ヘミングウェイも、初恋の彼女へ向けて、手紙を出したのであるが、それはない。

彼女が別れを告げる手紙の中で、結婚するとかいてあり、

その婚約者がすべて燃やさせたらしい。


しかし、彼女はその男性とは結婚せず、アジアにある、南半球の島国へ渡り、婦長まで勤めた。



最後に、こんな隠されたエピソードが紹介されていた。


ヘミングウェイがキーウェストにいた頃の親しかった男性の息子が証言している。

それは、男性の妻も、ヘミングウェイと親しく、図書館に勤めていたときだった。


その頃にはヘミングウェイはメキシコへ渡っていたが、

体調を崩したうわさは、キーウェストにも届いた。


そのとき、同じ職場に働いていた女性が彼の話題になって、

「アーニーは大丈夫かしら」、とその人に聞いた。

その人は思った。

ヘミングウェイのことを名前で呼ぶ人はいない、と。

そして、姓こそ変わっていたが、ヘミングウェイの初恋の女性に間違いはなかった。


そのことをメキシコにいたヘミングウェイに伝えると、

ただ「会うつもりはない」

と、言っただけだった。


そのときのことをその息子さんはこう表現していた。


彼はただいらついているように見えた。


私も思うが、

彼女だけが、永遠の人だったのだろう。


彼女は一度離婚し、最初に勤めていた図書館員に戻ったのだった。


二人は再会を果たさなかった。


初恋は永遠であり、そしてほろ苦いものだ。

私も、もしもとふと、考えるときがある。

でも、きっとそのときに戻れても、私は同じことを繰り返すだろう。



永遠の君。

それはいとしい、死んでも痛くはない、優しい人だ。

それから彼は61歳で自殺するまで作品を書き続けた。

そして、結婚も4度した。


ヘミングウェイは猟銃で自殺した。

自殺する前の晩、最後の奥さんとなった人は、彼の姿を憶えていた。


ヘミングウェイはイタリアの恋の歌謡を歌って眠った。

彼は微笑みながら目を閉じた。


「わたしのの髪は茶色というがちがうのよ。

 黒いいろよ。

 石炭のような色。

アモーレ、アーモーレ、アモーレ…」


アモーレは愛である。



老年を迎えたヘミングウェイを訪ねてきた若者がいた。

彼はアメリカ・キーウェストで10年過ごしたのち、メキシコへ渡った。


「あの、あなたの作品はあなた自身が描かれていると言われていますが、本当ですか?」

青年は尋ねた。


作家は答えた。

「それ以外に、作家は何を書けるというんだね?」



作品には、彼の戦地の経験と、人生が、

彼の思いをのせて描かれている。



別れは突然彼女からの手紙によってもたらされた。

アメリカで会社に入り、働くことを約束したヘミングウェイだったが、帰国後は実家でなにもしていなかった。


それは手紙の文面にも表れ、彼女は、別れを決意した。


彼は絶望し、1週間部屋に閉じこもり、食事もとらなかった、

と、そう彼の姪が証言している。


けっきょく、彼女にとって、彼は幼すぎ、呼び名もキッドとして、変わらなかった。

「いつか、別れの意味がわかるときがくる」

彼女は彼の非凡な文才を見越して、そう書いたのであった。


それから十年後、ヘミングウェイは「武器よさらば」を発表する。

それは、彼女とであったイタリア、同じ舞台である。

ただし、主人公のヒーローは成熟した大人の将校として登場する。


専門家のひとりは、彼は彼女を見返したく書いたのではないかと言っていた。


しかし、私は違うような気がする。

確かに見返したかっただろう。

だが、成熟した大人というところに私は注目したい。

彼は、今の自分をそこへ投影させたのかもしれない。


私は彼は、彼女に償いたかったのではないか、そう考えてしまう。


もし、あのとき、自分がもっと大人で精神的にも、大人になっていたら…。

恋愛には「if」、もしも…がつき物である。


映画の中で二人は結ばれ、戦争を憂いた二人はスイスへ対岸の湖を渡って亡命する。

彼女のお腹の中には、二人の赤ちゃんがおり、彼女はお産に入る。


しかし、彼女はお産により命を落とす。

終幕は、息を引き取った彼女を抱え上げ、終わる。

美しい、夕暮れと湖を背景に幕は閉じる。