別れは突然彼女からの手紙によってもたらされた。

アメリカで会社に入り、働くことを約束したヘミングウェイだったが、帰国後は実家でなにもしていなかった。


それは手紙の文面にも表れ、彼女は、別れを決意した。


彼は絶望し、1週間部屋に閉じこもり、食事もとらなかった、

と、そう彼の姪が証言している。


けっきょく、彼女にとって、彼は幼すぎ、呼び名もキッドとして、変わらなかった。

「いつか、別れの意味がわかるときがくる」

彼女は彼の非凡な文才を見越して、そう書いたのであった。


それから十年後、ヘミングウェイは「武器よさらば」を発表する。

それは、彼女とであったイタリア、同じ舞台である。

ただし、主人公のヒーローは成熟した大人の将校として登場する。


専門家のひとりは、彼は彼女を見返したく書いたのではないかと言っていた。


しかし、私は違うような気がする。

確かに見返したかっただろう。

だが、成熟した大人というところに私は注目したい。

彼は、今の自分をそこへ投影させたのかもしれない。


私は彼は、彼女に償いたかったのではないか、そう考えてしまう。


もし、あのとき、自分がもっと大人で精神的にも、大人になっていたら…。

恋愛には「if」、もしも…がつき物である。


映画の中で二人は結ばれ、戦争を憂いた二人はスイスへ対岸の湖を渡って亡命する。

彼女のお腹の中には、二人の赤ちゃんがおり、彼女はお産に入る。


しかし、彼女はお産により命を落とす。

終幕は、息を引き取った彼女を抱え上げ、終わる。

美しい、夕暮れと湖を背景に幕は閉じる。