「今日はここまでにしておこう」
絵本の翻訳も後5ページ。ゆいとの時間が取れないのはつまらないが、そのおかげで予定していた以上に進み、ホッとした気持ちで筆記具を片付けた。
ゆいから連絡はまだない。そんな時は小百合御用達のサイトを見て時間を潰す。
「あっ、それよりも」
今一番大事なことは引っ越しの準備。荷物を段ボールに入れるだけじゃない。掃除も入念にしなければならない。手順が分からない小百合は今のうちにと調べ始めた。そこへ仕事を上がったゆいから電話が掛かった。
小百合は『今行く』とだけ言い、スマホをカバンに放り込み急いで図書館を出た。
外は真っ暗。正門の前で待っているゆいを探しながら猛ダッシュ。ゆいも今かと見ていると転びそうな勢いで走って来る小百合を見つける。
「あ~あ~危ないじゃん」
「ゆい~❤お待たせ」
「転ぶ・・・違う、待たせたのは私じゃん。結構待ったでしょ。ゴメンね。行こうっか」
小百合は車に乗ると、ゆいに相談。スーパーでちょっと良いお寿司を買って家で食べたいと言った。
話を聞いたゆいは小百合が食べに行けないほどに疲れてるのかと思い、二つ返事でスーパーへ直行。
「ゴメンね。せっかく誘ってくれたのに。でもどうして?」
「小百合のLINE。晩ご飯作るのも買いに行くのもやめたいって。そんなことLINEしてきたの初めてだったから。どんだけ疲れてるのかって思ってさ。だから大好きなお寿司食べて元気になってもらおうって」
ゆいの気持ちに申し訳ないと思った小百合は一言ゴメンとしか言えなかった。
その一言にゆいは、いつものようにそこはありがとうでいいでしょと、小百合の膝を軽く叩いた。
「あっそうだ小百合。明日って講義の後予定ある?明日は私遅くならないから帰りに不動産屋に行きたくて。小百合も一緒じゃないとダメだからさ」
「行く!」
「それと、今日は汚れてない段ボール箱ももらってきたの。詰め込んでも大丈夫な物だけは先に入れちゃおうかなって」
益々小百合は早く課題を終わらせて引っ越しの準備がしたい。少しずつ形になって現実味を帯びていくことに焦りを感じてしまう。
「どうしよう、課題が終わらない」
「ん?大丈夫。小百合のペースでやればいい。当日はみんな手伝いに来てくれるの。見られて困るような物だけ先に詰めればいい。私に任せなさい」
やっと着いたスーパーも閉店間際。総菜のショーケースは割引戦争の後で、食べたい物がない。ゆいがカートを押しながら寿司のコーナーへ行くと店員さんがシールを貼っているところだった。小百合が後ろからついて行くと、かごには光り輝くお寿司のパックが2つ。そして眩しいほどの値引きシール。
小百合は便乗して、明日の朝ご飯の総菜もお願いした。
日頃は絶対に買わない高野豆腐の含め煮や5個入りのコロッケ、春雨サラダにナムルのセットなどなど。
「こんな感じでいい?マカロニサラダ?うん、いいよ」
これで明日の朝は普通に食べられる。もう朝からカップラーメンなんてゴメン。
ゆいは最後に牛乳と食パン、卵を取りお会計。お寿司だけのはずがそこそこの買い物でちょっと出費。でもほとんどが半額だったので、これで良し。
「小百合、今日のドライブはお休みにしよう。お腹空いて泣きそうだから」
「私も泣きそう♪」
それはお腹が空いてではなく、ゆいの言葉や行動が優しすぎたから。