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渋谷で全速力で働く27歳のブログ

仕事は全速力、プライベートはゆるゆるな27歳男子がジェントルな30代を目指すためのブログです。

朝、出社すると一通のメールが届いていた。

『先日はありがとうございました。普段、小野さんとやり取りする中で、御社の社風はどんな感じがずっと気になっていました。交流会に参加して、副社長のYさんを始め、皆さん本当に丁寧に対応していただけました。本当に小野さんと出会えて、御社と契約できて本当に良かったと思います。同席したMは、小野さんの対応とずっと笑顔だったことをすごい!と言っていました。私も10年後には、御社のようなビルに入れるように頑張りますね^_^これからもよろしくお願いします。』


朝から、何て嬉しい言葉を。
思わず泣きそうになった。


先週金曜日のこと。いま会社でもっとも力を入れている会員制のサービスに関わり、会員企業様限定のビジネスマッチングの交流会が自社のセミナールームで開かれた。

参加企業は37社。
僕のお客さんは3社参加してもらった。

今日、メールをくれたお客さまは僕がいま一番頻繁にやり取りをしているファッションコーディネート代行の事業を行っている。女社長のAさんは受付にて、参加企業一覧を受け取ると、ピンクのマーカー片手に、自社のビジネスに関連を持ちそうな企業に丸をつける。
2時間という短い時間の中で自分からどんどん積極的に他の企業の担当者に話かけていった。

打ち合わせのときはいろいろなことを悩みながら、考えるAさんもこういう場では驚くほど行動的になる。


その積極さに目を見張った。
終わった後、感想を尋ねると参加してくれた3社とも、本当に参加して良かったと言ってくれた。


そして、今日の朝のメール。

自社の存在意義。自分がこの1カ月半、お客さんのために動いてきたことが、ちゃんと届いているような気がした。


考える間もなく、同じ部署のみんなに共有した。
また社内から、感謝のメールをもらった。

自分の日頃の行動が巡りめぐってプラスの循環を起こしてくれたようだった。

今日は月末最終日。
営業にとっては、その月に動いた成果を形にするための長い長い1日。

結論が長引いていたシステム会社の部長さんからなんとか結論をもらった。


胃がチクチクする月末を何とかやり過ごす。
悪いことばかりではない。


夜は同期を二人引っかけて呑みにいった。それぞれに思うことはある。愚痴だって少しはでる。それでも、僕らは自分たちが目指すほんのちょっと前向きな未来のために、まっすぐ進むだけだ。

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中学生のときのことである。僕はバスケ部の傍ら、生徒会事務局に所属していた。きっかけは、小学校以来の友人から、生徒会副会長に立候補するにあたり、応援演説を頼まれたことによる。今だってあまり変わらないが、僕は親しい友人に何か頼まれるとなかなか断らない。

頼まれたからには、お勤めをしなければと思っていたら、友人はあっさりと当選した。行き掛かり上、僕も事務局に入ることになった。
当時の生徒会長は、Tさんというやり手の一個上の先輩女子だった。

なんやかんや1年近く、中学校全体の雑用?として行動を共にすることになったのである。

時は数えること13年近く。
今年初頭に久々に再開を果たした生徒会の面々5名は定期的に交流を持つようになった。

今日は大手保険会社の仙台支店で働くTさんが、研修で東京に来る合間を縫って招集がかかったのだった。

一次会は、月島。
もんじゃ焼きをほおばりながら、昼間っからビールを飲む。
思い出話しを酒の肴に、笑いやらツッコミが絶えない。

二次会はTさんの幼なじみの家で宅飲みの流れに。
昼の15時から飲み始め、終わったのは23時過ぎ。
飲みすぎて頭が痛い。
ひょんなことから十数年ぶりにの再会した僕らは、積もり積もりの話に時間を忘れて耽ったのだった。
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たまたまmixiでバスケの募集をしているのをみた。場所は練馬南ヶ丘中学校という家から割と近くにある。

久しぶりにボールを触りたくなって行くことにした。

南ヶ丘中学校は、僕が住む練馬春日町から、環状8号線を南に行ったところにある。

最寄り駅は練馬高野台だったが、春日町からは乗り換えを考えると20分。しかも、練馬高野台から徒歩12分というのを見て、家から歩くことにした。

環8は、それなりに交通量がある。途中に見知らぬ小さな神社があった。住宅街の多い地域に、ひっそりと林に囲まれていた。

歩くこと30分。ようやく着いた。体育舘に来ると、いつだって懐かしい気分になれる。

小学校高学年くらいのときだった。ジャンプでマイケルジョーダンストーリーという単発の読み物を見たことがきっかけだったことは今でもはっきりと覚えている。当時、ドッチボールにハマっていた僕は、バスケットボールにどんどんのめりこんでいった。嬉しかったのは、仲の良かった友達も一緒に夢中になってくれたことだ。夕暮れどき。いつもボールが見えなくなるまで、ずっと練習していた。

少し黄色がかった体育舘の光。
ダムダムとリズムよく床に響く音。
そしてクリアボードのバスケットリング。

時は移れども、この3つはなんにも変わっていない。

半年ぶり以上だったので、シュートは全然入らない。バスケってどうやるんだっけ?と思わず苦笑する。

ゲーム中心だったが、無心で楽しめた。体力は落ちていてすぐに息を切らす。ディフェンス中心で同じチームのメンバーに貢献することにした。

ゲームの合間に体育舘の外に出ると風が心地よい。
すごく充実した2時間30分だった。