こないだの土日のことです、昨年の秋に誕生した友人夫妻の赤ちゃんに会いにいきました。
その前に、なにかお祝いの品を持っていこうということで、あちらこちらのお店へ。
街のお店にはいろんなものがありますね。
面白いホーローのマグカップがあったので、ついつい自分用に買ってしまったりしました。
ホーローの品物は好きです。どうしてかつてほど使われなくなってしまったのでしょう。

赤ちゃんは、表情豊かで、一緒に行った別な友人と、友人夫妻と大人4人で、赤ちゃんの様子を眺めて過ごすと時間があっという間でありました。希望ですね、ほんとうに希望とはこのことだという気持ちでありました。

さて、日曜はというと、あいも変わらず雪をあっちにやったり、こっちにやったりしておりました。
この日は消防団の活動で消防車の入っている車庫や、ポンプの小屋や、消火栓など水利の確保が任務であります。

おとなりの集落にあるポンプ車の入った車庫です。
雪止めしていないので雪は陽射しのある日には裏側へひとりでに落ちるのですが、ある程度雪が落ちると地面と繋がってしまうので、その雪の片付けをします。
ポンプ庫

せっかく人手があるので、屋根の上の雪もおろしました。
雪おろし

屋根の上から落ちた雪を除雪機で片付けていきます。
機械はすごいものですね。
ウエアから眺める

屋根の上の雪をすっかりおろしてしまうと、屋根から下りて除雪機が雪を飛ばしやすいようにスコップで崩しては、除雪機で飛ばし、の繰り返しです。
屋根から落ちた雪は、凍って固くなっているところもあり、手が痛くなるようでした。
除雪機のパワー

朝早くからの作業だったため、作業開始からしばらく経っても未だ低い太陽。
白の世界です。
毎日眺めている景色ですが、毎日の雪の色合いが微妙に違っているような気がして飽きることがありません。(いえ、実はちょっと飽きていますが)
低い太陽

ぼくの所属している分団で担当しているポンプなどは、一箇所ではありません。
ほかの集落も巡って雪の片付けは続きます。ここは、うちの集落のポンプ庫ですね。
ポンプ庫ふたつめ

雪は降っては止み、止んだかと思うとまた降ってきます。
消防車

次いで、消火栓の確保です。奥の人が乗っているドラム缶は、消火栓にかぶせて雪に埋もれないようにしているものです。放っておくとそれごと埋もれてしまうので、雪が降るとこのように掘り出しておかないといけません。
火が着いてから消火栓を掘っているのでは困りますものね。
消火栓が活躍する場面は無いほうがよいですが、使えるようにはしておかねばなりません。
消火栓を確保

消防団での作業後は、自宅周辺の雪かきの続きです。
このように休んでいるのか、疲れているのかわからないうちに日曜も過ぎていくのでありました。
田舎の暮らしというのは、あれこれと環境に恵まれた面がありますが、サラリーマン稼業のほかに自らの手足でなんだかんだとしないといけない作業は多いのですね。おかげさまで冬は腕が夏より丈夫になるようです。

今年は、街のほうでは例年よりも雪が少ないそうですが、うちの近くの山あいの集落では、昨年の今頃を上回るペースとなっていました。雪が多いと言われた昨年の最も多く降ったのは1月25日~2月25日あたりまででしたから、これからが雪の季節の本番となるのでしょう。
新しい年になってから20日ほどが経過しました。
1月はやはり雪の日が多く、うちの最寄のアメダスでは積雪の無い日は20日間のうち3日間だけとなっています。

雪の雲は、たいてい北西の方角、月山と朝日連峰の間あたりからやってきます。
写真の右側が西です。
北西から雪雲

雪の雲は不思議なもので、突然すっきりと晴れたりもするのですね。
陽射しがあると、気温は低くても道路も凍ったのが緩んで、日向にいると暖かさを感じます。
陽射しの有無は体感の気温に、こんなに変化があるものなんだなあと、お日様の偉大さを実感するのでありました。
青空

14日の夜のことです。
この日は、満月の二日前、雪雲の薄くかかった空に、もうちょっとでまあるくなる月が高く昇り、雪の景色を明るくしておりました。
スギの林の中にも月光が射し込んでいました。
月夜のスギの林

月夜の道。
夜とは思えない明るさです。
写真で撮っているので、ほんとうの状態よりも明るく写っているわけですが、実際にも文庫本の文字をなんとか読めるくらいの明るさがありました。(でも、ほんとに読んだら目によくないでしょうね)
月夜の道

スギの林、その上に瞬くオリオン。
冬の林

月の見える夜は、気温が下がり、雪面には煌きがあります。
月夜に煌く

雪のお堂と、人の通った気配のある参道。
お正月参りと、おさいとうの際の参拝のために、集落の方が除雪して道をつけていたのです。
今年は自分の集落のおさいとうには参加することはできなかったので、写真も撮られませんでした。神棚の燃しておかないといけないあれこれは、夜更けにそっと燃え残ったところにくべにいったのでした。
雪の階段

15日の昼のことです。
西の空まで晴れ、大朝日を望むことができました。
おお!なんと真っ白なことでしょうか。
大朝日が見えた

山の向こうには、もくもくと雲が押し寄せていて、姿はこのあと隠れてしまいそうでした。
山の輪郭がほのかにかすんでいるようなのは、積もった雪が風に吹かれているのでしょうか。
純白の大朝日岳
今のところ、今年の雪は、山あいの集落では、昨年よりも多いくらいの量で推移し、20日には、月山近くの志津というところで4mを越えたそうです。全国のアメダスの最も多いところよりもさらに80cm以上も多く積もっているというようなことでした。

大朝日を眺めたちょっとした高台の近くには、ウサギの足跡が続いていました。
陽射しに照らされて、足跡のふちが溶けかけているように見えます。
ウサギの足跡

うちの周りの雪は、中層がしっかりとしてきた感じがあり、スキーで歩くのにもちょうどよい塩梅になってまいりました。
ふと思い返せば、今シーズンは、まだどこかに登ったと言えるようなおでかけをしておりません。
週末になにかしらと用事が入り(多くは雪の片付けですが)こんなに山に登ることから離れているのもかなり久しいことになっておりました。
イグルー造りを終えて、家に帰る前に、柿の木へ立ち寄りました。
遊んでいたところから、木のあるほうへ、足跡が続いています。
柿の木へ続く足跡
写真の左から、中央よりの細い枝の立ったところを、奥の雪にまみれた木へ溝が見えます。
どなたの足跡でしょう。

柿の木の足元。
足跡はほとんど雪で埋もれていてもう誰のだかわかりませんが、例年の様子では、ノウサギがこの木へ頻繁に訪れているのです。
雪で地面が高くなるのと、枝が柿の実と雪の重みで垂れ下がってきたところに、柿の実を求めてやってくるのでないかと思っていました。
その証拠の、ウサギが背伸びして柿の実を食べている様子をいつの日か見てみたいものです。
柿の木の足元

枝にたくさんの柿がついています。
昨年は柿はたいへん豊作であったようです。
うちの近くの集落では、家々の敷地や田んぼに畑にもれなく柿の木が植えてあります。
晩秋に収穫して、干し柿にするなど冬の食糧にしてきたのですね。
ところが、人が少なくなったのと、収穫には高いところで作業しないといけなかったり、手間がかかったりで収穫されないままの柿の実も増えてしまったのです。
せっかくの実りが、生かされないまま、これは悲しいことです。でも、ノウサギや小鳥たちは楽しみにしていることでしょう。それがせめての慰めであると思っておりました。
冬の柿

それと、この冬の枝にぶらさがったままの柿を楽しみにしている生き物が、実はもう一種類いるのでありました。それがロッキーチャックさんであります。
うちの近くの柿は、ほとんどが渋柿なんですが、正月を過ぎますと、渋が抜けて完熟し、凍みて、溶けてしているうちに果肉がとろりとしてくるのです。
それにあわせて、水分が若干抜けて、表面がしわしわになってきます。
今年は、水分の飛ぶのが遅いのか、例年よりはまだ張りのある状態でした。
冷凍柿

この柿をいただく本来のお作法は、木の枝についたまま、柔らかなものを見計らい、ぢぅうと吸い取るのでありますが、今回は試しにもいで来たものを半分に切ってさじで掬っていただいてみました。うむ、美味なり。果肉は甘みを控えめのあんこのような食感で、香りに深みが加わり、種の周りはゼリーのようにつるんとした部分がございます。
本日は冷え込んでおりましたので、シャーベットにもなっておりました。
とろとろした中身

このようないただき方は、うちの両親は昔から好んでしていたようです。
しかし、見た目があまりよろしくなく(たまにカビが生えていたり、腐ってたり)、流通させるにもとろりとした実が運べないでしょうから、店頭に並ぶということはないものでしょうね。山里の知られざる冬の味覚なのでありましょう。