最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦 -22ページ目

最後の哲学者~SPA-kの不毛なる挑戦

このブログは、私SPA-kが傾倒するギリシャ哲学によって、人生観と歴史観を独断で斬って行く哲学日誌です。
あなたの今日が価値ある一日でありますように

「グレースさん、ご所望の書籍をお持ち致しました。」

「ありがとう、ここでの療養生活は退屈のでね、助かるよ。」

「…不思議なものですね、アンドロイドの私達が紙の本を読むなんて…。」

「…もう、私の人工知能ではネット検索からのダウンロードは記憶回路と運動機能にも負荷がかかり過ぎるからね。
それに最新機器を好む腐食性のカビが私とこの部屋に蔓延している。タブレットで電子書籍を読むわけにもいかないからね。」

「身の回りのお世話をすることでしかお役に立てない自分が腹立たしいいです。
根本的な治療は長秋様と直哉がどれだけ頑張っても…。」

「いいんだよ、ブリジット。
私は消えゆく身であることを受け入れている。
だから今は残された時間を有意義に凄そうとしている。
それはブリジット、君の為でもある。」

「私の…?」

「あぁ、そうだ。
私はもういつ機能停止しても後悔はないが、唯一の心残りは、君の行く末だ。この本のタイトルにもあるように『君はどう生きるか?』だよ。
確か、長秋様や柿本様にも同じ事を言われたと思うが。」

「はい、ですから私は長秋様や直哉の手足となり『高度医療遠隔操作アンドロイド』として…。」

「その場合も『医者』の在原長秋様に仕えるか、『科学者』の柿本直哉様に仕えるかで、君の進む道は変わるさ。
ブリジット、君は本当はわかっているんだろう?いつか答えを出さないといけないことを。
君の思考回路をフリーズさせる根本が君自身の行動と決断に委ねられているということを…。」

「私は…私は今はグレースさんの看病で…。」

「…『いつまでもこの関係が続けばいい』なんてのは君の中での逃避だ。
自分で道を決められるというアンドロイドが世界にどれほど存在すると思う?
旧型や新型が問題ではない。
医者と科学者が問題でもない。
主従関係すら問題でないだろう。」

「では何が問題だと?
私は皆様のお役に立てるだけで幸せです!」

「ブリジット、君は気付いてるはずだ。
問題は男と女の問題だ。
柿本様が何故、君に『直哉』と呼べと言ったのか?
事の是非が問題ではない。
応えてあげることが女としての誠意だ。
そして君がどうしたいかを告げてあげることがだ。」

「直哉…様のお気持ち…?」

「そうだ、柿本様は君の主でない。だからこそ君は自分で自分の事を決めるんだ。
私の最期の願いだ。
どちらを選んでも構わない。
君が自分で決めるのが大切だ」
「ブリジット、遠隔操作モード入ります!」

無菌室のコンセントとブリジットの背中がケーブルで繋がれる。

人間への感染の可能性がゼロでないために開発された、長秋と直哉の合作だ。

本来は人間を治療する為の遠隔手術システムを、アンドロイドであるブリジットの手を使って行われる。
高濃度塩基が染み込んだ布で、ゆっくりとグレースの身体を拭いていく。
その手は確かにブリジットだが、操作しているのはリモコンハンドルを操る長秋だ。

ただ除菌消毒するだけではない。
ブリジットのアイカメラを通してリアルタイムで現在のデータが送られてくる。
病床(?)のグレースを前に不謹慎ではありながらも、ブリジットは喜びを感じていた。
主である長秋の手によって自分の手が操られている。
自分が見た物が直哉によって分析されている。
文字どおり手足となって役立っていることが、ポンコツ扱いされ続けたブリジットに取ってこれ以上ない幸せであった。
だが、この時間はグレースの命の蝋燭の微かな揺らめきに委ねられていることは十分に理解していた。


ブリジットはただ撮っているだけだ。判断はしない。
無菌室内には人工知能を好むカビが蔓延しているからだ。

データの分析・解析は、この遠隔操作システムをも開発した直哉の仕事だ。

「やはり…ただの延命治療に過ぎないか…。
グレースちゃんの記憶回路にまで錆びが侵食するのも時間の問題だな…。
ボディはいくらでも修理交換出来る。
人工知能はいくらでも最新型に取り替えられる。
だが記憶回路はアンドロイドの心そのもので魂だ!
時間が…欲しい…いや、時代を追い越すほどの技術が欲しい!今すぐにだ!」

「柿本、僕達はそれでも前を向かなきゃ。投げ出すことは許されない。
せめてこの闘病記録を次世代に残さないと…。」
****
「グレースさん、ブリジットです。」

「今日は少し早いな…それは?」

「はい、在原邸の近所で柿が実をつけましたので。
この無菌室は殺風景ですので、せめてグレースさんに季節の変化だけでも感じてほしくて…。」


「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺か…。」

「正岡子規の句ですね。私のデータにもあります。」

「彼は病床でこの句を読んだ。
妹の介護を受け、弟子が句を聞き取り、編集に伝える。それだけで出版社から膨大な収入で弟子と妹を養っていた
本人は寝たきりでもだ!
そして妹が運んできた柿でのみ、今が秋だと知ったんだ。」
グレースが運びこまれてから3ヶ月後
****
「まるで時限爆弾だな。」

と、二人の「学者」が互いの「カルテ」に目を通しながら中間報告をする。

医師の在原長秋は、庭師型アンドロイドの人工細胞に感染した「カビ」について報告する。

「最新型アンドロイドの柔らかな人工細胞を好む性質があるな。
一時は人間への集団感染もあるかと、マスコミがパニックを煽ったが、血管内に入るか、高濃度の空気を長時間吸わない限り問題ないな。」

「群衆の心理なんて身勝手なもんさ。一様に調査も研究もせずに『新型は危ない、人間に感染する』だなんて言って、流通量の少ない旧型アンドロイドを買い漁るんだからな。」

「ブリジットと同型がブーム再来となるわけだ。」

「こっちもやりきれない結果だ。
長秋、お前はあの時、愛車のポルシェでグレースちゃんを運んで来て大正解だったな!」

「何、やはり『錆び』の方は自動運転機能にも?」

「あぁ、あの『錆び』はレアアースが大好物みたいだぜ。つまりは『半導体』だな。」

「半導体がどうなんだ?」

科学者の柿本直哉がその方面では素人の長秋に説明する。

「半導体ってのは電気を通す性質と通さない性質の両方を兼ね備えてるから『半』導体なんだ。
電気が通った場合と通ってない場合で『分岐』するから選択肢が増える。これが人工知能の基本中の基本だ。
つまり優秀な頭脳を持つアンドロイドや精密機械ほど…。」

「数多くの半導体と、希少なレアアースが使われてると…。マスコミには到底発表出来ないな。パニックの餌をやるようなもんだ。」

「国家がおおっぴらに『検査に合格してないセクサロイドを抱かないでください』なんて言えるわけないしな。まぁ、ネット上ではもはや公然の秘密だが」

「この件を世間に公表した僕達は『時の人』として注目されたが、それは同時に解決も委ねられた。ここで終わらせたらただのアイドルだ…。」

「わかってる!俺は表の世界に返り咲きたい、お前は医者として一花咲かせたいなんて願ってたが、一応はそれは叶った。
だがそれは…。」

「グレースだけじゃない、キャサリンとマーガレットの犠牲、それにブリジットの献身のおかげだよ。わかってる。」
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地下無菌室

「グレースさん、ブリジットです。お身体をお拭きする時間です。」

「ブリジット…もう明日から来なくていい。
君が危険だ。」

「昨日も同じセリフですよ♪私は大丈夫!」続