渋谷で全速力で働く27歳のブログ -10ページ目

渋谷で全速力で働く27歳のブログ

仕事は全速力、プライベートはゆるゆるな27歳男子がジェントルな30代を目指すためのブログです。

奥田英郎の上下間の小説にここ数日ふけっていた。トータル600ページは悠に超えるも気づいたらものすごい速さでページをめくっていた。


一言で言うと95%以上暗い物語である。

ギャンブル好きのサラリーマン及川が、会社の金を着服し、放火を犯してしまうことから物語は始まる。彼は火傷を負うなどの被害者を頑なに演じる。が、素人に嘘が突き通せるはずはなく、主人公の一人である九野という警察官に執拗に尾行され、憔悴の一途を辿る。
もう一人の主人公及川の妻、恭子はスーパーでパート勤めをしながら二人の子供を育てるどこにでもいる主婦。

恭子は市民運動の名のもとに活動を続ける労働者支援の活動家にひょんなことから巻き込まれることに。

九野は警察組織とヤクザと会社ぐるみで隠匿を図る及川の会社の三者間の狭間にみるみる翻弄されていく。

九野は数年前に奥さんを交通事故で失っていた。言葉にできない喪失感は時おり九野の行動をおかしなものにする。

一方の恭子は自宅では容疑者扱いされる夫との関係は希薄になり、いじめにあう子供を守る立場におかれ次第に一人の状態では自分を保てなくなっていくのだった。


暗い話だとしても、読んでいるうちに物語の渦中にどんどん引きずり込まれた。


結末はここには書かないが、妙に共感した箇所がある。
『今のおれは何がしたいのか—。正義を貫きたいのか、悪を懲らしめたいのか、誰かに認めてもらいたいのか。きっとそんなんじゃないな…。たぶん、自分は人と深くかかわりたかった。ずっと人恋しかったのだ。』

ふとした瞬間に自分が何をやっているか分からなくなるときがある。なんでこんなことやっているのか。行き場を無くした子供のような心境に陥る。

前はこんなことはなかった。
少し考えすぎかもしれない。息継ぎが必要なのだろうか。この本を読んでいてとても不思議な気持ちになった。




今日は埼玉にあるとある中古パソコン販売の会社にいった。最寄り駅からバスで10分、停留所からさらに歩くこと10分。
年初に訪問してから会うのは2回目。

30代中盤くらいの一見人の良さそうな担当者は僕の提案を聞くとこんな話をした。『いまお付きあいのある会社はがんばってくれているんですけどね。成果が安定しないんです。正直成果が上がるのであれば別にどっち(の業者)でもいいんです。悩むなぁ』。

ちなみに現状の業者と比較されているのは僕である。かなり気分が悪くなった。


彼に最初に会ったとき話していた言葉がとっさに脳裏をよぎる。『最初にお付き合いした会社は金額がべらぼうに安かったんです。ただ営業マンが全然来なかった。受注したら、はい次みたいな。成果は安いなりにそこそこだったけど、正直付き合いを続けたいとは思わなかった。次は営業マンを見て決めた。対応は良くなりましたよ』。


最初はこんなことを言っていた担当者がたった半年で冒頭の言葉に変わってしまう。
もちろん、僕たちサービスを提供する側は日々、上を目指さなきゃいけないということはわかっている。お客さんの要望するレベルも上がることも。

厳しいことを言われても、その言葉の裏に自社や僕たちに対する期待を感じることがあるから、がんばっていける。


久々に残念な担当者に出会ってしまった。それでも仕事と割り切り、自社のサービスがお客さんの要求を叶えれると信じ臨もうと思った
ときはお昼前。新橋で新規訪問先へ足を急ぐ僕は駅前の広場を通りすぎようとする。お天道様は、すこぶる快晴にも関わらず、広場はものものしい雰囲気だった。見ると数社のテレビクルーが険しい面持ちでサラリーマンを物色している。『フジテレビですが、少々よろしいでしょうか?』。ADらしき若い女性から声をかけられた。急いでいたこともあり、丁重にお断りをした。

どうやら鳩山総理の辞意の表明に伴い街の声を集めているらしかった。

1時間程度の訪問を終え、正午を迎える新橋駅前広場に戻ると、鳩山総理辞任を載せた号外に群がる人だかりができていた。
関心を装うもの、まるで興味のなく通りすぎるものあり。号外を配る人は、ただの配達員か社員か分からかったが、『あぁ、もう号外がなくなっちゃいそうです』と舞台に立つ下手な俳優のような、白々しい声を挙げている。

鳩山総理は、基本的には悪い人間ではないと思う。総理の立場で、いかに振る舞えば良かったか、自分の言動がどう周りに移っいたか。どう改善すれば良かったか。押し迫るさまざまな難しい難問の波に、命綱なしで飛び込んでしまったようなものだ。ビジネスにおいては、ミスがあったとしてもいくらでも挽回できる。鳩山総理の立花は、挽回の機会以前に、辞任に追い込まれた。

政治家の家系に生まれ、裕福に育った。彼は積極的に、生活第一を掲げ、庶民の味方たろうとした。しかし、庶民の感覚がわからなかったんだと思う。ズレは政権樹立後、みるみる顕れてしまった。

今回の一件は、政治家に対する不信を増大したことは間違いない。自民党よりは、まし。そう国民から思われ、選ばれた政権は本質的には何も変わらなかった。

なぜ政治の世界には突出したリーダーが現れないのだろう。

それは日本の政治の仕組みにあると思う。選挙至上主義。政策よりも、街中でいかに多く足を使い、名前を連呼し、握手を重ねられるか。そして、金がかかり過ぎる。選挙資金が潤沢な政党の後ろ楯があるか、資産家の生まれかにより選挙の情勢は変わる。

古い体質があまりに残っている。時代は動いているにも関わらず。有能な若い議員や志しある立候補者が、政党に埋もれない、染まらない仕組みが必要ではないか。