東京に行ったおはなしが思いのほか回数を重ねてしまいました。
東京に行く前の週には、脱穀のやり残してあった田んぼ数枚分の作業をしていました。
田んぼに行ったら、軽トラックの車内に、クロスズメバチ(あなこばちと呼んでいます)が迷い込んでいました。
おなかの長いのを見ると、女王バチでしょうか。
スズメバチの仲間ですが、ちいさく可愛いハチです。捕まえたりすると刺しますが、滅多なことでは刺しません。
このハチの幼虫は、かつて貴重なたんぱく源でありました。
子どものころには、もっとたくさん飛んでいて、親父たちが秋のはじめごろになると巣を掘っては幼虫を捕まえて食べ、ぼくもおすそわけにあずかった想い出があります。
父たちが捕まえすぎたのか・・・、あまり巣を見かけなくなりました。
貴重な越冬の女王バチかもしれません。軽トラックの窓をそっと開けて外に帰ってもらいました。後々、このハチの子孫のどなたかが、ぼくの空腹をなんとかしてくれるやもしれません。
未来の大事な食糧ですね。

虫を食べる習慣は、各地にありますが、ぼくの家などでも普段からハチを食べたりはしません。(高級品ですからね)
イナゴは毎食のように食卓にありますが。
作業を終えて、家に帰ると庭にはナズナが。
春の早くにも咲きますが、秋にも咲くのですね。このほかにもタネツケバナやハコベも咲いております。これらの咲く時期は、真夏以外の季節という感じです。真夏の暑さと陽射しが苦手な草花も多くあるのですね。

庭の前にあるクルミの木にからまるやまいものつる。
桜の木の下には、死体があったりするそうですが、やまいものつるの下にはやまいもがあります。これは間違いのないことです。死体とやまいもなら、ぼくはやまいものほうがよいなあ。
葉は黄色くなりつつありますね。

と、庭の草を眺めたりしていないで、農作業の機械を掃除したりせねばなりません。
ぼくは自動車の洗車は滅多にしませんが、農機具の掃除は丁寧にします。
脱穀機も、なるたけ綺麗にしておかねばなりません。
稲の束の通るところ。下に網がありますね。
この網を、稲の穂からとれたもみが通過していくのですね。

機械の上のカバーも外して、なるたけ綺麗に。
もみを残していると冬にねずみが入って、そのまま中でお亡くなりになってしまったりすることもあります。ねずみに惨事が起きてもよろしくないので、綺麗にせねばなりません。
開けてみると、ほら、足踏み脱穀機と基本的にはおんなじなんです。

怖ろしげな刃がついていたりします。
これは手が巻き込まれたりしたらひとたまりもありません。

庭から見える向かいの山の山肌はだんだんと明るい色になってきましたね。
(もう半月ほども前の様子ですが)

脱穀機を小屋の奥にしまうと、今度はもみの乾燥のため乾燥機に火を入れました。
乾燥機はもう年代ものですね。
交換の部品が無く、次に大きく壊れたらなんとか考えないといけません。

乾燥機が順調なのを見て、お隣の集落までちょっと用事のためおでかけです。
道ばたのクロモジの葉は黄色くなっています。
木の芽はもう冬支度が済んだようですね。丸い花芽がふたつちょこんと並んでいます。

オトコエシは実の時期になっていました。
枯れているのではありません。実がなっています。
こういった光景を見ると、「ああ、枯れてしまったんだな」と思ってしまいそうですが、この実の時期のために、芽を出し花を咲かせたのですね。草たちにとっては、一年の成果たる結実の輝かしい時期でありましょう。

用事を済まして帰ると、西の空は色濃く、雲はオレンジ色でした。

乾燥の具合を確認したり(その日の気温や湿度で乾燥の進み具合が違うのです)、きちんと風が通っているか確認するために、新聞紙を浮かしたりしました。

千夜一夜のおはなしのじゅうたんのようにふわふわと舞います。子どものころのこの季節は、もみの乾燥機の回るモーターの音と、ほんわりと暖かい空気、ふわふわ舞う新聞紙が楽しく、夜の乾燥機のそばでうとうとしたりするのが好きでした。
乾きつつあるもみからは、陽射しをたくさん浴びた干し草の香りがします。
東京に行く前の週には、脱穀のやり残してあった田んぼ数枚分の作業をしていました。
田んぼに行ったら、軽トラックの車内に、クロスズメバチ(あなこばちと呼んでいます)が迷い込んでいました。
おなかの長いのを見ると、女王バチでしょうか。
スズメバチの仲間ですが、ちいさく可愛いハチです。捕まえたりすると刺しますが、滅多なことでは刺しません。
このハチの幼虫は、かつて貴重なたんぱく源でありました。
子どものころには、もっとたくさん飛んでいて、親父たちが秋のはじめごろになると巣を掘っては幼虫を捕まえて食べ、ぼくもおすそわけにあずかった想い出があります。
父たちが捕まえすぎたのか・・・、あまり巣を見かけなくなりました。
貴重な越冬の女王バチかもしれません。軽トラックの窓をそっと開けて外に帰ってもらいました。後々、このハチの子孫のどなたかが、ぼくの空腹をなんとかしてくれるやもしれません。
未来の大事な食糧ですね。

虫を食べる習慣は、各地にありますが、ぼくの家などでも普段からハチを食べたりはしません。(高級品ですからね)
イナゴは毎食のように食卓にありますが。
作業を終えて、家に帰ると庭にはナズナが。
春の早くにも咲きますが、秋にも咲くのですね。このほかにもタネツケバナやハコベも咲いております。これらの咲く時期は、真夏以外の季節という感じです。真夏の暑さと陽射しが苦手な草花も多くあるのですね。

庭の前にあるクルミの木にからまるやまいものつる。
桜の木の下には、死体があったりするそうですが、やまいものつるの下にはやまいもがあります。これは間違いのないことです。死体とやまいもなら、ぼくはやまいものほうがよいなあ。
葉は黄色くなりつつありますね。

と、庭の草を眺めたりしていないで、農作業の機械を掃除したりせねばなりません。
ぼくは自動車の洗車は滅多にしませんが、農機具の掃除は丁寧にします。
脱穀機も、なるたけ綺麗にしておかねばなりません。
稲の束の通るところ。下に網がありますね。
この網を、稲の穂からとれたもみが通過していくのですね。

機械の上のカバーも外して、なるたけ綺麗に。
もみを残していると冬にねずみが入って、そのまま中でお亡くなりになってしまったりすることもあります。ねずみに惨事が起きてもよろしくないので、綺麗にせねばなりません。
開けてみると、ほら、足踏み脱穀機と基本的にはおんなじなんです。

怖ろしげな刃がついていたりします。
これは手が巻き込まれたりしたらひとたまりもありません。

庭から見える向かいの山の山肌はだんだんと明るい色になってきましたね。
(もう半月ほども前の様子ですが)

脱穀機を小屋の奥にしまうと、今度はもみの乾燥のため乾燥機に火を入れました。
乾燥機はもう年代ものですね。
交換の部品が無く、次に大きく壊れたらなんとか考えないといけません。

乾燥機が順調なのを見て、お隣の集落までちょっと用事のためおでかけです。
道ばたのクロモジの葉は黄色くなっています。
木の芽はもう冬支度が済んだようですね。丸い花芽がふたつちょこんと並んでいます。

オトコエシは実の時期になっていました。
枯れているのではありません。実がなっています。
こういった光景を見ると、「ああ、枯れてしまったんだな」と思ってしまいそうですが、この実の時期のために、芽を出し花を咲かせたのですね。草たちにとっては、一年の成果たる結実の輝かしい時期でありましょう。

用事を済まして帰ると、西の空は色濃く、雲はオレンジ色でした。

乾燥の具合を確認したり(その日の気温や湿度で乾燥の進み具合が違うのです)、きちんと風が通っているか確認するために、新聞紙を浮かしたりしました。

千夜一夜のおはなしのじゅうたんのようにふわふわと舞います。子どものころのこの季節は、もみの乾燥機の回るモーターの音と、ほんわりと暖かい空気、ふわふわ舞う新聞紙が楽しく、夜の乾燥機のそばでうとうとしたりするのが好きでした。
乾きつつあるもみからは、陽射しをたくさん浴びた干し草の香りがします。
























