自分でも気づかなかったのですが、

私は疲れているようです。


しばらくブログもお休みさせてください。



また元気になったら書きます。

私はアトピーとは今年で18年、鬱病とは5年付き合っています。闘ってきたと言ってもよいのですが、私はその病気を排除しようとするのではなく、むしろ受け入れ、人生の友として付き合いたいと思うので、この表現になりました。


私は、通信制高校を卒業し、大学に進学しました。

結局、前の高校に戻る選択肢もあったのですが、私は行きませんでした。


大学も学科の人たちの中にうまく溶け込めず、自宅から通う不便さによる肉体的・精神的疲れによって一ヶ月で行かなくなり後期からは休学し、そしてその後一年も病気療養を兼ねて休学していました。


一年半が経ち、私は大学に復学するか、それとももう半期休学し、4月から新入生とともに学ぶか、退学するかを決めなければなりませんでした。私立の学校だったため、休学費も安いとは言えない額を払っていました。私は退学をすることにしました。これ以上学費を払ってもらっても、その期待には添えないと、気づいたからです。


そして、私がもし順調に通っていたら、今年は大学4年生になっているはずでした。



私は20歳のときに人生で最良の専門のカウンセリングの先生に出会え、今も東京へ通っています。


今は以前と比べてだいぶ良くなり、精神的にも落ち着いてきました。


これで私の歩んだ魂の彷徨は終わりです。


自然体でいきたいです。


皆さん、これからもよろしくお願いします。




9月のある日、とうとう高校から単位不足のために両親が学校に呼び出されました。私は行かなかったので、そのときの状況とか詳しいことはそのときは理解ませんでした。


とにかく私は一度、ほかの単位制の通信制へ編入する必要があるらしいことだけが分かりました。

私もようやく傷も癒えてきて、この時期に信仰を与えられたので、自分とやっと向き合うことができました。


そして10月から私は別の学校へ週に2、3回の頻度で電車を使って通うようになりました。

それから期末テストがやってきました。

実はこれがもともとあった鬱の傾向を、鬱病へと変えてた大きなきっかけでした。


レポートと、テストへの重圧で私は鬱病にかかりました。最初は自分がおかしくなったのではないかと思いました。なぜなら、好きなことがすべて嫌いになっていて、一歩も外へは出たくないという状態に陥っていたからです。食欲も落ち、体重も2キロほど痩せました。それからやっと異常に気づき、精神科へ掛かると、やはり軽い鬱病でした。医者からは休養が必要だといわれ、私は一時的にもテストとレポートの重圧から開放されたのです。


一度は完治したようにみえた鬱病は、今年まで私を苦しめることになるのでした。