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カウンセリングサービスやなぎあこです。
『恋愛テクニック』金曜日「大人の恋愛術」執筆を、吉村ひろえ、沼田みえ子とともに担当しております。
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先日、カウンセリングサービスの母体、神戸メンタルサービスが開催しているオンラインの「ヒーリングワーク」にアシスタントとして参加をしてきました。
カウンセラー養成スクールである神戸メンタルサービスの「ヒーリングワーク」には、心を癒したい人や心理学を勉強したい人、カウンセラーを目指している人、すでにプロやボランティアのカウンセラーとして活躍している人など、本当にたくさんの人が想いを持って参加されています。
私が初めて「ヒーリングワーク」に参加したのは、もう20年ほど前になりますが、養成コースと卒業生コース、さらに以前はあった研修生という運営を学ぶプログラムにも採用して頂き、3年ほど修行をしましたが、初級と一部の時期をのぞいて、「ヒーリングワーク」には全てアシスタントとして参加をしています。
カウンセラーは「与える側」の仕事で、アシスタント実習は「与える側」のマインドを学ぶものだからです。
(カウンセラーに興味がある方、目指している方はぜひ、アシスタント実習を頑張ってみてください。得られるものがとても大きいと思います。)
常に、親のポジション、親の目線や想いで人に関わることになります。もちろん、憎い親、恨んでいる親への投影も自動的に引き受けますが、いかに、ネガティブな投影を良い親や愛情深い親に書き換えて目の前の人にお返し出来るか、「愛されている」と感じてもらえるように関われるかが、奮闘のしどころかな、と個人的には思っています。
心って単純なもので、ご自身の人生において、親をあまり好きでいられない状態であっても、「親のポジションにいる赤の他人」が愛情を持って関わってくれると、親のイメージそのものが書き変わってしまうことがあり、ご自身の親が「応援してくれている」とか「見守ってくれている」みたいな感じで、良い意味で心が誤認することにより、癒しが起きやすくなるのです。
他人からの関わりでも、心で切れていたつながりそのものが回復しますから「親に愛されていた」とか「私は親の喜びであった」とか、感じられることもあるのです。
奮闘するのは、人間は間違う生き物ですし、完璧な人なんてこの世に存在しませんし、そもそも私は大変ポンコツだからです。うまく愛せないことはとても苦しいことだ、などど言いますが、チャレンジしてみるとわかりますが、愛することも、与える側も、親のポジションも、本来、とても難しいものです。
だからこそ、コツコツと取り組むと心は成長し、同時に喜びを感じられる質量がとても大きくなり、精神的にも物質的金銭的にも、豊かになってゆけます。
難しいとはいえ、しかし同時に、親御さんへの投影を引き受ける醍醐味とでもいいますか、目の前の人が幸せになったり、心願を成就されたりしたときに、心から喜びを感じられます。
もう、これがめちゃくちゃ癒されるんですね、マジで。
少しだけ専門的に申し上げますと。
親のポジションを引き受けて人と関わるなら、目の前の人を無意識的に我が子として見ていますが、当然ながら、自分の子ども時代の感情や感覚を映し出して見るので、関わりにおいて、幸せや愛を感じることができたなら、自分自身の傷ついた子供時代や、親子関係の葛藤すらも癒されてゆくんですね。
自分を与えることで相手と心がつながり、相手だけでなく自分も、二人同時に問題から抜けられる。「与えて抜ける」なんて言います。
アシスタントについてはいろんな醍醐味を語れますし、もちろん、カウンセラーとしての臨床や研究としてアシスタント参加をしていますが、しかしごくごく単純に「人と関わること、人に向き合うことがとても好き」なのだな、と自分では理解しています。
20年前の私が聞いたら、さぞやびっくりすることでしょう。
30代で結婚、離婚、自己破産、精神病院へ措置入院、生活保護、自殺未遂…などなど、人から引きこもり、社会から引きこもり、人生から引きこもって生きていましたが、どう考えても「人と関わること、人に向き合うことがとても好き」なわけがないですよね。
さらに遡れば、中学校は2年生で行けなくなり、高校を中退して、定時制に入り直してなんとか卒業、どうにか大学は出ましたが、職場は転々としていました。今思えば、人と関わることを心から恐れていたからでしょう。
私は「人が怖い」人だったのです。
20年前は、本当に恐る恐る「ヒーリングワーク」に参加していましたし、悪い態度を取ってしまって自己嫌悪に陥ったり、人とうまく関われなくて悩んだり、誰かと自分を比べて劣等感ばかりを覚えることもありましたが、それでもスクールに通い続け、「ヒーリングワーク」に参加し続け、アシスタントをし続けてきたのは、はっきりと理由があると思っています。
人生が、幸せな方に変化してゆく。
「ヒーリングワーク」には、祝福のエネルギーが溢れているのです。
世間は今、ゴールデンウィークの真っ只中ですが、毎年この時期に、私たちの師匠であり、カウンセリングサービスと神戸メンタルサービスの代表である平準司の、更に師匠のチャック・スペザーノ(私たちから見ると大師匠ですね)が日本でセミナーを開催しています。
私は、20年前、初級の頃一度だけ、チャックのセミナーに参加したことがあります。
一番最後に、全員で一つの人の輪を作った記憶があるのですが、なぜかあのとき私は(絶対平さんの隣で、平さんと手をつなごう)と思って、アシスタント参加していた師匠のそばににじり寄っていました。
そして、めでたく手をつないでそこにいたのですが。
師匠は、小声で私に言うのです。
「このエネルギーに慣れておきなさい」と。
どういうことだろう?! とドキドキしながら、はい…と答えたように思うのですが、その後、臆病だった私はなかなか師匠に近づけず、意味や、なぜそう言われたのかの理由を聞くことができませんでした。
ここから更に数年経つのですが、だいぶ後になって私はプロカウンセラーとなり、現在は代官山に移転しましたが、以前あった目黒区駒場の東京面談ルームでふと思い出して、たまたま居合わせた師匠に、あのときのことを聞いてみたのです。
時間が経ちすぎていて、私に言ったことはとっくに忘れていましたが、初級の頃で、ああでこうで、こんなことを言われてですね、と伝えると、こう答えてくれました。
「もし、俺がそう言ったなら、それは君に、祝福を感じて欲しかったからやろなあ。」
そう、まだまだ私は「人が怖い」人で、自分は親に嫌われて、望まれていない子どもだったと本気で思っていて、生まれてこない方が良かった、自分が死んでも悲しむ人なんてどこにもいないと思っていた頃だったのです。
まだまだ、知らなかったのです。
私が生まれたとき。
たくさんの「おめでとう」があったこと。
私が生まれただけで。
すでに親の喜びであったこと。
両親は離婚し、ずいぶん大きくなって、というか中年ど真ん中で「ヒーリングワーク」に通うようになってから、本当に奇跡的に、離れ離れとなった父と再会しました。
父からもらった手紙に、私が生まれたときのこととして、書いてありました。
「この両手のうちにある、小さな貴女(あなた)の、小さな頭を洗う喜びよ」。
「ヒーリングワーク」では、さまざまな心理実習にチャレンジをしますが、与えられた課題をグループで行うものがあります。
何らかの役を引き受けながら心を癒してゆく、ロールプレイという手法の一種と思っていただければいいのですが、私が「おめでとう、よかったねのワーク」と呼んでいるグループワークがあります。
自分が叶えたい夢、願っていることや、目標などが、「すでに叶ったもの」として、喜びを報告したい人を指名して、どんなことが叶ったのかを伝え、相手に「おめでとう、よかったね」と言ってもらうというものです。流行りの言葉だと「予祝」に当たりますかね。
字面だけで読むとだいぶ能天気な、良くも悪くもおめでたいワークのように感じるのですが、これを全力でやると(照れず誤魔化さず真剣にやることがコツです)、誠にヒーリングの力がパワフルなワークなんですね。
祝福って、浄化の力がえげつなく強いのです。
一瞬で、罪悪感が消えてなくなります。
特に、存在理由の痛みと呼ばれる、この世界に生まれてきて良かったのかという自分自身への疑いが、本当に綺麗に洗い流されていくように個人的には感じています。
今思えば、20年前の私が聞いたらびっくりするような、幸せな人に変化することが出来たのは、何度も何度も、祝福のエネルギーの中に居て、祝福される存在だと自己概念を書き換えることができたからだろうなと思っています。
更に、祝福のエネルギーの中にいると、自分自身が親のポジションで関わった人たちに対しての、どうすることもできなかった、どうしてもしてやれなかったことへの罪悪感が癒やされ、許されるように感じられるのです。
私は、自分の子どもは持つことが出来なかった人生でしたが、その代わりに、本当にたくさんの我が子と思って見ている方々への関わりに恵まれました。
全力もベストも尽くしますが、当然ながら完璧ではありませんし、いかんせんポンコツなので、出来ないことも多いです。ましてや、数年前に神経の大病を患い、身体障害者となってからは、出来ないことがとても増えて、申し訳なさを感じることが増えました。
だからこそなのか、こんな不出来で未熟な親で、出来ないことばかりでも、関わった人が幸せになると、とても深い喜びを感じるとともに、私はまだこの世界に生きていてもいいのかもしれない、と、存在を許されるように感じるのです。
「ヒーリングワーク」を通じてたくさんのことを学びましたが、中でもお気に入りは「私が幸せになることで、周りを助けることができる」ということです。
誰かを見捨てるようで、誰かを裏切るようで、誰かを傷つけるようで、幸せを選ぶことに躊躇することがあります。
それでも。
誰かが祝福の中にあるとき。
誰かを祝福するとき。
本当に大きな癒しのエネルギーが存在しています。
とても勇気はいるのですが、叶えたい夢、なりたいもの、欲しい幸せを選び続けて成就したとき、あなたがずっと気にしていた人も、さぞや喜んでくれることでしょう。
もしかしたら、その人は。
あの頃は本当に辛かったけど。
受け入れるしかない悲しみがあったけど。
それでもこんなに幸せそうならやっぱり嬉しいな、と思って、叶えたあなたを見ることになるかもしれません。
夢を諦めないで欲しいのです。
すでに叶えた人と自分を比較して、嫉妬に苦しんだり、どうせ私には無理だ、私は愛されないと思ってしまう時期もありますが、それでも、何度も何度も心を癒してゆくチャレンジをしてゆくと、いつの間にか、昔の自分がびっくりするような人に変化をしているものです。
今回の「ヒーリングワーク」でも、グループワークで、本当にたくさんの夢が叶った場面に立ち会いました。いずれも、現実化するのが待ち遠しいものばかりでした。
夢を諦めないで欲しいのです。
どうぞ、祝福させてください。
どうぞ、言わせてください。
「おめでとう、よかったね」と。
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