写真は数日前のものです。


7月6日土曜日、出産して二週間目のこと。私は突然大量出血して救急車にお世話になり、子宮収縮剤も二回投与される事態となりました。



その日、晩御飯前にトイレにいくと、ナプキンに鮮血の生理二日目ぐらい量がついていた。減っていたはずなのに、また増えたこと、鮮血だったことにちょっとショックをうける。

主人にもそれを報告する。
椅子に座って主人が作った御飯をたべながらも、食事中に出血が流れた感じをリアルに主人に伝えた。
椅子に座ってから一度目の出血はまだ耐えられたが、二度目の出血はナプキンから溢れて、上にあがってる感じがした。嫌な予感がする。

主人に椅子から立ち上がるのが怖いと伝えた。思いきって立ち上がった瞬間、下着から出血が溢れて、床まで血がのびた。パジャマもスリッパも血で染まっている。床まで血がのびたことにショックをうけた。


「電話や!」
すぐさま病院に電話した。
電話の人はとてもクールで「古いおろが溜まってたのでは」とこちらの心労を察することなく、事務的に話す。耐えられなくて、主人に変わって貰った。
主人が状況を説明する。顔色や血の量などを。

「車で来いって」
電話をきった主人がそういう。今までにない主人のあわてぶりだった。戸締まりをして、子どもをチャイルドシートに乗せた。
最後に主人が自分の財布がないとあたふたしている。控えめだが、心は発狂するほど狼狽しているのだと思った。

準備はととのった。私が車に乗ればいいだけ。
パジャマのままだが、カーディガンだけ羽織り、もう一度、椅子から立ち上がった。

自分の中から、先ほどよりも大量の何かが落ちる感覚があった。怖くなってまた椅子に座りこんだ。

「またすごい出血した。怖くて立てない。救急車呼んで」

主人がすぐさま救急車に電話した。焦りながらも住所と状況を説明する。

「すぐ来るって。子どもをまた部屋に戻さなきゃ。僕は車で病院いくから」
チャイルドシートに乗せた子どもをもう一度ベッドにもどした。もうチャイルドシートには慣れたようで、泣かなくなったと主人が教えてくれた。

救急車が鳴らすサイレンの音が近づいてきた。安堵とともに、不安も増加する。3人の救急隊員さんが来られた。
医療機械を広げ、心音、血圧、目の状況を確認する。その作業を呆然としながら眺めつつも「救急車レベルでなくて呼んでしまってすいません。20年前は救急車呼ぶのに、7万円の税金が使われると聞きました。7万円お支払いします」と、やや半泣きで伝えていた。

救急隊員さんは「大丈夫ですよ」という。救急車のなかでも私はまた同じことを言ったけど、救急隊員さんは「大丈夫ですよ。これだけ出血あれば怖かったでしょう」と少し笑いながら、私の不安を払拭させるように伝えてくれた。


家に簡易のたんかがはこばれ、そこに横になるよう言われたが、椅子から立ち上がることでまた同じように大量出血する感覚が呼び起こされ、立てないと伝えた。そのまま私を抱いてたんかに乗せてもらった。

靴もはかず、家の天井と、家の玄関から救急車までの空を見て、救急車のなかに運ばれた。
詳しい状況を聞かれて説明する。
何時頃にそうなったのかーと。ただ呆然として、時間がなかなか思い出せなかった。思い出せたのは、晩御飯を食べながらつけていたテレビの99人の壁の佐藤二朗の顔だけど、それは伝えなかった。

飲んでる薬を聞かれ、鉄剤とロキソニンと答えた。どうしてロキソニンを飲んでいるのかと聞かれ、分娩後に歩行困難になって、下半身の痛み止めのためにロキソニンを飲んでいると伝えたが、分娩後に歩行困難?と少しよくわからないような反応があった。もっともだと思う。

分娩後のホルモンバランスの異常で骨盤のひずみができたことが歩行困難の理由、と内診では言われたが、私もよくわからない。ただ、出産後三日目ぐらいから咳をすると骨盤がポキポキなるようになった。相当緩んでいるのだと思う。



「もうすぐ着きますよ」と救急隊員さんは優しく接してくださり、ジャニーズ以上のイケメン感を感じながら、私は病院に運ばれた。ずっと天井だけを見ていた。
救急隊員さんはベッドまでそっと運んでくれたが、そこからは病院の看護士さんらが対応。分娩後の歩行困難のカルテはあるはずなのに、服を着替えさせるため、お尻あげて、と機敏な動きを求められる。出血のショックと重なって、なかなか動けなかったが、ゆっくり動いて着替えさせてもらった。

「すごい足の浮腫やね」
出血よりも、先に足のむくみを驚かれた。確かにくるぶしはもうない。

下半身を裸にされ、出血を確認。
私は何度もお腹を押され、苦しさに声が漏れた。溜まっていた出血を促すためにお腹を押しているようだった。

「子宮収縮剤いれますか?」という看護士2人と医師の会話が飛び交う。点滴に子宮収縮剤が投与された。

出産時の状況と似ていると、二週間前を少し思い出した。出産時も850ミリリットルの出血があり、止まらなくて子宮収縮剤を投与していたのだった。ただあのときと違って、リアルに出血の感覚がある。


ただただ呆然としていた。
「子宮の戻りが悪く、古いおろが溜まってたようです。おろはでてましたか?」看護士にきかれた。
「出てました。でも最近は量が少なくなってました。大量出血のまえに、鮮血の出血がありました」と答えた。

適切なおろの量と期間は、把握しきれてなかった。こんなものだと思っていた。

看護士さんが濡れタオルで血が付着した下半身を拭いてくださる。足も綺麗にふいてくれた。
しかし、おまたをタオルでがーがー拭かれたのは痛かった。会陰裂傷の傷もまだのこってるのに、、「いたい、、」と呟くように告げて、弱めてもらった。

適度に措置を終えたあと、「本当はもう帰ってもいいのだけど、そう言われたらびっくりするでしょう。今日は一晩入院して、朝に退院です」と言われた。確かにこのまま帰されたら泣く。

しばらくしてからまた様子を見ると言われ、私は放置された。主人にラインを送る。
子どもを見るために主人は家にいて、朝に迎えに来るという。
子どもは私が居ないことを察してるような泣き声になっていると教えてくれた。
私をもとめてるのか、私の母乳を求めてるのかそれはわからないが、、、


待ってる間、また出血の感覚があった。病院にきてからお産用パッドをつけてもらっているが、そこから溢れているような感覚があった。


どこかの途中で私の下半身をみたら、このお産用パッドが何倍もにふくれあがって、真っ赤なクッションのようになっていた。ものすごく怖かった。

30分経って、また内診に看護士さんらが来てくれた。お産用パッドを見て驚いている。
「まだ出血止まってないね」「違う子宮収縮剤入れますか?」
この時の声のトーンは、ここに駆け込んだ時よりも深刻な感じがした。
最初、救急車でここにきたときは、ごくまれにある産後出血というような対応だったのだとおもう。でも私は一つ目の子宮収縮剤で止まらなかった。

「さっきとは違う子宮収縮剤を投与しよう」
また新たな薬剤が加えられた。そして、30分後に新たに内診があった。

「出血おさまってます。大丈夫ですよ。もう少ししたら、病室に移ります」


なぜ大量出血したか原因を聞いたが、子宮の戻りが悪く、古いおろが溜まっていただけを繰り返される。分娩後、歩行困難になったことで、おろが停滞したかもしれないとも言われたが、これも憶測のことらしい。
年齢のせいでもないという。
はっきりとした原因はわからないのだった。


午後10時頃病院に運ばれ、気がつけば深夜1時を回っていた。あっという間の時間だった。
車椅子で病室を出た。そこは分娩室だった。またここに戻ってくるとは思わなかった。二週間前に通った道をまた車椅子で通る。

出産時に入院した部屋とは反対側にあるこじんまりとした個室に案内された。
ベッドには出血したときのために、シートがかけてある。
そのまま検査着で眠った。


朝早くに目がさめた。いつもと睡眠時間はさほど変わらない。
母乳やミルクを飲んだあとの満足げな子どもの顔が何度も何度も頭の中に浮かんだ。
気がつくと、検査着が母乳でぐっしょり濡れていた。

主人から今までにないギャン泣きで朝の五時半までぐずっていたとラインが届いた。私がいないのがわかるようだと。
主人は私の心配と子どもと二人っきりの時間で、相当疲れているようだった。


朝食が運ばれた。なんだかとても懐かしい。
そういえば、妊娠中、産後出血で生死の狭間をすごした人の漫画を読んだ。
その人は家事などの無理をしていたためそうなっていたので、料理や食器片づけなどは主人まかせの私はどこか他人事だった。
ただ出血があったときに私も動いていたら、同じようになっていたかもと思う、、。




朝、内診があった。
また子宮エコー検査。
出血は減ってるが、まだ子宮の入り口に出血の塊があるため、それを排出するための内服薬を出すので飲むように言われた。何日かぶんもらう。


さらに主人がきたときにも、同じように説明があった。
「だいぶ出血がありましたが今は出血がおさまってます。また同じような状況になれば、連絡下さい」という。
わざわざ主人がいるときにこれを伝えたことが怖かった。また同じようなことがあるのだろうか。ずっと心が震えている。

出血量を聞くと、病院で800、自宅で200の約一リットルの出血とのことだった。
救急車で来て良かったといわれ、ほっとした。


出血ショックで少し震えながら、ぎこちない足取りで病院をあとにした。


なぜ産後に大量出血になったかはわからない。子宮復古が滞って、おろが停滞した理由は不明のまま。
でも異常を感じたときに、必要以上に動かずに対応したことは良かったと思っている。

私が出産を控えている人にアドバイスできるのは、このことだけです。携帯電話は自分の手の届く所に常に置いておくようにしてください。


皆さんに良い産前産後の生活が送れることを願っています。