この前、私はNHKのハイビジョン放送で、アーネスト・ヘミングウェイの恋を深夜に2時間見た。


ヘミングウェイはアメリカ人で、赤十字軍としてイタリアへ第一次世界大戦あたりに行った。

負傷した彼は、傷痍軍人病院へ運ばれ、そこで、7歳年上の看護婦と恋に落ちる。

彼が19歳のときだった。初恋である。



年上の彼女だったが、ヘミングウェイの熱烈な好意と人柄に惹かれ、恋に落ちた。

しかし、彼女は、アーネスト、または日記や、手紙ではKidと呼んだ。


二人は両思いになるが、ヘミングウェイがまた復員することになり、離れ離れになる。


物語は彼女の手記で終始する。

最初は日記で語られるが、それ以後は、手紙となる。


彼女はヘミングウェイと離れ、相手への思慕を強くしていく。

そしてやがて、スペイン風邪で彼女もローマへと異動させられる。


第一次世界大戦が終結し、二人は再会を果たす。

そして、ヘミングウェイが母国アメリカへ帰るときが来た。

ふたりは再会と結婚の約束を誓い、ヘミングウェイは帰国した。


しかし、これが、ヘミングウェイが見た最後の彼女の姿だった。


恋愛の過渡期、下弦の月を迎えていた。

二人の蜜月は終わった。

私は以前に、ある男性から聞かれたことがある。


「好きなタイプは?」


と、聞かれて「優しい人と」、そう答えました。


メールでやりとりしてたんだけど、「優しいってどういうこと?」

ときかれ、たしかにそうだよなあと思いました。


それから具体的に書いたこと今でも覚えている。



私は基本的に、ルックスだけで異性を好きにならない。

もちろん外見は大切だし、服装も見る。

だけど、もっと大切なのは「心」だ。


一見こわもての人でも、話して見ると意外と優しかったりする。


私は性別を越えて、「人間」が好きなのだ。

心を通わせられたら、もっと嬉しい。


人を好きになるのは、愛の本能だ。






最近、自分を許し、認められるようになってきた。


私はメールなど機械で画面で打つ文に、悩んでいた。

高校時代も、メールでどういう意図で書かれたのか分からなくて、最初はひどく傷ついた。


そして、インターネットでの書き込みも、今度は書く側として考えさせられた。

自分勝手な発言だったり、相手の領域を超えてしまったような書き方もあったと思う。



でも、このブログを始めて、住むところが全く違う人とつながり、意見を交換したり、

励ましてもらったりして、私はそんな自分も許せるようになった。


今は認めることが私の第一歩。ようは、私はせっかちなのだ。

相手を見つめて待つ。それがいつかできたらいいな。



「若い頃はいっぱい悩んだけど、今思い出すと覚えていない。」

そういつかいえたらと思う。


振り返って見れば、壁に思えたことも笑える自分がいる。

少しずつ、自分をゆるせる、認められる。

そんな自分が嬉しい。