最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦 -23ページ目

最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

このブログは、私SPA-kが傾倒するギリシャ哲学によって、人生観と歴史観を独断で斬って行く哲学日誌です。
あなたの今日が価値ある一日でありますように

灯りの消えた屋根裏で、両手で膝を抱えるブリジット。

倉庫代わりに「無用の品」が押し込められた柿本邸の屋根裏。
その雰囲気に違和感を感じずに溶け込む自分に自嘲する。

「私はここに来ることになってたのかなぁ?
仕事の出来ない執事が、ご主人様のご友人の屋根裏部屋を最期の居場所にするだなんて…なんだか私らしいのかなぁ?」

もしも自分が人間でならば、微睡むままに寝落ちしてしまいなぁと思ったが、自分はアンドロイド。
寸暇を見つけては、ただ充電をして有事に備えるだけだった。
「何もしないってのも悪くないかもしれない」

という不条理さを理解出来るほど、ブリジットの人工知能は人間臭くはなかったが、思考が袋小路に迷いそうな頃に自分を呼ぶ声を聞いた。

「ブリジット、降りてこい、今は安全だ。」

主である在原長秋の声で階下に降りる。

あれだけ憎らしいキャサリンが、自分に親切だったグレースの手により遺棄されたと聞いた時は衝撃だった。
しかし、それ以上の衝撃はグレースが感染症にかかっているということだ。
しかもそれは自らの不完全な改造で人間と交わったマーガレットから感染したということだ。
どんなにキャサリンから冷遇されようとも、グレースは親切にしてくれた。
グレースがまだ無事ならば出来る限りのことはしたいと願うブリジットだった。
****
「あのう…それでグレースさんは…?」

おそるおそる質問するブリジット。
応えたのは柿本直哉の方だった。

「今は地下の無菌室に隔離してある。
可能な限りの除菌と洗浄はしたが、それは上っ面だけだな…。身体の奥深くにまで侵食したカビと錆びは取り除くことは出来なかった…。」

「そんな…柿も…いえ、直哉は世界一の科学者だと豪語してたではありませんか!?
グレースさんを助けてくださいませ!」

「俺だってそうしたいさ!
だが、あんな厄介なカビは初めてだ!
その生態を調べようとするコンピュータを狙い打ちするかのように感染してくる。
まるで意思があるかのようにな。
だから俺は自分の目と腕と勘でしか、彼女を…グレースちゃんを処置出来ないんだ…。」

「これは医師としての僕の見解だけど…あのカビと錆びは今の所は人間には無害だ…。勿論、外部での接触の範囲だけどね。」

「そうですか、長秋様と直哉のお身体がご無事で安心致しました。」

「あの恐ろしいカビは、アンドロイドの新型の人工細胞を好む性質がある。」

「キーーィ!!」

と切り裂くよくなうなブレーキ音が修理工場に響くと、二人の男女が今や遅しと出迎える。
長秋のポルシェから降ろされたグレースが三人に抱えられながら、キャスター付きのベッドに移される。

「地下の手術室だ! 準備はしてある!」

「すまない、柿本、樹乃ちゃん。」

「…ブリジットちゃんは、お前の為にあんなに『患者』になりたがってたのに、まさかお前が『本物の患者』を連れてくるなんてなぁ」

「細かい話は後だ!柿本、君は世界一のロボット工学者のはずだ。
グレースを、僕の大切なグレースを助けてくれ!」

「やれるだけの事はやる。
だがこいつはかなり厄介だぜ。」

「あっきー、ブリジットちゃんなら安心して。
私達が合図するまで、絶対に二階から降りちゃだめ!って強く念押ししといから。」

「すまないな、樹乃ちゃん。
だが、君にはこれからもっと大変な…。」

「へへん、わかってるわよ。女スパイの柿本樹乃!あっきーの為、兄貴の為、ブリジットちゃん、そしてグレースさんの為に、そのマーガレットっていうハウスメイドに手を出した男を洗ってみるわ。」

「あぁ、ありがとう。
グレースの話では、僕の不在中に屋敷を訪れた管理会社の人間らしい。
そいつの通院歴を調べてくれ。」

「OK!ホントに世の中には私みたいな若くて可愛い女の子が暇を持て余してるってのに、なんで男連中は機械の女に走るのかねぇえ?
しかもアンドロイド自身が自分で改造した女なんて。
あたし逆の立場なら絶対無理!」

****
地下手術室

「どうだ、柿本。」

「身体の外側にも内側もカビと錆びが酷い。
違法に改造されたセクサロイドは、胎内まで抗菌コーティングされてない粗悪な改造をされた場合が多いからな。
ウチの工場ではそこらへんもケアしてるがな。」

「だが、キャサリンとマーガレットがそこまで劣悪な改造を選択するか?」

「さぁな、ただ良品のセクサロイドは厳密に国家が管理してるってことさ。
なんせ男の体液が直接自分の内部に触れる可能性がある、なんて情報は表には絶対に流れないからな。キャサリンとブリジットの人工知能がそこにたどり着けずに、自らの判断に間違いないと思ったんだろうな。
だがそれにしてもこのカビと錆びの感染力はなんだ?
彼女の身体の金属部分を酸化させ、人工細胞の部分は強力に腐食させている。」

「俺たちには無害なのか?」

「今のところは…な…。」

それは「声」でなく「音」なんだと、目の前に広がる光景を見ながら、長秋は思い込もうとした。

「最期に…長秋様をお守りすることが出来て良かった。
私とキャサリンは同格。
彼女の選択を止める権限は私にはなかった。
だが、主に『危害』を加えようとしたからこそ、私はキャサリンを『始末』することが出来た…。」

床に横たわるキャサリンに、鉄パイプを突き立て、背中の中心を目掛けて思い切り降り下ろした。

「断末魔」ではなく、ただの「ノイズ」なんだと必死に思い込み、機械としてはあまりに人間臭く、女性と呼ぶにはおこがましいキャサリンの散り際を見届けた長秋だった。

「助かったよ、グレース。」

「いいえ、今でこそ、庭師型ですが、そもそもは警備型のアンドロイドとして当然のことをしたまでです。」

「グレース、君も僕と柿本の所へ行こう。ブリジットも喜ぶよ。」

「いいえ、先ほど仰った通り、私はこれで最期です。一緒には行けません。
私はこの屋敷ととに終焉を迎えます。先の二体を葬れば私もすぐ…。」

「な、何を言ってるんだ?キャサリンの行為に責任を感じてるのか?それは君が負い目を感じることでは…。」

「長秋様、百聞は一見にしかずです。
モニタールームへ…。」

案内されるままに、屋敷内の複数の監視カメラから映し出されるモニタールームに移動する。
その中で二階屋根裏の現在の状況を映したモニターを観るようにグレースに言われると…。

「マーガレットなのか!?」

床に倒れたハウスメイド型アンドロイドのマーガレット。
屋敷に戻った長秋が一番に不審に思ったのが、このマーガレットの不在と、それを説明しないキャサリンだった。
漸くモニター越しにマーガレットを見れたが、その姿に愕然とする長秋。
その傍らでグレースから説明が入る。

「マーガレットはキャサリンの命令で、キャサリンより先にセックスアンドロイドに改造されました。
そしてこの屋敷を訪れた管理会社の男性を『最初の客』として迎えた直後に機能停止しました。
キャサリンはお父上様とお母上様が長秋様の為に遺したこの屋敷を娼館に貶めた!
私はお母上様の命令で長秋様をお守りしなければならなかったのに…!」

「そうだったのか…。グレースは母さんの命令で僕とブリジットを守ってくれてたんだな。」

「マーガレットは下半身と胎内から『カビと錆び』を発生させました。そして私とキャサリンも感染しています。」