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渋谷で全速力で働く27歳のブログ

仕事は全速力、プライベートはゆるゆるな27歳男子がジェントルな30代を目指すためのブログです。

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草津の話はあと一話残っているが1日寝かせよう。

大学時代の親友との飲み会兼誕生会があったからだ。所沢のえん楽という行きつけの隠れ家に今日もいった。

右に写るは中大の入学式で僕が一番最初に話しかけたRである。仙台から上京し、右も左も分からず友達も一人もいない僕はたまたま同じクラスのRに出会った。香川県出身で年は一個上。名字が大貫であいうえお順で小野と近いこともあり並びが横だった。なんてことのない出会いだった。話すと口数はそれほど多くはないが、人間として芯が通っており、お酒が入るとときには熱っぽく語りだす。僕は彼の人柄がすぐ気に入った。大学1年時の前半は好きなバイクを買うために皆がサークルやら色恋沙汰に励むなか脇目も降らずバイトに勤しんでいた。念願のバイクを手にすると日本全国ツーリングへ。顔は少しコワモテだが、意外に甘いものが好きでよく男二人で学内で甘味を食べていた。

左は僕がいた総合政策学部で大学1年の末にSAという次に入学する1年生を迎えるイベントで知り合ったMである。曲がったことが大嫌いでいつも自分の心に素直に生きている恋多き女子である。

僕たちは出会った時期もバラバラだったが定期的に飲んだり遊ぶ間柄になった。

卒業してまる5年たってもその関係性は何も変わっていない。お互いの身の丈話を年に3~4回は会って話す。ずっとそうやってきた。僕は二人が大好きだし、きっと二人も僕を好きでいてくれる。ときには耳が痛いほどの直言を余すことなく言ってくれる。僕のいいところも悪いところも全部わかってくれている。二人と飲むときは普段あまり話さないようなことも自然と口にでる。

とっても居心地がいいのである。もちろん居心地がいいだけではなく、元気ももらえる。明日からもっと頑張ろうと思えるようなパワーが自然と湧いてくるような。

今日はRから嬉しいいい話が聞けた。聞いた瞬間に心があたたかくなった。

も知り合って10年を迎えようとしていた。
帰り際。いつももうちょっと話していたいと思う。それでも僕らは帰路につく。
そんなときだけ、ちょっと大人になったような気がする。

次はそれとなく8月11日に再会を約束した。
帰路の電車は空いていた。
夕食のバイキングを終えた僕は宴会場に迎った。杉山会長の挨拶はこんな言葉から始まった。「『恒産なくして恒心なし』。中国の孟子の言葉であります。恒産とは自分の糧となるべき仕事や持家等の財産です。そうした安定した基盤がなければ豊かな心は望むべくもありません」。至極もっともな内容ではあるが大切なことだと思った。

宴会が始まった。様々な方と積極的に名刺交換し、話をした。名刺交換した中で体育舘会系の学生を軸にした採用支援をしているスポーツリンクの谷口社長という方は僕の前職の会社と付き合いがあった。聞いたことがある名前だとは思っていた。話すと前の会社で一番お世話になった元上司のNさんの名前が出てきた。驚いた。世間は本当に狭い。


建築事務所の社長や、ホームレスを経験した方、日本の筆ペンの技術を応用し、世界に名だたる有名ブランドの化粧品にも使われている会社の社長もいた。普段なかなか経営者の方々と話す機会はなかったので大変有意義な時間を過ごした。

一次会は3時間近くに及んだ。その後仲良くなった会社の社長を含め5名でラーメンを食べに行こうという話になった。フロントでタクシーを頼み、草津の中心街である湯畑までくり出した。数少ないラーメン屋を見つけ味噌ラーメンを頼んだ。上州味噌仕込み。意外にあっさりで酒飲みの胃袋に優しい。もちろんラーメン屋でもビールを呑みながら話しにふける。

店を後にし、目の前に広がる湯畑の近くにある足湯に男5人で入る。僕は断トツで年下だった。40代前後が3名と60歳を超える工務店の社長。僕たちが腰かけた対面には東京から旅行に来ている大学生らしき若者。工務店の社長が女性の口説き方を熱く語っている。その話しぶりがあまりに下品で大学生たち大爆笑している。僕も声を大にして笑った。社長はそんな周りの様子にちっとも動じない。むしろ口調はヒートアップする一方だ。齢60を越えてもヤンチャな子ども心を持っている。自分にずっと素直に生きているに違いなかった。

ホテルに戻り二次会に合流する。テレビはW杯のアルゼンチン戦を映していたがなかなか目に入らない。酒飲み話が盛り上がったせいである。初対面なのが嘘のように打ち解けていた。
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関東は梅雨入り前の最後の快晴の土日だったのかもしれない。上越自動車道はときおりなだらかな渋滞となっていた。草津へ着いたのは14時30分頃だった。

宿泊先は草津中心街から少し離れた中沢ホテルウ゛ィレッジという場所だった。国立公園ベルツの森と呼ばれる森林に囲まれている。

館内は少し古びたリゾートを連想させた。草津温泉の中でもここには『綿(わた)の湯』と呼ばれる源泉がある。名前の通りわたのように軟らかな湯というのが由来らしい。人の体がすっぽりと入る細長い深底の湯が4つほどある。部屋は少し強い硫黄の匂いに満ちていた。その一つに入ろうとすると湯のそばにたつ老婆に止められた。『まずはこの桶で湯を汲み、頭から30杯かぶるのです』。どうやら入浴前にかぶることで脳内の血行がよくなり脳卒中や脳溢血を予防するらしい。足を崩し、風呂横に座る。頭から勢いよく湯をかけられた。硫黄が眼に滲みた。悲痛な叫びをあげるも老婆はお構い無しにかけ続けた。『ほら、ご自身でどうぞ』。黙って数を心の中で数えながら頭にかぶった。湯の熱さは脳にもやがかったような錯覚をもよおす。
ようやく30杯まで到達し湯船につかる。男性が横に三人並ぶと隙間はほとんどない。軽く立ち膝の状態になった。眼前には砂時計がある。3分設定とのこと。湯圧がかかるから5分以上は心臓負担がかかるからまずいらしい。湯はトロリとするような感覚である。わたの湯。なるほど。温泉にも正しい入り方というのがあるのを初めて知った。

つかっていると全身から疲れがすぅーっと抜けていくような気がした。

老婆がしきりに『いかがでございますか』と周りの方に聞いている。目元がうっすらと笑っていた。


風呂前には照芽屋六兵衛という講談師の講談があった。題目は美智子様と綿の湯の秘話。草津は音楽祭が年に数度行われることでも有名である。音楽に造詣が深い皇后美智子様がある年に訪れた。警備には群馬中から県警2000名が私服で動員された。偶然にも美智子様の旧友が近くを訪れていた。60年来のことである。もちろん旧友はなんとか会えないかと画策するもむろん容易ではない。諦めかけていたが、会いたい想いが駆け巡り、様々な方の協力もありその日の夜には美智子様に会えたという話。美智子様は中沢ビレッジにいた。わたの湯は縁結びの湯として詠われているのにはこんな秘話があるからだ。

六兵衛さんは、正座をしたまま右手と左手を交互に巧みに使い分け講談をしていた。話し方のアクセント。ときにはユーモアの落ちありと30分はあっといい間に過ぎた。

夕食は和洋中のバイキング。
毎週土曜は鮪の解体ショーをやっているらしい。解体後すぐに中落ちやトロがお客さんに振る舞われた。僕はいの一番に皿にもられたトロをいただいた。普段の三倍の量は食べただろう。
宴会を前にしてココロもお腹も満たされていた。