今日はレイラインハンターの内田一成さんが講師となって、
鎌倉のレイラインの野外教室。(レイラインが何かご存知ない方は検索してね)
鎌倉駅で集合、観光客がごった返す中、鶴が岡八幡宮へ。
神社の80%は、中国の影響で、北を背に南を向いて社殿が建てられているというが、
ここはそのセオリーに合わず、僅かに南北ラインから外れて建てられ、
それがそのまま若宮大路となり、海へと繋がっている。
こういう場合は、その到達点にかつて重要な意味があったとされ、
多分京都から勧請された八幡宮が最初に置かれた場所ではないかと言われている。
そして八幡宮の近くの荏柄 天神社では、社殿とは別に、洞窟の小さな祠があったが、
完璧に西に向かって開いている。
これは、彼岸の時に、西に沈む太陽が洞窟の中に差し込み、
中の像を照らし出すための装置になっているという。
ストーンヘンジは夏至の太陽の光が中央から出るように配置されているとの事だが、
近所の小さな神社でも、ここのように太陽の光を意識して作られていると言われると、
これから神社にお参りするとき、見方がぐっと変わってくる。

古代、中世の人々は、繁栄、または敵の力を弱めるために、
意図的に慎重に、土地をエネルギー装置として使ったらしい。
今でも香港などでは、ビルを建てるにも風水を意識して建てられるという。
こだわり過ぎもどうかと思うけど、
確かに、まっさらな机の上に物を一つ置くだけで、その場の空気は変わってくる。
私たちはそういう影響を知らず知らずのうちに受けながら生活している。
今日は、何度も足を運んでいる神社が、方位の見方一つで奥行きがぐっと広がった。
面白い体験でした。
ちなみに、荏柄 天神社のさらに東にある鎌倉宮は、
明治政府が武士の力(江戸幕府)の力を封じ込めるために、
その武士の象徴である八幡宮の東ライン上に建てたらしいです!
こうしてみると、今私たちが住んでいる処でも、
昔の地名や路などが、とても大きな意味をもっていたかもしれない。
結構面白いフィールドワークです。(はまりすぎると、旅費が突出する、ご用心!)

ミリオネアコンサルタントの鳥居祐一さんの本を読んでたら、
「仕事」について面白い事を書いていらした。
ご自身の会社員時代の経験からその後独立して今に至るまでの経過を振りかえり、
それぞれの「しごと」に下記の字を当てています。
人に使えるのが「仕事」でこれが一般的だが、
これはいやいややったりする「死事」、
何もしなくなる「止事」につながってしまう場合もある。
今多くなっている会社での鬱や苛め等はこの延長上にある。
自分の好きな事、得意な事をやるのが「私事」、
これはベンチャー起業家で、こういう人をビジネスマンと呼ぶのだそうだ。
その「私事」で成功した人が次に進むのが「志事」、
これは自分のためだけでなく、人の役に立つ使命感を持つ域、ということです。
(書いてはいないけど、松下政経塾を作った松下さんや、京セラの稲垣さんが
有名な代表例でしょうか。)
誰かに仕えることも、人生上の経験として価値のあることだし、
誰かの下で働く事で、逆に才覚を発揮したり満足感を持つ方だっているだろうし、
世の中の人間全てが、独立、起業に適しているわけではない。
リスクをあえて侵す覚悟も、起業家には必要ですが、
そこまで肚をくくれない事情だって各人にはあるでしょう。
成功の達成感も人それぞれで違うから、物差しがあるわけでもない。
でもたとえ「仕事」でも「私事」に変化させる事は可能かもしれない。
お給料をもらわない形でも「私事」「志事」はできるかもしれない。
「私事」を飛ばして「仕事」が「志事」に繋がるかもしれない。
人や社会のために何かつながって役に立てることが大事なんだなと、改めて思う。
面白い当て字に出会えました。




かなり以前に、NY郊外にあるアーシュラムで、瞑想のプログラムに参加した。
最長は1ヶ月のロングコース。私はもう少し短い参加だったが、
瞑想の合間の講義ではせっせとノートを取った。
最近、そのノートを読み返していて、一つの言葉に出会った。

「自分の偉大さを知ると、自分の欠点を直面する勇気が出る」

普段、私たちは自分の欠点が無くなったら、偉大になれると思っている。
(もしかしたら、今の自分以外の別者になれるとも、思い込んでいる)
だけど、自分の神聖さを認める事が、先なんだな。

読み返してみると、実に珠玉の言葉がちりばめられている。
これは宝の持ち腐れ、でした…。10数年の間、読み返す事もなく放置していた。
でも今この言葉に出あったのは、今それが必要だから来てくれたのだろう。
五木寛之が、最近「杖言葉」という本を出版した。
これも私にとって「杖言葉」なんですね。