か?』の問いかけか?『哲学だな…。』と言う前に、アンドロイドの違法改造を生業としてきた俺には耳が痛てぇな。」
「ち、違います!言葉足らずで申し訳ございません。
柿本様は、幾多のアンドロイドに再チャンスを与えましたわ!発端が人間側のエゴだとしてもです。
人間側とアンドロイド側双方から、その仕事を通じて感謝し、感謝される。
これより素晴らしい関係があるでしょうか?
無事に役目を終えて引退出来るアンドロイドはごく少数です。
そんな中私は、長秋様と柿本様のお役に立てる道が見えました。
本当に感謝しています。
先ほど、『自分とは?』との哲学の話が出ましたよね。
哲学って信念から始まるんだと思うんです。」
「いい笑顔だぜ。こっちが辛くなるくらいにな…。」
「長秋様によって私は、人間には心があることを知りました。
柿本様によって私は、自分にも人の心が宿っていることを確信しました。
後は死に方だけの問題です。」
それは覚悟を決めたブリジットの、最も強い信念であった。
柿本は長い沈黙の後…
「俺に感謝してるか?」
「勿論ですわ、誰よりも…。」
「じゃぁ、残りの日は俺のことを『直哉』と呼べ。絶対に『様』は付けるな。」