今が一番日が照る頃。汗で日焼け止めが取れてしまい、ゆいの顔は暑さも相まって真っ赤っか。自分でもヤバいかもと思うが調子よく進んでるので、もう少しの辛抱。
「じゃ~波打ち際を走って。何度も言うけど自由でいいから」
さすがにゆいのお願いに慣れてきたせいか、何かの殻が取れたように遠くから走って来ては歩いてみたりスキップしてみたり。最後は猛ダッシュでゆいのところまで走って来てはゆいの前を通り過ぎた。
「葉山さん!どう?僕、頑張ったよ!」
何だか子供みたいな言い方に、ゆいはクスっと笑った。
「うん、もう少し欲しい。ここでいいから、波を蹴るように・・・こんな感じで」
ゆいが撮りたい画がそうだったんだろう。勢い余って片足を上げ過ぎて思いっきり尻もちをついた。ここ、やっぱり波打ち際。そしてやっぱり波がチャプン♪
「葉山さん!大丈夫?」
ゆいが出された手を掴んで立ち上がると卓人にからかわれる。
「僕、それをしたらいいの?なんてさ」
ゆいはカメラが濡れていないか慌てて確認し、大丈夫だと分かると、それをやれと指示。ゆいの思ったシーンが撮れたのでここでOKを出すが、そばで就いていた由紀とさちは、ここに小百合がいなくて良かったと目を合わせた。
「最後にチェックして終わろう」
「ゆいちゃん、小百合ちゃんが着替えを用意してくれたからってはしゃぎすぎ。イチャついてるみたいじゃん。小百合ちゃんが見てたらさぁ~」
「こうでもしないと良い画が撮れないから」
ゆいだって好きで卓人に絡んでるわけじゃない。全ては完璧な表情を出すこと。だから小百合のことを引き合いに出されるのは不本意なことなのだ。
それに、そんなことで小百合が嫌がるくらいならこのアシスタントは出来ない。
「ちょっとやりすぎたかな。でも良い画は撮れたよ」
今回の撮影のことは小百合には包み隠さず話すつもり。もちろん、これから先小百合のために。
お腹いっぱいの小百合は、やっぱり気になる時計の話を聞いてほしいと思い、話す順番まで考えていた。しかし、ユイがはめている時計は慎二がプレゼントした物。彼氏に買ってもらうのが当然みたいなことを言われただなんて、それがまた無性にムカついたなどと言えるわけがない。ユイがそうじゃないとしても。結局小百合は喉まで出かかった話をせず、食べ終った皿をスプーンで突っついていた。
「さゆっち?どうしたの?」
「ん?ううん。なんかいろいろ思うようにいかないっていうかさ。考えなきゃいけないことが重なると、全部が疎かになっちゃって」
この先ちょくちょくやって来るテストのことも、課題のことも引っ越しの準備のことも、家の中のことも自分自身のことも。
もうどうしていいのか分からなくなる。ゆいに相談したくてもゆいも忙しい。自分のことで手一杯。
きっとこのままじゃまた前みたいに心が疲れてしまう。あの時は佐伯さんのことがあったからだったが、それでなくても完全に心が治ったわけじゃない。
そろそろ小百合の中のキャパシティーが満タンになりそうだ。
「小百合ちゃん、今日絶対にゆいさんに話しな。どんなに遅くなっても」
「でも、今日は夜まで掛かるみたいだし疲れて帰って来たゆいに言えない」
「それでも言うの。小百合ちゃんの不安を取り除けるのはゆいさんしかいないんだから」
時計の話から自分の身の上話になってしまい、小百合はうなずくことしか出来なかった。