☆A Y U M I Z M☆-2009110711120000.jpg

今までに見たことのない蕁麻疹が現れたのは約10日前のことだった。
「内臓が疲れているんだな」
たまたま出現した場所が初めてなだけ、「いつものことだ」と特に気にせず過ごしていた。

生活態度を変え、一週間経ったのにも関わらず、様態の変わらない身体に多少の疑問を持ち始める。
「でも、持病でアトピーをかかえているし、、もう少し様子を見よう」
皮膚の異常には幼い頃から慣れっ子だった私。小さな疑問は抱きつつも、あまり深く考えないように心掛けた。

数日後。
やはり蕁麻疹が消えない。月経前に必ずある腹部の痛みを感じる。
「そういえば、、生理も近いことだし、免疫力も低下しているんだろう。」

私の場所、月経前に感じる憂鬱さや腹部の違和感が、早い時で月経2週間前からおとずれる。
逆に『月経前』であればどんな身体の不調も『月経前』のせいにしてきた私。

「毎月同じ周期で月経が来るんだもの、健康な証拠だわ。」

と、高を括っていた。

腹部の痛みを感じた次の日。
私は今まで経験したことのないような痛みに襲われた。
今までで一番酷い生理痛のような、下っ腹にしても下すぎる部分がパンパンに腫れだしたのだ。

「いったいな~。。まるで子宮の筋肉がツッタみたいに…」

そのうちにその膨張は、腸、胃に達し、みぞおち部分をしめつけられる痛みに襲われ呼吸もうまくできなくってしまった。

「こりゃ~本当にヤバイかも。。」

終いには痛みが肩まで達し、どの体勢でも息苦しくなってきた。

「病院に行きたい…」

時間は既に夜八時をまわっていたので緊急になってしまう。仕方ない、もう少し様子を見てみよう。。

痛みのせいで寝返りを打つのもままならない身体だったが、その日はご飯も食べず無理矢理に床についた。

次の日、こちらの日の出時間近くに、腹と胸に激痛を感じ目を覚ました。

「こりゃ~普通じゃない。。病院へ行かなくちゃ!」
急いで知人を呼び、病院へ連れて行って欲しいとせがむ。
日本では掛かり付けの医者がいるくれど、何せ海外で大病などしたことのない私たち。どんな病院へ行けばよいかも分からない。
とりあえず、日本語が通じる病院へ行こうと判断した。時間は起床から一時間半が過ぎていた。

その時既に私は尋常ではない冷や汗をダラダラとたらし、立ち上がることもままならないほどに状態が悪化していた。

「車まで頑張って!」

廊下を這いつくばりながら必死にエレベーターに乗り込む。しかしエレベーターの揺れで酔ってしまい吐き気がおさまらず、胸が苦しくて上手く空気も吸えないのであくびばかりが出て、自分がどんな姿なのかも分からないほど意識も朦朧としていた。

意識がぶっ飛びそうになりながらも車の後部座席に乗り込む。
車の微動すら痛みとなって身体中に響く。
「私、どうなっちゃうの?!」
なんとか日本語の通じる病院のあるビルに到着するも、気持ちが悪く意識も朦朧としていた私はその場に倒れこんでしまった。

「もう無理。。歩けない。。」
地面に横たわる私。

「ゆっくりでいいからね!」
知人が肩を優しくさすってくれた。
その手には母親の温もりを思い起こさせるような安心感があった。
異国の地での緊急事態、虚ろな意識の中…両親の姿がうつる。
「お母さん…どうしよう…」
呼吸もままならず、気が動転している私を

「もう大丈夫、大丈夫だからね。」

と一生懸命励ましてくれた母のような知人の温もり、とてもとても、心強かった。

そのビルのドアマンだったのだろうか、近くにいた自称『日本人』だというおじさんが

「大丈夫?」

と日本語で声をかけてきた。
何故か日本語が流暢な彼は私の状況を確認するなり車椅子を持って来てくれた。
英語がうまく話せない私達にとって彼の登場はラッキーだったとしか言い様がない。
日本人だと言い張るこの方、見た目は明らかに日本人ではないので(汗)

「こんな緊急事態にギャグをとばしてくれているのか?シンガポーリアンは愉快だなぁ…」
と思っていたら、

「嘘だと思ってる?ほら?本当に日本人だよ」

と私達にネームプレートを見せてきた。名字が「ハシモト」。。うん、、本当に日本人のようだ(笑)
日本人うんぬん関係なしに彼の登場には本当に感謝した。
彼の手助けのお陰で、なんとか病院の階へたどり着いた。

「こちらで休んでいて下さいね~」

日本語の通じる看護婦さんに院長、普段は日本人がいる場所を尽く嫌っていた私だが、この日はどれほど日本人が恋しかったことか。
急いでレントゲンを撮り痛み止めの薬をもらってベッドに横たわる。

「一時は死ぬかと思ったけど、病院だし、もう大丈夫…」

張っていた気持ちの糸が一気に緩み、疲れがどっと押し寄せた。
病院の休憩時間だったこともあってしばし仮眠をとることに。


昼食から戻ってきた知人たちと医師に起こされ、私の身体の現状を知らされた。
日本語がカタコトで少々インチキくさい(失礼)院長。

「あなたね~レントゲンを診るとお腹に水か血液が溜まってるのよ。普通なら自然に身体に吸収されるんだけどね。
原因とか、どちらが溜まっているのかは産婦人科に行かなきゃわからないよ。だから、紹介状書いてあげるから行ってきて!
ん?大丈夫だよ~、貴女の顔みたら重大な病気じゃないことくらい分かるよ~」

知人等も笑いをこらえることに必死なくらい、ちょっと風変わりな院長だった。
とりあえず検査をしないと何も始まらないので婦人科を受診することに。
日本語の通じるこちらの病院の産婦人科は予約で激混みだったので、隣接するマウントエリザベス病院に運ばれ、詳しい検査を受けた。


結果、なんと今すぐオペが必要とのこと。

「えっ!!マジで?!〓〓〓?!」

医療費いくらになっちゃうの?てか、なんて病気なの?!
とにかくお金の心配が頭を過る。一番避けたかった最悪の事態になってしまったようだ。

「卵巣に腫瘍が出来ていたらしい。それが破裂して血液が子宮や身体中に流れ出している。今すぐオペの手続きを取って下さい。」

腫瘍って何だ?!神様私はそんなに悪い子ですか?!
医師の説明が続く…
「卵巣から排卵された卵は精子がいなければ体内に吸収されてしまうのだけれど、希に蓄積して腫瘍になことがある。それが大きくなってはち切れてしまうと血が身体中にれ出して、子宮にも負担をかけてしまうから今すぐのオペが必要なんだ」

ああ、私ったらまだ嫁入り前のお嬢さんだというのに、、これで子宮に後遺症など残ってしまったら大変…悩む暇がない。選択枠すらない。。オペをしてもらうしかない。


検査を行っている間にも子宮に血液が流れ出ていると言われた。すぐに手術室に運ばれ麻酔薬を吸う吸引器を装着された。
「ノーペイン??」
医師に質問する間にも意識が遠退く。喉が痛い…麻酔薬が効いているのだろう。。



「ミス、ナカザト!」
看護婦の声が聴こえた。
まだ目が見えない。ここは何処だろう?手術は終わったのだろうか?

気が付いた時には手術室を出て病室に向かう途中だった。
全身麻酔のせいだろう、強い歯ぎしりが止まらない。加えて、異常な寒気に歯はガチガチと音をたて、身体は震えが止まらず、
「アイム…コールド…」
と仕切りに看護婦に訴えた。
こんな寒気を感じたのは初めてだった。
病室に着くなり知人の姿が見えて少しホッとする。

「よく頑張ったね」

異国の地での手術、マウントエリザベス病院は全く日本語が通じない。
本当はもの凄く心細くて不安で、どうしようもない気持ちでいっぱいだったけれど、周りの方々から沢山の優しさや愛情を頂いて本当に勇気付けられた。
本当に心強かった。

まだ麻酔薬が効いていたのだろう、手術の疲れもあり、病室に着くなり深い眠りに堕ちることができた。



翌朝、血液検査や血圧検査があったため、早めに起床した。
麻酔が効いているとはいえ、よくもまあこんなに爆睡できるもんだなぁ…とノーテンキな自分に驚いた。
面会開始時間前にお見舞いに来てくださった知人の顔を見て、改めて深い安心感を得た。

「一時間ちょっとの手術だったよ」

ちょうどその時、オペをして下さった先生、産婦人科を紹介して下さったカタコトの日本語が話せる先生が病室にいらした。

「気分はどう?傷口は痛む?」

「まだ少し痛みます」

大丈夫、大丈夫。とオペをしてくださった先生が話を続ける。

「実は結構な血液が流れ出していて、1リットル以上の血液が溜まっていたんだ。輸血をするか迷ったけれど、万が一、身体にショック反応が出てしまったら大変だから輸血はしなかったよ。これからは点滴と食事で体調を回復させるようにね」

なんと血液がそんなに失われていたらしい。
だから血色も悪かったし、オペ後も異常な寒気に襲われたのだろう。
しかし人間は4リットル血液を失うと死亡するというし、自分の身体は危機一髪だったのだと改めて確信した。
「しかも、腫瘍が4センチにも達していて結構な大きさだった。そしてこの腫瘍以外にもう1つ腫瘍が見つかったから、どちらとも取り除いておいたよ」


なんと、腫瘍が2つもできていたらしい。もしもそれが悪性で発見が遅くなっていたら…
考えるだけでも恐ろしかった。
日本でもなかなか良いお医者様に巡り合えないというのに、異国の地でこんなにも良い先生と巡り合えるだなんて、本当にラッキーだったとしか言いようがなかった。

かなり一般的で、女性ならば誰でもなりうる病気だとお医者様はおっしゃっていた。日本で同じ手術を受けた場合、入院が4~5泊必要らしい。
こちらの場合、あまり入院はさせず自宅療養を義務づけているため、今回も短い期間で退院することができた。

私はこのかた、大病という大病をしたことがなかったため、高を括りすぎていた。
今回ほど人の有り難みを感じたことは未だかつてなかったであろう。情けない話、自身で経験しなければわからなかったことである。
本当に本当に、感謝してもきりがありません。
どのようにかえしていけば良いのかわからないけれど、ヒト嫌いっぽい私がヒトをとてもいとおしく思うことができました。
愛する知人、オペをして下さったアレックス医師、周りの方々、親族、本当に感謝しています。ありがとう。

これを見てビックリした日本の方(笑)元気になったらこちらから連絡します。
私は食欲旺盛、相変わらずなので大丈夫です。

ではまた★
今回こちらに来てまだ一度も日本食が恋しくならない。
自炊しているせいもあるけれど、いわゆる外食で良く行く『寿司屋』とか『焼肉屋』にも興味がなかった。
今回で四度目となる渡星生活、四度目ともなるとこちらで外食する際に日本食を選ばなくなる。
なぜなら美味しいお店がないから。
色々なお店にチャレンジしてきたが、微妙な味の日本食に何度落胆したことか。。
舌のこえた方々が多いため、皆さん美味しくないものは無理して食さない。

「出されたものは残さず食べなさい!」

と小さい頃からしつけられてきた私。1人でガツガツするのも恥ずかしいため皆と同じく箸を止める。

「無理して食べなくていいんだよ。食事は楽しむもの!無理して美味しくないものを食べたら気分が悪くなるでしょ?」

神様、ごめんなさい…

この大食いな私にだって、旨いか旨くないかの味覚センサーぐらいはついているので
「美味しくないなぁ…」 と感じることはあるけれど、それと同じくらい「もったいないな~」という感情が出てきて、完食しなければならない衝動にかられる。

「食事をするとき以外でも、~しなければならない。なんて思ってばかりいたら疲れちゃうよ。」

そんな優しい言葉に甘え、甘やかされ?!今や私も『食べ物』に関しては無理をしないように心掛けている。

今までイケてた日本食屋でも、数ヶ月ご無沙汰しただけで味がガタ落ちしてしまった!なんて、こちらでは珍しいことではない。

毎日築地から空輸される鮮魚を使い寿司を提供してくれる超高級寿司店の場合、ディナーで1人五万円はくだらないとのこと。
味は確かに抜群らしいのだが、やはりそれもシンガポールで食すから。
日本で同レベルの寿司を青山あたりで食しても、5分の1程度の値段にしかならないという。

となると、庶民の私はそこまでして寿司を食らいたいとは思わない。むしろ金額的に食せない…(汗)
寿司は帰国した時の楽しみにしておくが吉だろう。
しかしどうしても寿司が食べたくなったらどうするか?!
私のオススメはリャンコート内にある日本食屋『たんぽぽ』のちらし寿司。
こちらのショッピングセンターには日本でも有名なスーパー『明治屋』さんが入っているため、私の予想、こちらの鮮魚コーナーに売られている魚と同じものをこの店で提供しているのだと思う。

こちらでは大人気の刺身である『サーモン』がちょいちょい入っているのは微妙だが(私はサーモンが苦手)、普通に食べることができるちらし寿司だった。ちなみにこちらは『豚カツ』もまともなのでご賞味あれ☆
大衆向けの寿司屋のなかでは一番マシと思われる『すし亭』も不味くはない。が、何だが不思議な寿司ネタや巻物が沢山ある。
最近目にしたのは『揚げネギトロ巻』。
「なぜ揚げてしまったの?!」
と突っ込まずにはいられない斬新なメニューだった。。


焼き肉に関しても色々なお店をチャレンジしてきたのだが、韓国焼き肉が美味しい店はあっても、普通の焼き肉の美味しい店が見つからない。
こちらでは日本人に一番有名で美味しいと評判の店も、私の周りでは食中毒の被害を受けた方が数名いらっしゃるので絶対NG。
そうなると、以前ブログでも書いた『牛角』がこちらでは有力な焼肉屋となる。
先日は久しぶりに焼肉が食べたくなったのでチャイムス内にある『牛角』に足を運んだ。
前回来店した時はちょうど日本の肉の輸入が解禁となったため、牛角でも『宮崎牛』のプロモーションを行っていた。
せっかくだから…と食べたそれが美味しかったので、私たちの中の牛角のイメージがグンと良くなったのだ。
今回も前に美味しかった肉を頼もう!とメニューを見ると、宮崎牛のプロモーションは終了していて、新しく『鹿児島牛』のプロモーションをしていた。
よくよく考えてみると、日本でメジャーなのは『宮崎牛』ではなく『宮崎産地鶏』で、『鹿児島牛』ではなく『鹿児島産黒豚』である。
う~ん?なんか微妙??

しかし店員さんのゴリ押しトークに負けて一皿頼んでみることに。
部位も不明?、2~3人前にしたらやたら少ない。(320gらしいのだが、そうみえないくらい)
とりあえず一番美味しそうな色をした肉からトライ!

「…。」

皆の箸が止まった。

「この肉味がないね…」

「柔らかいだけじゃない?」

一応皿に盛られていた全部位を口にしてみたものの、その後は誰の箸もススまなかった。
『和牛』という商標登録のなされたオーストラリア産のネギたんも注文するが… 残念!
何故に味がこんなにも落ちてしまったのだろう。。
ハッピーアワー料金のビールも不味かったし、「とうぶん牛角はナシだね…」「また美味しい焼肉屋を開拓しなきゃね…」
とキムチを摘まみながら皆嘆く。。

期待していただけに、残念にも程がある夕食であった。


数日後、その反動だろうか、
「やっぱ旨い肉が食べたい!!!」
という衝動にかられ明治屋で売られている日本のすき焼き肉を大量に仕入れ、家すき焼きをすることに。
1人辺りの材料費、約8000円なり。

高いと思うかもしれないが、外で美味しくない肉を食べて諭吉さんが一枚飛んでいってしまうことを考えると、家飯の方が断然お得である。

特に焼き肉やすき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキといった、『肉の質が良いもの』であればとりあえず旨くなる料理は、外食費並みのお金をはたいて品質の良いものを自分で仕入れ、家飯にする方が断然美味しいものを頂ける。

明治屋の肉はかなりヒットで、皆「高いお店でも通用する肉だ!」「ちゃんと味があるし、甘~い!」と久しぶりのご馳走に大満足だった。
聞けばなんと、100g3000円くらいする肉らしい。1人200gだったが皆ペロリとたいらげてしまった。

この肉なら焼き肉用の肉もステーキ用の肉も間違いがないだろう。
私は外食らしい料理は家で調理するもんじゃないと思っていたけれど、食事を楽しむことを第一に考えると、そうも言ってられないと思った。
食事についての価値観が似ている人でないと、長い付き合いができない。
私の場合、『辛いもの・ニンニク・お酒』が苦手な人は絶対仲良くなれないと思う。むしろ、臭すぎて相手がひいてしまうだろう…
先日、夏以来ご無沙汰だったオーチャ-ドに行ってきた。
大都会の中心部であるココは平日でも駐車場は満車、人通りもそこそこで、周りに人混み嫌いの方が多い私には滅多に行く機会もなくご縁の薄い場所である。

最近時間に余裕が無いため、前回こちらに来たときのようにフラりと1人で遊びに行く機会もなく、オーチャ-ドへ出向いたのは『ION』に行った時以来であった。

そんな滅多に行かない場所へ何故急に足を運んだのか?

答えはこちらにある『高島屋』と『伊勢丹』内に日本人に優しい薬局があると聞いたから。
蕁麻疹が出てから一週間以上経つというのに一向に治る気配がない。慢性化しているのかしら?と、心配になってきた。
確かに日本にいた時のように薬を飲んだり塗ったりしていないので治りは遅いのかもしれないが、今までの経験上、一週間以内には何かしら症状が和らいでいたはず。
しかし今回の蕁麻疹はしぶとくて、どんどん広がっているようにも思える。というか、確実に!

一番体温が高い(らしい)寝る前、朝方といったら痒くて痒くて仕方がないのだけれどアイスノンで緊急処置を施しているだけ。


特にアレルギーの出やすいものを食べたわけでもなく、アルコールも2日に335ml缶を1本程度に減らしているのに
何故だろう。

「体調が悪い」というフレーズは社会に出ると尚更、周りの理解が得難い。
蕁麻疹が出たからって体が動かなくなるわけではないし、どのくらい酷い痒みに襲われるかなんてアレルギーとは無縁の人になんて分かりっこない。
頭痛が酷くても嘔吐したり失神するわけではないので、頑張れば普通に振る舞えてしまう。
乗り物酔いも酷い私は、嘔吐しない変わりにほぼ1日中不快感に襲われる。


私の不調はアレルギーと無縁の人には少し珍しく感じられるようで、「わからないな」なんてあっさり切り捨てられることも少なくない。

いつからか、体調が悪くなると大腸が腫れ、次第にかなり下腹(子宮近く)も腫れだして時には鈍痛を伴い、そのうち頭痛・蕁麻疹・膨満感・全身の浮腫みの症状が出るようになった。
しかもそのような症状が表れて掛かり付けの医者へ行くと
「内臓がつかれてるね~血液検査の結果をみても、ストレスが大きな原因だね」
なんて言われ続けて早14年…
全く外部からじゃわからないじゃないか!
しかも原因がストレスだなんて、原因が曖昧すぎて対処法に困る。。

自分でも分からないんだもの、他人様が気付くはずがない。


今回も渡星前に胃腸を壊して完治しないまま(これの原因も疲労だとか…)こちらに来てしまい、二週間近く経った今日においても不調が続いているとなるとやはり誰にも分からない『疲労』がたまっているとしか考えられない。
精神的・肉体的疲労を感じやすいがゆえ、それに伴って気分も鬱々してしまい、久しぶりに「ちょっとヤバイな。休ませてあげるべきだな。。」なんて自分にSOSを出してしまっている。

しかし現状を考えるとそう休むわけにもいかない私、旅行保険未加入の場合の医療費は、ざっと計算しても自費で払う日本での医療費の約三倍以上であると教えられるので、

単純計算すると…S$900以上?!あぁ、勿体無い!!余裕のよっちゃんで近場のリゾートへ旅行に行ける!

しかしもう自然治癒力だけではどうしようもないと判断。オーチャ-ドの日本人に優しい(多少日本語が通じるらしい)薬局に行けば、蕁麻疹用の痒み止めくらいはあるだろう!

と、期待を込めて電子辞書片手に行ってみた。

一応、どのような症状なのか・どんな薬が欲しいか聞かれた時のために『蕁麻疹』『軟膏』『ステロイド・坑ヒスタミン剤(そのまんま…)』の単語を覚えて…
案の定、私の発音が悪かったらしくせっかく覚えた英語は全く伝わらなくて…(泣)
電子辞書を持って行ったお陰で画面の単語を指差し、どうにか話が通じたのだった。

やはりこの国はほとんどの薬はお医者様にかからないと頂けないとのこと。そのような効き目がみられる薬は市販ではありませんよと帰されてしまった。
いくら日本の有名百貨店だからって、そう簡単に何でも揃うわけじゃないのね~

仕方がないので続けて今日からまた、だ~い好きな刺激物やアルコールも減らして(;_;)/~
ストレスをためないような(どうやって?!)日々を送ることにしよう。
アルコールはいい加減辛いぞ~
一番の目的も果たせず、せっかく滅多に訪れない場所に来たのだから、、
と、パラゴン内にある蕎麦屋『新ばし』へ。

ここのお蕎麦は手打ちで本当に美味しい。シンガポール内の日本食屋でもトップ10に入る旨い店だと思う。

こちらの日本食屋でよく感じる「やっぱり、なんか日本とは違うよね~」
という感覚を感じることが少ない店なのだ。日本でも間違いなく通用する味である。
こちらで人気の蕎麦は『鴨せいろ』。私は家ではなかなか作る機会のない天ぷらがセットの温かい『梅天そば』を注文。
あ~美味!優しい?出汁の香りと温かい蕎麦がガンガンの冷房で冷えた身体を癒してくれた。確かS$20くらい?日本食にしては値段もちょうどよくて満足。

海外の日本食屋に行って驚くことは『箸』の文化のない欧米人の箸の持ち方が上手なこと。
近頃の日本の若者よりも綺麗であろう箸の持ち方、食べ方は見ているこちらも心地よい。

逆に箸の文化があるにもかかわらず、持ち方がぐちゃぐちゃで犬食い・食べこぼしは当たり前の中国人。彼らの食後のテーブルはこちらの食欲を減退させるほど。少しは欧米人を見習ってもらいたいものである。

さてさて、お買い物大好きなわたしだもの、本当はオーチャ-ド界隈のブティックやファッション系のショップに行きたい気持ちが山々だったけど、それは次回1人で訪れた時にしよう。。
と、約二時間滞在した大都会にサヨナラを告げ、家路についた。

こちらはハロウィンが過ぎると直ぐに街全体がクリスマスモード。「早すぎるだろ!」と突っ込む間もないくらい、ガラリと街全体がクリスマスのイルミネーションに彩られ、お店もクリスマス商戦にせいをだす。

こちらは日本のようにコレといった正月もない(2月に旧正月があるため)ため、クリスマスはやたら盛大に盛り上がるそうだ。

南の国には似つかわしい、世界共通のサンタクロース。せめて南国バージョンで半袖・短パンにしてあげればよいのに。。
長袖長ズボン、帽子に長い白髭はこちらの街並みに馴染むわけがなく、たくさんの『格好がういてるおじいさん』を目撃することができる(笑)
煙突もないこの国では、子供たちは何処からサンタクロースがやってくると教えられているのだろう。。
コンドミニアムにはどの家庭にもあるだろう、この大きな大きな窓からサンタはやってくるのだろうか?
しかも大分長い飛行時間を有してやってくるだろう…クリスマスの朝にプレゼントは届くわけ?!

な~んて考える子供は居ないかぁ…

私が家のサンタクロースは両親だった!
と気が付いたのは、確か小学4~5年生くらいの頃だった。

「長旅でサンタも大変だろう」
と、サンタクロースへささやかなプレゼント(手紙とお菓子とみかん(笑))を枕元に置いた私。
クリスマスの朝はプレゼントと引き換えにサンタクロースがささやかなプレゼントを持っていってくれたと信じていた。
しかし数日後、大掃除をしていたら母のタンスの引き出しにそれらが入っているのを発見してしまったのだ。しかも今まであげた手紙やらみかんまで!(笑)

純粋無垢だった私は大泣きしたことを今でも覚えている。

それからというもの、うちの家ではクリスマスにはサンタクロースが手渡し(笑)でプレゼントをくれるようになった。しかも人数が2人に!
母サンタは私の教育に良いもの、父サンタは催促すると現金をくれた(笑)

そのお返しと言っては何だが、私が独り暮らしをするまでは、母にハンカチ、父にはタバコorトランクス(笑)のプレゼントをクリスマスの朝、枕元に置いたものだ。それからは郵送手段をとる娘サンタに変貌したのだけど(汗)
かなり幼稚な考えだけれど、意外と喜んでくれている両親。

今年は何をあげようかな?
せっかく早めにのクリスマス商戦をむかえている国だもの、今から色々吟味しようとおもう。